第155話 俺の弟子ってマジですか?

「久しぶりだな、ゴロタ!」


「ウォーン(やっぱりジェイドだったか。匂いでわかった)」


「……うん」


「グゥオーガガ(ところで、どうしてここに?)」


「……うん……うん」


「ガガガグゥーワ(ここにはしばらくいるのか?)」


「はぁはーん、うん、うん、なるほどね」


「ガギグゲゴー(エマもお前に会いたがっているぞ)」


「……うん、駄目だ。全然わかんね」


ゴロタとは戦いの中で友情を感じ合った仲だったので、フィーリングでなんとかいけるかと思ったが駄目だ。ゴブリンキングの言葉は難解すぎて分かりません。


「グゥガーウォ(これはエマを呼んで通訳してもらうしかないかな)」


ゴロタは俺に手を振った。

これなら分かる。バイバイのサインだ。


俺が手を振り返すと、ゴロタはのっしのっしと元来た道を帰って行った。


「ゴロタ、元気そうで良かった」


帰って行くゴロタを見てそう呟くと、後ろから殺意のこもった低い声が聞こえた。


「動くな」


声と共に、後頭部に何かがコツンと当たった。


「変な動きしたら撃つぞ」


「えっ!?」


もしかして、俺バルバトスさんに銃を突きつけられてる???


「な、なんでですか?いきなり?」


「それはこっちのセリフだ!ゴブリンキングと意思疎通するなんて、お前は一体何者だ?やはりスパイか?」


「い、いやだから領主ですって!男爵ジェイドですよ!!御前試合で優勝して貴族になって土地を貰って……」


「お前のような領主がいるか!そもそもこんな王国が見放した土地に領主なんか派遣するはずがないんだ!」


「だって!現に派遣されてるんですもん!」


そう言った時違和感を感じた。


「……えっ?じゃあなんでバルバトスさんはこんな土地に住んでいるんですか?」


俺がそう言うと、バルバトスさんは暫く黙り込む。


「……お前にそれを言う必要はない!」


ですよねー!!

どうしたらいいのこれ!


こう着状態が暫く続いた。

だって俺は無実を証明する術がないし、バルバトスさんも俺の処遇を決めかねている。


何か言わねばと思っていると、急に転機が訪れた。


「あー!本当にいたっす!!本物だ!!」


100メートル程離れたところから、元気な声が聞こえた。


俺もバルバトスさんも声のした方に顔をやると、小柄な若い女の子がものすごい速さでこちらに走ってきている。


髪型はショートカットにぴっちりとした短いシャツにこれまたサイズピッタリのショートパンツ。

胸は小ぶりだが、ウエストはキュッとしまって、お尻はなかなか……ってそんな事は重要ではない!


女の子は快活そうで、顔も可愛らしい見た目をしているが、背中には弓を、腰には武器のような物をいくつもじゃらじゃらさせているから、たぶん普通の女の子ではない。

そんな女の子が、満面の笑みでこちらに向かってくるのだから、それはそれは不信極まりない。


「な、なんなんだ今日は!次から次へと!おい、女!止まれ!止まらないと撃つぞ!!」


バルバトスさんがそう言ったが女の子は止まらない。


「ちっ!」


ドン、ドン、とバルバトスさんが2発銃を撃つ。

わざと当たらないように牽制のためだけに撃っているようだが、女の子はそれを知ってか知らずか、真っ直ぐにこちらに向かってくる。

若いのに凄い度胸と技量だ。


どうやらバルバトスさんは俺よりも女の子の方が意味不明で脅威であると判断したようだ。

俺に殺意を向けるのをやめている。


今度は女の子の足を狙い標準を合わせようとする、


ドン、ドン


バルバトスさんの銃の腕は相当のもので、正確に足先をかすめるように狙って銃弾を放つが、どうやらそんな甘い攻撃が通用する相手ではないようだ。


女の子はぴょんぴょんとまるで遊んでいるかのように銃弾をかわす。


バルバトスさんは銃では駄目と悟ったのか、銃を放り投げ、腰からナイフを取り出した。


……俺を完全に無視している。


とりあえず命の危機は去ったが、このままではバルバトスさんと女の子の戦いが始まってしまいそうだ!

とりあえず止めればいいのか?


「動くな!!」


バルバトスさんがそうもう一度怒鳴った瞬間、女の子はピタッと動きを止めた。

もう俺たちの5メートル程手前まで来ている。

女の子はそこで、ぺこりと軽くお辞儀をしたかと思うと、大きな声で自己紹介を始めた。


「おっす!私の名前はピノって言います!ジェイドさんの御前試合を見てファンになったっす!私を弟子にして下さい!!」


俺はもちろん、バルバトスさんも目を白黒させている。


「お、俺に?弟子入り?」


「おっす!そうっす!弟子っす!」


俺はどう答えればいいものか迷ってしまった。


「あー、悪いけど、俺弟子は取ってないんだよね……」


「って事は私が一番弟子っすね!嬉しいっす!!」


「い、いや、だから弟子は……」


そう俺が言った所で、何かを悟ったバルバトスさんは俺に向かい、いきなり深々と頭を下げてきた。


「疑ってすまなかった!お前さん、本当に御前試合で優勝してたんだな。銃を向けてしまって本当にすまない!という事は領主ってのも本当なんだろう。どんな罰でも受ける!と言いたい所だが、俺にはどうしてもここでやらなきゃならない事がある!どうか命ばかりは!!」


バルバトスさんの様子に俺は面食らってしまう。


「い、いや。疑いが晴れたならいいんですよ。命だなんてそんな大袈裟な……」


「それではすまない!ケジメは必要だ!本当にすまない。そ、その、どう見ても貴族には見えないし、品も無いし、その……」


「謝ってないよ!それ!」


「と、とにかく命以外ならこのバルバトス、なんでも差し出す所存だ!」


バルバトスさんの目を見ると、真剣そのものだ。考えを変えるつもりはなさそうだ。


「わ、分かりました。そこまで言うなら、何か考えておきます」


「良かったですね。ししょーの心が寛大で」


「待って待って。どさくさに紛れて俺を師匠と呼ぶな」


「そんな冷たい事言わないでくださいよ、ししょー」


「だから師匠って呼ばないで」


「先生の方がいいですか?」


「呼び方の問題じゃないから!弟子は取らないの!」


「えー!せっかく来たのにー!ししょーのケチ!」


「ダメダメ!なんと言われようと!」


「なんでですか?私役に立ちますよ!あ!肩凝ってないですか?ししょー」


駄目だこいつ。話が通じない。


そうこうしている間に日も暮れてきた。

辺りが暗くなるのを見てバルバトスさんが提案する。


「ここら辺は夜になると危険だ。ジェイドさん、大したもてなしは出来ないが、とりあえず今日は泊まっていってくれ。お嬢ちゃんも、今日は泊まってけ。それと……急に撃ったりして悪かったな」


「いえ!面白かったっす!今度は本気で撃ってきて欲しいっす!」


そう言ってニカっと笑うピノを見て、俺とバルバトスさんは思わず顔を見合わせた。


バルバトスとピノ、この2人との奇妙な出会いのおかげで、俺はこの誰も住みたがらない危険な土地『ポルカ』を大勢の人々が行き交う観光地に変えて行く事になるのだが、この時はそんな事になるとは想像もしていなかった。


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