予選会 そして
体力づくりにレッスン。予選会は勝ち残ればずっと喉も体も酷使するため、朝一番のジョギングと夜のストレッチ、発声練習は欠かせないものだった。
普通に考えれば、二週間で大したことはできないはずなのだが。
リゲルもシリウスもデネブも、二週間前と今とでは格段にスタミナが変わった。
一番難点だったのは、リゲルが見たものをそのまんま覚えてしまう癖だった。記憶力があるのはいい。歌詞を忘れるよりも、覚えていたほうがよっぽど歌うときに曲をコントロールできるのだから。
問題は本当に文字通り、見たまんま覚えてしまうことだった。
「どこをどうしたら、ボーカルAIの声をそのまんまトレースできるんだ!?」
「ごめん……うちの地元、人数が少な過ぎて音楽の授業なかったし、カラオケは近所の喫茶店でやってたから、全然気付かなかった」
「あー……カラオケ喫茶だったら、モノマネをすればするほど受けるっていう奴?」
「そう、それ」
本当になにもない田舎だと、間違っていることを指摘する人すらいない。しかし、心底人と道を外している人であったら文字通り村八分に合っていただろうに、親もいないリゲルの場合は天性の愛嬌のせいでそれもなく、誰も彼のおかしい部分のどこがおかしいのかも指摘するどころか、気付くことすらなかったのである。
二週間でそれを矯正するのは並大抵ではなく、織姫が「いっそのこと、たくさん見せてたくさん覚えましょう」と提案してきた。
「どうして? オレ、全部覚えちゃうから……」
「うーんとね。大昔は、この国でも詰め込み教育って言って、なんでもかんでも暗記重視の時代があったのよ。でも暗記っていうのは全部が全部悪いことではないわ。たとえば、九九を覚えてないよりも、覚えているほうが計算の幅は広がるし、読める漢字や外国語、スペルを覚えていたほうが、意味のわかる歌詞は増えるわね?」
「ええっと……」
「要は基礎と応用をまとめてぜーんぶ覚えれば、その都度調整できるってことよ。無理に自分用にアレンジするんじゃなくって、たくさん覚えてその中で取捨選択していくの。これはあなたの記憶力があればできるんじゃないかしら? それに、本来だったらあなたみたいなこと、誰でもできるものじゃないわよ?」
「そうなの?」
織姫の指摘に、リゲルは思わずシリウスとデネブを見た。シリウスは腕を組んで、眉間に皺を寄せた。
「当たり前だ。ダンスだって、体の柔軟性だけでなく、反射神経が高くなければ曲に対応できない」
「そもそもファンサービス重視してたら、振り付けだけに気を取られてたらお客さん見られないよ。ファンによっても、ファンサって変えるものでしょう?」
リゲルはふたりから次々指摘されて、それもそうかと思い至り、レッスンの合間に浴びるように今までの先輩たちの歌やダンスの動画を見続けていた。
全部見て、ダンスの振り付けを体に馴染ませるように一緒に踊りながら、「そういえば」とリゲルはドリンクボトルに口を付けているシリウスに振り返った。
「ここに映っている先輩たちって、事務所に今はいないね。引退したの?」
そう何気なく聞いた瞬間、場の空気が一気に冷え上がったことに気付いた。レッスン中は汗だくになるから、空調は効かせているが、それでもここまで冷えたりはしない。
「……スターダストフェスティバルに出るということは、生きるか死ぬか。その二択しかない」
そうシリウスがボソリと言うのに、リゲルはますますもって困惑した。
(……前々から思ってたけど。スターダストフェスティバルって、宣伝ほどいいものじゃないの?)
それに一緒にジョギングをしていて、少しだけ気付いたことがある。
ここはリゲルの地元よりもよっぽど見栄えのする人が多いということ。アイドルと一般人、テレビや雑誌ではあれだけくっきりと分かれていたというのに、ここに住む人々は芸能人と一般人の差が見た目だけではわからない。
なにがどうなっているのかさっぱりとわからないまま、リゲルたちユニット【destruction】はスターダストフェスティバルの予選会へと出場することとなったのである。
****
予選会場は、都内の七つの会場で行われる。それぞれ会場が一ブロックであり、そこで生き残るユニットはいちユニットだけ。
予選に出た際の対戦種目は、その場でくじ引きを引いて決められる。最後まで生き残ったユニットが、本戦へと進むのだ。
「うわあ……すっごいねえ……」
リゲルは会場をまじまじと見た。
【destruction】の衣装は織姫の発注により、皆黒いサテン生地にスパンコールを散りばめた、星空を思わせる衣装。それぞれの背中には、オリプロを象徴するオリオン座の星座図が描かれている。
シリウスは溜息をついた。
「あんまりはしゃぐな。田舎者だって思われるぞ」
「むー、シリウスは田舎者が嫌いかー?」
「そうじゃない。ここだと求められるのは完璧だ。そうじゃないものは落とされるから、なるべく控えたほうがいい」
シリウスが淡々と言う中、クスリとデネブが笑う。
「そうだね……ぼくも死にたくはないけれど。一日でも多く生き残らないとね」
「別に負けたって死にはしないよ。何度でもやり直せるし」
デネブの言葉に励ますようにリゲルは言うが、それにデネブはクスリと笑いながら、小首を傾げた。
「そうだね。負けなかったら死なないしね。ぼくも負ける気はさらさらないし?」
「う? うん、そうだね」
そこで話は打ち切られたが。
『それでは、スターダストフェスティバル予選会を行います。各参加ユニットは、それぞれ持ちステージへと移動してください』
アナウンスが流れ、自分たちの出番を待つ。
幕内で自分たちの出番を待っていると「君たちが弱小プロダクションの?」と声をかけられた。
振り返り、思わずリゲルは「んんんん?」と眉根に皺を寄せた。
目の前にいる三人組が立っていた。ユニットは各自三人ひと組が基本なんだろうが。金髪のハーフアップの髪型の三人だが、吊り上がった目、突き通った肌、オレンジ色の迷彩柄のジャケットに黄色いハーフパンツを合わせたストリートダンサー風の衣装……。
衣装と髪型が一緒なのはまだわかるが、三人が全く同じ顔なのはどういうことなのか。
「三つ子……?」
リゲルがぽつんと呟く中、シリウスとデネブが一歩前へ出た。
「プレアデス星団は、今年は出ないと思っていたが、出ることになったのか」
「うん。プレアデス星団所属の【マカリイ】がお相手することになったんだ」
「なんでも今年のスターダストフェスティバルには、面白い相手が出場することになったから、上も欲していてねえ……残念だけれど君たちには死んでもらうし、勝たせてもらうよ」
どうにも刺々しい会話が続く。
リゲルが首を捻っている間に、シリウスは短く耳打ちする。
「あまりあいつらに同情するな。俺たちが生き残るためにも、全力で勝ちに行くぞ」
「え? うん」
どうしてこうもピリピリしているのかがわからない。
おまけに幕の外では、予選会にも関わらず客がたくさん入っているようだった。予選会の様子は、残念ながらネットニュースにもテレビにも流れることがなく、どこが代表として選ばれたかのみが一般人には知らされる。
(とりあえず、勝てばいいんだよね)
それだけを納得しながら、【destruction】は【マカリイ】と共にステージに出た。
『それでは、【destruction】対【マカリイ】。対戦内容は、くじ引きで決めます』
シリウスと【マカリイ】のリーダーがくじを引き、審判が残されたくじを見て、対戦内容を決める。
それぞれが引いたあと、審判はくじを掲示した。
『対戦内容は──ソング』
歌唱勝負となった。
持ち歌はそれぞれ、事前に主催側に流している。先攻後攻はコインで決め、今回の先攻は【マカリイ】となった。
「それじゃあ、お先に失礼……次に会うかはわからないけど」
三人とも、軽くパフォーマンスをしながら歌いはじめる。
驚いたことに、三人とも容姿だけでなく、ダンス、パフォーマンスのタイミング、そして歌唱力まで全く同じと言って遜色なかった。同じ声が重なった途端に生まれるメロディーの分厚さとはもりのフレーバー。ステージが一気に華やぐ。
「すごいね……これ、まだ予選なんでしょう?」
「怯むな。俺たちは後攻だが、まだ勝つことができる」
「そうそう。だってリゲルくんはもう、歌を自分のものとして歌えるし、ぼくたちと一緒に合わせることだってできるでしょう?」
デネブにそう言われ、リゲルは頷いた。
「……うん」
「なら、問題ない」
【マカリイ】が一曲歌い終え、観客席から拍手が鳴り響く。
もしここで歓声のひとつふたつが上がっていた場合は、後攻に激しくプレッシャーを与えていただろうが、予選会のせいかそこまでコアなファンもおらず、そのまま幕の裏まで彼らが戻ってくる。
それを見計らって、シリウスがリゲルとデネブに声をかけた。
「俺たちも行くぞ……絶対に勝つ」
「おう!」
「うんっ!」
三人が──ステージに立った。
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