第156話 最強の勇者ってマジですか?

「それにしても不思議だな、御前試合に優勝したのなら、もっと良い土地を与えられても良いだろうに」


バルバトスさんが食事を配りながら俺に言った。


「一応いい土地のはずだったんですよ」


本当に何故なんだろう。王様……。


「さらに不思議なのは、御前試合の優勝者が統治する土地なら、このお嬢ちゃんみたいなのがもう何人か来てもおかしくないのにな」


バルバトスさんがそう言うと、ピノがご飯をかき込む手を止めて反論する。


「お嬢ちゃんじゃなくてピノっす!ししょーはすごい人気ですよ!人が来ないのには理由があるっす!」


「理由?」


「そうっす!実は、王都に事前に噂が流れてたっす。ジェイドししょーが王様から領地を貰ったって」


「珍しいな、王様から発表がある前に情報が漏れるなんて」


俺もそれは気になった。


「そうなんす!こんなの初めてなんす!しかも場所までバレてて。その土地というのが『ドバラ』という観光地だったっす」


「ドバラ!?」


ドバラだったら俺でも知ってる。

この国最大のリゾート地で海もあって大人気のスポットだ。


「ドバラとポルカじゃえらい違いだぞ?」


「そうなんす。この噂が流れてからドバラへの観光客が爆増したっす!私も行ったっす!」


「行ったのか!」


「そうっす!行ったっす!でもししょーを探したんですけどいなかったんで、色々聞いて回ったっす!そしたら、実はドバラじゃなくてポルカに行ったって話が、ある筋から流れてきたっす!それで急いで来てみたらししょーに会えたっす!だからししょーが人気がないから人が来ないんじゃなくて、ししょーがポルカにいるってみんな知らないだけっす!」


それを聞いて俺もバルバトスさんもうーんと考え込んだ。


「いったいどういう訳だ?」


「さぁ?俺にもさっぱり」


「とりあえず何か手違いの可能性もある。一度王都に帰って話を聞いてみるといい」


「そ、そうですね」


「たぶん噂が流れたのもワザとっす!王都でもかなり上層部の人間が、なんか理由があって誤情報を流したっす!あ、おじさん!私おかわり!」


バルバトスさんが作ってくれた鍋が美味かったのか、ピノはおかわりをなん度もしていた。


「まだ食うのか」


とバルバトスさんは呆れていたが、その姿はどこか嬉しそうにも見えた。

食事が終わり。


「じゃあ私はししょーと寝るっす」


当たり前の様にピノが言う。


「こらこら」


「俺はバルバトスさんと寝るから、ピノは奥の部屋使いな」


「いやっす!ししょーと弟子は寝食を共にするっす!」


「いや、俺は女の子と一緒に寝たりしないよ。それにピノを弟子にした覚えもないし」


そう言うとピノはプーっとフグみたいに膨れた。


「ししょーのアホ!あんぽんたん!女たらし」


「うっ!やめてくれピノ、最後の悪口はオレに効く」


「私、弟子の件諦めないっす!」


そう言ってピノは扉をしめ、ぷんぷんと奥の部屋に行ってしまった。

俺はフーッとため息をついた。

観光に来たはずが、なんか問題が山積みだ。


バルバトスさんはピノがいなくなった途端、ゴソゴソと奥から何かを取り出した。

大きな瓶だ。

あれは……お酒!


「……一杯どうだ?」


俺はバルバトスさんと静かに酒盛りを始めた。

バルバトスさんが出した酒はかなりの上物で、俺はびっくりした。

驚いている俺を見て、バルバトスさんは笑った。


「もうここには何も残っちゃいないが、この酒だけは焼け残ってな。とっておきで残しておいたんだ。特別な日に飲もうってな」


「そんな大事な酒、頂いちゃっていいんですか?」


「いいんだ」


そう言って、バルバトスさんは遠い目をした。

俺はそれを見て、決めた。


「バルバトスさん、さっき何でもするって言いましたよね」


「……ああ。命以外ならなんでも」


「……だったら、バルバトスさんがここにいる理由を教えてください。それを話すのが俺が領主としてバルバトスさんに下す罰です」


「……それは……」


「なんでも……ですよね」


俺が真剣に話すと、バルバトスさんは覚悟を決めたようだ。

酒をクイっと煽ると、ゆっくりと話し出した。


「……罰か……。……この話を聞いた事は誰にも言うな。そしてすぐに忘れろ。……光の勇者マルス……それが、俺がここで待っている男の名だ」


「マルス!?マルスって……」


その名前を知らない人はいない。

最難関と言われたダンジョンを踏破したり、数々の厄災を打ち払ったり。

若くし数々の功績を残した、歴代の勇者の中でも最強と言われる素晴らしい勇者だ。


「なぜ勇者マルスを待っているんですか?」


「そう言うと、バルバトスは服で隠れている足を俺にそっと見せた」


俺はそれを見てギョッとする。


「……義足……」


バルバトスさんの足は両足とも機械でできていた。


「この足はマルスにやられた……」


「えっ!?」


「足だけじゃない!俺の妻や娘も……かつてここにあった村に住んでいた俺の仲間は皆、マルスにやられた……」


「ど、どう言う事ですか?」


「今からするのは、到底信じられない様な話だ。酔っ払いのほら話と思ってくれるのが本当はいいのかもしれない。ただ俺はこの目でやつの本性を目の当たりにした。……数年前、マルスはこの国を訪問した」


「し、知ってますよ。その時鷹の爪で働いていたんですが、マルスさんが鷹の爪本部で冒険者の一次登録をしたって、当時話題でしたから」


「それで俺は昔、それなりの冒険者で、国の地理にも詳しかった。それもあって、マルスがこの国を歩く際の案内役としての任を国王から仰せつかったんだ。俺は街やダンジョンを案内し、実際にマルスはこの国に多くの利益をもたらした、だが……」


功績の話は俺の耳にもちゃんと届いてるが、その裏で何があったかなんかはもちろん知る由もない。


「……何が……あったんですか?」


「マルスは、品行方正という噂とは程遠く、遊びまくり、毎晩の様に女を取っ替え引っ替え。まぁ現実はそんなもんだろうと思っていたから俺は驚きもしなかったがな。それについては大して気にしてもいなかったし、別に良かったんだ。そして俺がマルスと別れる当日だ。さっきも言ったが、ここには俺が住んでいた村があったんだ」


村があったというのは、まだちょっと信じられない。

その割に、他の家や村があった面影は一切ない。


「ちょうど国境にある村だ。勇者が次の国に行く前に、最後にマルスに俺の家族を合わせるのもいいと思った。家族に対するちょっとした自慢のつもりだった。この村で一晩泊まってもらって、やつと別れることにしたんだ。それが失敗だった。やつは俺の娘に目をつけた」


「ま、まさか……」


「夜中に娘の悲鳴を聞いて駆けつけると、マルスが娘を襲ってやがった。俺が止めようとするとやつは俺の足を躊躇なく切り飛ばした。奴は笑って、『出血多量で死ぬまで、そこで見ときなよ』そう言った。俺は力を振り絞って叫び続けた。すると狭い村だ。村のみんなが異変に気がついたらしく、俺の家まで駆けつけてくれた。ドンドンと扉を叩く音がする。しかし奴は『ああ、めんどくさい。全部お前のせいだぞ』そう言ったかと思うと、娘に向かい、魔法を放った。ドーンというもの凄い音がした。……そこで……俺の意識は途絶えた。後は……」


バルバトスさんは唇をぐっと噛んで、何かをグッと堪えている様だった。

唇からポタポタと血が滴り落ちる。


「俺が目を覚ますと、そこは焼け野原で何も残っちゃいなかった。死体すらな。……俺は10日間死の淵を彷徨った。そしてその間ずっと考えていた。マルスをこの手で殺す方法を……」


話を終えると、俺達は何もそれ以上何も言えなくなってしまった。


暫くしてバルバトスさんが、


「酒が回ってきた。悪いが先に休む」と言って俺に背を向け横になった。


俺も灯りを消して横になったが、その日は中々寝付く事ができなかった。

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