第173話 大聖女VS大聖女ってマジですか?

繁華街からは少し離れているが、その家の周りには病気や怪我の治療に役立つ野草が咲き乱れている。 

治療院を開くため国境を越えたセシリアは、我ながらいい場所を見つけたなと、思わず笑みが溢れた。


 「どうしたんですか、セシリアさん、ニヤニヤして」


そうセシリアに声をかけたのは、王都で魔力欠乏の人々を治療していたときに、ボランティアとして一緒に働いてくれていた女の子。名前はユウナ。



ユウナとは不思議とすぐに打ち解け、意気投合した。

短い付き合いではあったが、仲良くなった手前、何も言わずにいなくなるのは気が引けたので、国を出る前にこっそり風の精霊に頼み手紙を出したのだが、すぐにユウナから返信があった。

「私も行く。場所教えて下さい」

「はぁ?」

もちろんセシリアは断った。国を出るというのは生半可な事ではない。

少なくとも、出会って3日程度の者の話に乗っかり、ホイホイとついていくような事ではないのだ。

しかしなんやかんやと話は進み、結局セシリアはユウナを連れてきてしまった。



「ニヤニヤもしたくなるわよ。こんないい場所が見つかって、もうすぐ夢だった治療院が開けるんだもの、それにユウナだって」


ニヤニヤしているセシリアを揶揄ったユウナであったが、その顔にも抑えられない笑みが浮かんでしまっていた。


「だって、セシリアさんとこんないい場所に治療院が開けるなんて、嬉しくてニヤニヤもしちゃいますよ」


堪えきれなくなって、顔を合わせ2人は大笑いした。


「建物に関しても良かったですね、たまたまあった空き家を安価で譲ってもらって」


「ええ、掃除は大変そうだけど、これならすぐにでも開店できそうだわ」


そんな話をしていたセシリアの元に、風の精霊が手紙を2通持って現れた。


一通は……タクトからだ!


思わず一瞬顔を緩ませたセシリアのその表情を、ユウナは見逃さなかった。


「例の彼氏さんからですね」


「か、彼氏じゃないよ!ただの幼馴染だから!」


「うふ、もう可愛いんだからセシリアさん。私は掃除してますかっら、ごゆっくり」


「もう!本当にそんなんじゃないからね」


そう言いながらも、タクトからの手紙を読んでいる時、顔がにやけるのを抑える自信はなかったので、ユウナが離れてくれて少しホッとした。

セシリアは一旦タクトからの手紙を開くのはやめて、もう一通の手紙の差出人を見た。


『勇者パーティ、大聖女ミネア』


「はぁ」


セシリアはさっきまでの幸せな気持ちに冷や水をかけられた様な思いがした。

自分で自分の名前の前にわざわざ『勇者パーティ、大聖女』と書くセンスをまず疑う。

そもそもミネアと自分は仲が悪かったはずだ。

手紙など貰う間柄ではない。

各国の大聖女が集う会合で、確かに何度か顔を合わせた事はあるが、何故かその時もこっちに敵意剥き出しだった。

そのまま捨ててしまいたいと思ったが、わざわざ『勇者パーティ』という文字が書いてある訳で、国の一大事な可能性もある。


「……そうよね、嫌なものから片付けましょう」


セシリアは初めにミネアからの手紙を開く事にした。

覚悟を決めて読み始めたつもりだったが、すぐに周りくどいその文章にうんざりしてしまう。


『……私から手紙が来たことは生涯誇りに思って構わない……勇者パーティーのこの私がわざわざ……本当は私だけでなんとかなるのだけれど……同じ大聖女のよしみで貴方に花を持たせて……』


「ああ!なんなのよ!この手紙!!」


3回読んでやっと手紙の言いたいことが理解できた。

要するに、ピノという名前の勇者パーティーのポーターがいなくなった。居場所が知りたいから私の魔法で探せという事らしい。


「なんで私がそんなことしなきゃなんないのよ」


一大事かと思ったが、とんでもなく下らない手紙だった。

断ろうと思っていたセシリアであったが、手紙の中の一文が妙に引っかかってしまう。


『私は大聖女のスキルレベルマックスになり、貴方では手が届かない存在になったわけだけど』


私の大聖女のレベルは6。そしてこれ以上は上がることはないと思っている。その理由はスキルレベル7に上がるための条件にある。


『瀕死の者1万人を大聖女の力で治療する』


今までの大聖女でこの条件を達成したのはたった1人、大戦の最中、戦場で傷ついた人々を治療して回った伝説の聖女ウルノア様だけだ。

普通に冒険者として生活しているだけでは、到底この条件を達成できるはずがない。

ミネアがまた何か良からぬ事をしたに違いないと思った。

そしてこのピノという子を探せというのもまた新たな悪巧みに決まっている。


「はぁ、こんなの無視無視」


そう独言、タクトの手紙を開いたセシリアだったのだが、その手紙を見て、ミネアの手紙を無視するわけにもいかなくなってしまう。


「何故か領主になって、よりにもよってポルカを開拓中?そして手伝ってくれているのは、ゴブリンキング101体とその保護者エマ、前から住んでいるたった1人の住人バルバトス、そして……突然弟子を志願してきた、ピノという女の子!?」


セシリアは思わずくらりとした。

ピノ。こんな偶然あるはずはない。

とするとおそらくタクトと勇者パーティがぶつかり合うことになる。


「またトラブルを抱え込んでるわ、あいつ」


腕組みし、どうするべきか思案しているセシリアにユウナが大きな声で話しかける。


「セシリアさーん雑巾ってまだあります?これ凄いですよ、すぐに真っ黒になっちゃって」


セシリアはうーんと悩みつつもユウナに向かって言う。


「ごめんユウナ!ちょっと面倒な事になってて、2、3日空けなきゃいけなくなりそう。ユウナはしばらく宿にでも泊まって待っててくれる?お金は、これ使って」


そうセシリアが言うとユウナはプーっと頬を膨らました。


「宿なんか泊まりませんよ!だってもう私達にはこの治療院があるんですから!!2、3日と言わず1週間でも1ヶ月でも!帰ってきてくれるなら大丈夫ですよ。私にドーンと任せて下さい!お部屋ピカピカにしときますよ!楽しみにしてて下さいね」


セシリアはユウナを連れてきて本当に良かったと思った。

セシリアはユウナをギュッと抱きしめる。


「ちょ、セシリアさん。て、照れちゃいますよ」


「うん、ありがとね、ユウナ。行ってきます」


「はい、行ってらっしゃい、セシリアさん」


セシリアは覚悟を決め、勇者パーティの大聖女、ミネアに合うことにしたのであった。

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