ユニット結成

「それじゃあ、私は琴峰織姫。オリオンプロダクションの所長です。まさかあなたがスターダストフェスティバルに参加するために上京してくるなんてねえ……」

「あはは、よく言われます。『リゲルくんは思い立ったらすぐ行動する』って」

「いくらなんでも、スターダストフェスティバルのことをなにも知らないで上京するなんて、考えがなさ過ぎる。朝になったらさっさと帰れ」

「シリウスくん、そういう悪口はよくないわ。それに夜になる前にここに連れてきたのは正解でした。危ないものね」


 織姫がシリウスを窘めている間、共同スペースのモニターに「おっこいしょ」と誰かがレコーダーを繋げて、映像を流しはじめたのを眺めていた。

 色素の薄いミルクティー色の髪に、オパールグリーンの瞳を嵌め込んだ、お人形のような子である。しかし睫毛は長くて華奢な体躯で、性別がいまいちわからない。


「んんんんん……?」


 ふたりのやり取りを流し聞きしながら、その性別不詳の子の行動にリゲルが目を離せないでいると、パチンと目が合った。

 途端にふんわりと笑われる。


「ああ、お客さん? いらっしゃい。うちに登録したの?」

「ええっと……?」


 ここがアイドルプロダクションなら、アイドル登録やスターダストフェスティバルに参加するのも、ここで行うんだろうか。

 リゲルがひとりで、その子の言葉の返答を考えあぐねていたら「デネブ!」とシリウスがどやした。


「こいつは本気でスターダストフェスティバルのことをわかってないんだ。帰る地元もあるんだから、朝になったら帰ったほうがいい」

「ええ……? それ、本当に?」


 くるくるとデネブと呼ばれた子がリゲルを見るので、リゲルも首を盾に振った。


「本当。スターダストフェスティバルが来週からって聞いたから、参加したくって上京したのはいいけど、宿がなくって立ち往生してたら、シリウスが連れ帰ってくれたんだよ」

「そっかあ。シリウスくん優しいもんね。ぼくは白鳥デネブ。オリプロ所属のアイドルです。君は?」

「オレは源リゲル。参加したいんだけど、君もスターダストフェスティバルに参加するの?」

「そりゃするよー。だってアイドルは強制参加だもの。しなきゃなんないんだよお」


 そう言ってふんわりと笑う。

 ふんわりとしている割には、内容はいささかひりついている。それに「おいデネブ」とまたもシリウスが言うが。

 デネブはレコーダーを再生しはじめる。


「だって、アイドルはスターダストフェスティバルに強制参加。勝ったら綺羅星スター、負けたら廃棄物ダストとなったら、もう参加する以外に選択肢はなくないかなあ?」


 そう言いながら流される映像は、『スターダストフェスティバール!!』と司会の言葉の元、歓声が上がり、あちこちからスモークが焚かれる会場が移っていた。

 どうも去年の内容らしい。


「一度参加したら、三年間は参加が免除されるけどね。でも三年に一度は強制参加なんだよ。でも君が帰る地元があるっていうのは、驚きだね?」

「ええ? そりゃ上京してきたんだから、地元はあるけど。君たちは違うの?」

「うん。ぼくもシリウスも、ここで生まれたから」


 そうあっさりと言ってのけるデネブに、シリウスは頭痛が痛いとでも言いたげに、額に手を当てて、助けを求めるように織姫を見た。織姫は「そうねえ」と顎に手を当てる。


「そういえばリゲルくんは、スターダストフェスティバルへの参加資格についてはなにも知らないのね?」

「ええっと。はい、知りません。地元にアイドルが自分たちに投票して欲しいって言いに来たのを見たくらいで。ネットカフェでも確認しましたけど、あれだけ宣伝しているのに、参加資格や方法だけはちっとも書かれてなくって困惑しました」

「そうね。そういうものだもんね……参加資格は、先程デネブくんも言った通り、アイドル事務所に所属すること。三年に一度は必ず参加すること。そして三人ひと組でユニットを結成すること。これらを求められるの」

「えっ。ひとりじゃ駄目なんですか!?」


 リゲルがすっとんきょうに叫ぶと、シリウスはまたしても頭痛が痛いという顔をする。


「お前の地元に来たアイドルはどうだったんだ?」

「あ、そういえば……三人で来てたかも」

「ほら」


 そう言われて「うーうーうーうー……」とリゲルは唸り声を上げる。


「参加したいけど……オレユニットをつくれないよ。あ、君たちは?」

「俺たちは二年は下積みで様子見だ。参加する気はない」

「そうだね。まだ死にたくないもの」


 いちいちデネブの言う言葉の不穏さが気になるものの、リゲルは涙目で助けを求めるように織姫を見る。

 織姫は「そうねえ……」と小首に手を当てた。


「今日は再来年に向けて、スターダストフェスティバルの録画を見る予定だったの。あなたもそれを見て、どれだけ歌って踊れるかを確認させてくれる? もしできたら……」

「参加させてくれるんですか!?」


 ガバッとリゲルが織姫の手を掴む。それにシリウスは「セクハラだ」とペイッと引き剥がすが、織姫は彼に掴まれた手をグーパーグーパーとにぎにぎしてから頷いた。


「うちの子たちをユニットに加えてあげるわ」

「はあ!?」


 それにシリウスとデネブが叫ぶ。


「ぼくまだ死にたくないですよぉ!?」

「所長、いくらなんでもまだ話が!!」

「できたらよ。だってリゲルくん。まだなにもわからないんだもの」


 そう言って織姫はウィンクしてみせた。

 リゲルはマイクを渡され、スターダストフェスティバルの優勝チームの演奏を見せられた。

 アップテンポなダンスはストリートダンスで、床に手をついてリズミカルにバランスを取り、その中で歌を歌う。

 その激しいダンスとハスキーな歌声で観客を魅了していった。

 リゲルはそれをじぃー……と見つめた。


「うちに来るアイドルと全然違う……」

「当たり前だ、あの人たちは新進気鋭の事務所産だから」

「でもできると思う」

「おい。そんな今見たものを全部なんて」


 シリウスが止める間もなく、リゲルはマイクの電源を入れた。

 ブツン……と音がついたと同時に、リゲルは床に手をついてリズミカルに踊りはじめた。そのテンポの激しさ、ダンスの正確さに、一同は唖然として見つめていた。


「……どうして田舎にこんなのが」


 シリウスの声には不思議と嫉妬は混ざらなかった。どちらかというと空でピエロがおどけているのを見つけたような、ありえないものを見て困惑する色。

 デネブもまた、オパールグリーンの瞳をくりくりとさせている。


「所長さん……」

「ええ。本当に見事なものだわ。では歌はどうかしら?」


 ダンスを踊りながらも、リゲルはマイクを離さない。そしてその歌声は、優勝者たちの奏でたハスキーとは程遠い、高いアイドルボイスだったが。その音域の広さ、アップテンポなダンスでも声が乱れない安定感、そして圧倒的な声量……その歌唱力は圧倒的だった。

 ありえない。誰も彼もが一定数ゴロゴロと原石が事務所に詰め込まれて、それが磨き抜かれて出荷されていくというのに。

 彼は原石のまま、勝手にひとりで研磨していたのである。


「……リゲルくん。あなたの実力はわかりました。シリウスくん、デネブくん。あなたたち、ユニットを結成して、今年のスターダストフェスティバルに参加しなさい」

「所長、これはいくらなんでも……!」


 シリウスがなおも反対の声を上げようとしたが、「でも、シリウスくん……」とデネブが声を上げる。


「リゲルくんがあれだけできるんだったら、もしかしてぼくたち、今回は死ななくって済むかもしれないよ?」

「おい、しっかりしろデネブ。俺たちはまだ……」

「ええ!? ふたりとも一緒に参加してくれるの!? 嬉しい!!」


 途端に先程まで歌って踊っていたとは思えないほど元気に、リゲルがふたりに飛びついてきた。それに目を回す。


「嬉しいなあ……このために参加したんだもん」

「おい……」


 シリウスはなおも意を唱えたが、それに織姫がにこやかに笑った。


「所長命令よ、シリウスくん。あなたがリーダーとして、皆を引っ張っていきなさい。大丈夫、あなたたちは生き残れるわ。なんだったら、フェスティバルのルールを塗り替えられる」


 彼女の言葉に、シリウスは深く溜息をついた。


「……わかりました。そこまで言うんでしたら」


 皆の言葉に、リゲルはところどころ引っかかりを覚えながらも、ひとまずはスターダストフェスティバルに参加できることを喜ぶことにした。

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