廃棄少年
選曲は最新流行りのポップス。ダンスはアレンジを利かせて、歌の邪魔にならない程度で。
話し合った末、メインボーカルはシリウスになった。リゲルのあまりにも人の模倣をしてしまう歌い方、デネブのあまりに自身をアピールし過ぎる歌い方は周りを困惑させてしまうからと、一番模範的な歌い方をするリーダーの彼にキーを合わせることにしたのだ。
【マカリイ】の完全に一致したハーモニーにはならない。だが【destruction】の歌唱力には、人を魅了する魔法がかかっている。
リゲルは初めてのステージで、ただ興奮していた。
これだけ大勢の人が注目するなんてこと、田舎ではまずありえなかった。ショッピングモールにやってきたアイドルだって、これだけの人数の客を集めることはできなかったはずなのに。
歌は滑らかに。曲はリズミカルに。そしてあっという間に、持ち時間は終了した。
「はあ……」
一曲終わった途端にスタッフからドリンクを差し出され、それをリゲルは「ありがとう」と言いながら受け取りいただいた。
審査はこれから、観客の拍手の音を測定して行われる。
普通に考えれば先攻よりも後攻のほうが記憶に残るから有利だが、先攻はあの完璧な歌唱を誇った【マカリイ】なのだから、油断も隙もない。
リゲルは緊張しながら、得点を待った。
『第一回戦突破は──【destruction】です!!』
途端に拍手が鳴り響く。
リゲルはパッと笑顔になる。
「すごいよ! オレたち、第一回戦突破! 第二回戦に進出して──……」
「ああ、そうだな」
「うん。すごいよね」
そこでリゲルはようやくシリウスとデネブの様子がおかしいことに気が付いた。
ふたりの視線を追う。そこで、座り込んでいる【マカリイ】の面々が目に留まった。三人とも、全く同じ顔で、床に手を突いている。
やがて。ステージに不釣り合いな黒いスーツにサングラスの男たちが現れた。
「適合者が現れた。本日正午に摘出だ」
「……! 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……! 死にたくない! 死にたくないよぉぉぉぉ!」
三人ともジタバタ暴れているが、男たちは無視して彼らの首を締め落とす。力を無くした彼らを、そのまま荷物のように担いで、そのまま立ち去っていく。
この異様な光景に、リゲルは目を瞬かせた。
「え……? 適合……摘出?」
「……テレビやラジオでは、本戦しか映さないから、知らなかったかもしれないが。スターダストフェスティバルはそんな生優しいものじゃない」
シリウスの声は、どこか震えていた。そんな中、デネブだけは自嘲気味に言葉を継ぐ。
「昔はね、スターダストフェスティバルって、こんなアイドルの祭典じゃなかったんだよ……ダストフェスティバル……廃棄少年の競り市だったんだよ」
「え…………?」
先程まで聞こえた、【マカリイ】の泣き叫ぶ声を思い出す。
何度も何度もシリウスの「帰れ」という言葉や、節々の物々しさ。それはなにも脅しだったのではなく、大袈裟なんてものじゃなかった。
なによりも異質なのは、あの黒服の男たちがアイドルを抱えて立ち去っていったというのに、客席の人間が誰ひとりとして反応していない。
「……説明は休憩時間中に行う。とにかくステージは次の対戦カードが使う。行くぞ」
「え? えっ?」
「リゲルくん。早く早く」
そのままふたりに引きずられるようにして、リゲルは連れ去られた。
先程までの泣き声が、まだ耳に残っているのに。
****
体が冷えないよう、タオルを被せられ、水分を充分に摂らされる。
あと何回勝てば本戦に進出できるのかがわからないが、【destruction】が宛がわれた休憩室の静けさは異様だった。
その中、パイプ椅子に三角座りになっているリゲルは、未だにドリンクボトルを飲み終えられないでいた。
「……そう、本気で知らなかったのね。リゲルくんは」
「あのう……廃棄少年って? スターダストフェスティバルは、本当は廃棄少年の競り市だったって教えてもらったんですけど」
織姫もやってきて、皆で座る。
「あなたの故郷では、社会科で法律の話はどこまでやった?」
「ええっと……大まかな部分は大体やったと思います」
「じゃあかいつまんで説明するけれど、デザインベビー制定法って覚えている?」
「デザインベビーが社会的に認められた法律ですよね。たしか百年前くらいに」
「ええ。元々は母胎を危険にさらさず、なおかつ子供が遺伝子疾患が見つかったら速やかに治療できるようにと法律が制定されたのだけれど……それと同時に一部企業が、子供を思いのままにつくれるようにと大々的に宣伝しはじめた……実際に上京して思ったんじゃないかしら? ここにいる人間のほとんどの容姿は、他と比べると驚くほど整っていると」
「そういえば」
実際にしゃべらなかったら、アイドルとそれ以外の区別なんて付かなかった。
特に予選会に来ている客席の人々の顔は、芸能人とほぼ遜色がないのだ。それにシリウスは制汗剤を自身にふりかけつつ続ける。
「今ここに家を買って住めるような人間なんて、俺たちみたいな企業所属の廃棄少年以外だったら、デザインベビーとして誕生した金持ちしかいない。今でもデザインベビーなんて、相当の金持ち以外は生まれようもないんだからな」
「そうそう。だから、上京してきたって言ってるリゲルくんが、ぼくたちと容姿が変わらなくってびっくりしちゃったんだよね」
「でも……デザインベビーと廃棄少年って、なにがどう違うの? それに、そんなことニュースではちっとも」
「倫理的に、ダストフェスティバルのことがかかわるから、なかったことにしてるんだよ……廃棄少年は、いわば親から捨てられたデザインベビー……作成依頼者の依頼にそぐわないからってことで、引取拒否された存在なんだよ」
それにリゲルは言葉を詰まらせた。
リゲルは既に両親は死んでいるが、愛されていた自覚がある。しかし、シリウスにもデネブにも、生まれてきた子を簡単に捨てる親がいたし、もうどこの誰なのかわからないんだ。
織姫は溜息をつく。
「ええ……それは受注ミスなため、引取拒否をされたら依頼を受けた企業が引き取るしかない。最初は彼らにはまだ戸籍が存在していないからと言い訳をして、臓器が必要な病院に提供されたのよ」
「それって……」
デザインベビーは遺伝子レベルで疾患しないよう調整をされているが、未だにデザインベビーは少数派だ。病気になり、臓器提供者を待っている人はごまんといる。
リゲルがぞっとしている中「だがな」とシリウスは続ける。
「それだと金にならない……デザインベビーをつくる費用は、一般人の生涯年収を軽く越えるのだから、引取拒否を起こされた時点で、費用が回収できないんだ。だから、企業のアピールのためにダストフェスティバル……廃棄少年たちの競り市が行われた……チケットを販売し、どんなタイプのデザインベビーがつくれるか、どれだけ健康なデザインベビーがつくれるかのアピールをしたんだよ。その競り市は大盛況になった……それからだ、
リゲルは愕然とした。
はじめてのステージは、見ている人々の拍手、熱気、それに乗って歌って踊るのが楽しくて楽しくて仕方がなかった。
それなのに、目の前の客は、舞台に並んだ品にしか興味なかったのだとしたら。
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