第4話 黒髪の少女との出会いは突然に―――。

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ボクと錦田さんとの出会いは、葵坂第二高等学校の入試の朝だった。

 県下トップレベルの進学校ということもあり、入試当日の朝も復習に余念がない。

 中には、どこかのご令嬢なのだろうか……。わざわざ黒塗りの高級車でやってくる子までいる。

 学校の正門当たりでは、中学校の先生や地元の塾講師が受験生に激励の言葉を飛ばしていたりしている。ボクは塾というものに通っていないで、ここまでやってきたのでああいった激励の言葉というものが、どういった意味するものなのか分からない。

 それに中学校でも陰キャのグループに分類されていたボクにとっては、中学校の先生からも激励をもらうなんてことはなかった。


「こらっ! 待って、て言ってるでしょ!」


 後ろから麻友に小突かれる。

 そう。幼馴染の斎藤麻友もこの学校を受けるのだ。

 彼女は中学2年までは、それほど学力の高い生徒ではなかったと思う。むしろ、部活動に力を入れていて、授業は程々に手を抜くといった感じだった。

 それが、ボクには勿体ない気がしたが、彼女の人生だから、とボクは冷めた感じで流していた。

 中学3年になって、彼女がボクに突如宣言した日から、彼女の勉強にかける情熱というか、モチベーションというか……とにかく、姿勢が変わった。毎日日付が変わるまでは、ずっと勉強尽くし。定期テスト期間中は、雑念の原因となるスマホに関しては、友人との連絡以外には一切使わないという徹底ぶりだった。

 塾にも通うようになり、暇さえあれば、ボクを質問漬けにした。明らかに友達付き合いも変化したように思う。

 そんな彼女の成績が上がらないわけがなかった。いや、むしろ急激に上昇したといってもいいと思う。

 偏差値は10ポイント以上上がり、ウチの県では、通知表から算出される内申点も中学3年の1年間という制度も彼女を助けた。結果、葵坂第二高等学校の志望校判定はB判定がついた。あと5点でA判定という驚くべき結果が出たのだ。


「あ、ごめん……」

「もう! 優一は、生徒を心配に思ったりしないのかい?」

「あはは。心配かぁ……。まあ、少しだけ心配かな」

「えっ!? やっぱり? ど、どこが心配!?」


 ボクの笑顔での返しに、本気で狼狽える麻友。

 ボクは麻友のほうを見ると、


「唯一の心配は、きちんと受験番号を書くことだけかな……。今まであれだけのことをやってきた麻友が不合格になるなんて、想像できないもんね」

「えっ!? それ、マジで言ってるの?」

「うん。マジ卍」

「……それ、こういうときに使うんじゃないと思うよ」

「あれ? そうなの?」

「んふふ……。あー、もう、緊張してたのがすっと楽になったわ。優一は勉強だけじゃなくって、サポートでも天才ね!」

「いや、そんなことないって……。それは買いかぶりすぎだよ」

「ま、あたしにとったら先生は、優一だけなんだからね!」

「あはは。多くの受験生がいる中で言われると、なんだかむず痒くなるね……」

「そう? ま、お互い頑張りましょう! あたしは、こっちの棟だから、じゃあ、ここでお別れね! 頑張ってね!」

「お前こそな」


 そういって、ボクと麻友は拳を突き合せた。

 麻友は普段の笑顔に切り替わり、そのまま校舎の中に入っていった。

 ボクはもう少し奥の棟が受験会場だった。

 昇降口あたりまで来たときに、それは起こった。

 ガシャァ―――――――ン………

 けたたましい音が昇降口に響き渡る。

 ボクは音のしたほうに行くと、そこには黒髪の少女が倒れていた。

 だが、周りの受験生たちは、受験前という緊張もあってか、少女に声をかけるようなことはなかった。

 ボクは駆け寄り、抱き起こす。

 倒れたみたいだが、頭を打ったわけではなく、腫れているような場所もないし、出血もないようだった。


「……大丈夫ですか?」

「……え、あ、ごめんなさい……!」


 黒髪の少女は、ぼんやりとした表情でこちらを見ていた。

 

「私、貧血持ちで……。急に気分がすぐれなくなってしまったんです……」

「そうだったんですか。どうしますか? 点呼までもう少し時間がありますから、人通りの少ない場所で、休みますか?」

「あ、ありがとうございます。でも、あなたは大丈夫なんですか?」

「え……。大丈夫です。復習とかは昨日の間に済ませてあるので、今日は別段、見直すことは用語集くらいだけだったので。持ち物もそれと筆記用具くらいしか持ってきてません」

「す、すごい自信なんですね……」

「あ、いえ、別にそういう意味ではないんですけどね……」


 昇降口を出て、少し奥まったところに人通りの少ないベンチがあったので、そこに黒髪の少女を座らせて、気分を落ち着かせる。

 彼女は母親譲りの貧血のおかげで、大切な時はいつもこのような感じになるそうだ。

 そのせいもあって、私立高校の受験の日も体調がすぐれずに、志望コースがひとつ下に回される結果になったらしい。とはいえ、今日の入試は、県立高校の入試のため、コースの廻し合格などというものはない。合格か、不合格かだ―――。

 彼女はまた同じ失敗をしでかすのではないかと不安しかないのだという。


「ボクもそういうときあります」

「え……そうなんですか? なんだか、何でもこなしてしまいそうですけれど……」

「ボクがですか!? それは絶対に違いますね。ボクも色々と失敗を繰り返してきましたよ。でも、そのときにいつも気持ちを支えてくれる幼馴染がいるんです」

「……そうなんですか」

「そいつと話をすると、なぜか気分が楽になるんですよね」

「私にもそういう方がいらっしゃればいいのですが……」

「じゃあ、今日はボクがその役目を引き受けましょうか? なんだか、話をしているうちに、顔色も良くなってきているみたいだし」

「え!? でも、お邪魔じゃありませんか?」

「大丈夫ですよ。別に試験ごとに一度教室から全員、退出させられるんですから、廊下で話をしてもいいじゃないですか。冷たい空気を肺に入れるのも、気持ちいいですよ」

「うふふ。そうですね。じゃあ、今日一日、甘えてしまいます。自己紹介がまだでしたね。私は錦田千尋といいます」

「ボクは河崎優一といいます。では、今日一日、頑張りましょうね」

「はい!」


 そんな他愛もない会話をしていると、集合時刻が迫ってきており、校内のスピーカーから入室を促す放送が流れる。


「あ、そろそろですね! ちなみにどの教室ですか?」

「私はA-3です」

「あ、ボクと一緒ですね」


 ボクらは慌てて、昇降口で靴を履き替え、そのまま教室へと入室する。


「では、錦田さんのご健闘を祈ります」

「ありがとうございます」

「て、どうして付いてくるんですか?」


 そう。錦田さんはボクの真後ろにぴったりとくっついたままなのだ。

 まるで寄り添いあう夫婦のように………。

 すると、彼女は少し顔を赤らめて、


「いえ……。私の席がここなので……」

「え、ここですか!? ボクの後ろの席じゃないですか!?」

「あら? そんなことあるんですね!」


 ボクたちは試験前という緊張感で満たされた教室で、小さな声で笑いあった。

 突然昇降口で倒れた黒髪の少女を助けたら、まさか、受験番号が前後だったというのだ。

 そんな偶然があるだろうか。


「なんだか、緊張していたのが、ふっと飛んでしまいました。河崎くんはサポートでも天才ですね」


 ん? なんだか、さっきも同じようなことを言われたような気がするが、ま、いっか。

 ボクらは自分の受験番号が貼られた席につくと、受験票と筆記用具をカバンから取り出し、準備を始める。

 そのとき、後ろから背中が突っつかれたような気がする。

 ボクが振り返ると、先ほどとは見違えるように赤みのさした本来の表情に戻った錦田さんが微笑んでいた。


「絶対、合格しましょうね!」


 彼女の笑顔は、ボクの心をほんの少しドキリと緊張させた。

 て、ボクが緊張してどうするんだよ!

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