第150話 番外編 ユキちゃんの憂鬱③

次の日も、私とウラン支部長の回復に並ぶ列は凄まじい量でした。

でも大丈夫。今日はタクト先輩が作ってくれたあれがあるんです!


「じゃあ怪我を見せてください」


そういうと、冒険者さんは擦りむいた膝を見せてきました。


「あ、これは軽傷ですね」


軽傷であろうとも、回復魔法を使うと疲れるし時間もかかります。


「うん。でも痛くてダンジョンに入れないからさー」


そう言う冒険者さんに、私はタクト先輩が作ってくれた秘策を渡します。


「じゃあこれを傷に貼っといてください。次の方どうぞ」


冒険者さんはキョトンとしてその場に立ち尽くしていましたが、ベテランのギルド職員さんがすぐに移動させてくれました。


「はいはい、次の人がいるからこっちにきて座って。貼り方分かんない?じゃあ私が貼ってあげるよ」


そう言って冒険者さん膝にバシーンと新商品を貼り付けています。


「いった!な、なんだこれ?ペタペタしてて……」


そう、そのシールはタクト先輩が開発した画期的な商品。その名もシールエイド!


最初は半信半疑だった冒険者さんですが、シールを貼って10分ほどたってシールをはがした時、思わず「あっ!」と声をあげていました。


そうです!傷が治っているんです!


もともと本当に回復魔法が必要な重症の患者はほぼいなかったので、私とウラン支部長の回復に並ぶ列は、このシールエイドのおかげでみるみるうちに減っていきました。


冒険者さんたちは最初は不満そうな感じでしたが、すぐにこのシールエイドの凄さに気がついたようでした。


「くそ!これじゃあ治療が受けられない!」


「ああ、これが楽しみだったのに……」


「……でもさ、このシールエイドってやつ、ちょっとすごくないか?」


「あ、ああ。まぁびっくりしたよ」


「……これってダンジョンとかで小さい怪我した時、自分たちで貼るだけで回復できるって事だよな?それじゃ、高いポーション使ったり、わざわざ回復術士に回復してもらう必要もないって事じゃ……」


「いや、でもこれポーションより高いんじゃないか?」


「確かにこれだけ高性能な便利な商品なら高くてもおかしくないな」


「一応値段聞いてみるか」


冒険者さん達は、タクト先輩からその値段を聞いて驚愕します。


「シールエイドですか。銅貨1枚になります」


「はっ!?タタタタ、たったの銅貨1枚!?」


驚きを隠せない冒険者さんにタクト先輩が説明します。


「これは売り物にならないクズ魔石と形の悪い、これも売り物にならない薬草を粉にして、その他色々と混ぜ合わせて軟膏にしてシールにくっつけています。本来処分する材料で作っていますから、材料費はほとんどかかっていないので銅貨1枚でも充分利益が出るんですよ」


冒険者さん達はすぐにこの商品に飛びつきました。


「10枚くれ!」


「俺は20枚だ!!」


すぐさま購入の枚数制限が設けられましたが、それでもタクト先輩の作ったシールエイトはすぐに完売してしまいました。


こうして、私の回復に並ぶ列はいつも通りになり、めでたしめでたし……とはならなかったのです!


私はその数日後、とんでもない話を耳にしてしまいました。


「おい聞いたかユキちゃん?」


ギルドの鍛治担当のドンさんが、お客が少ない時間にコソコソ話しかけてきました。


「何の話ですか?」


「それがよう、タクトのやつがさぁ、昇進して本部に行くらしいぞ」


「しょ、昇進!?本部!!?」


「この間ユキちゃんがお休みの日、本部からお偉いさんが来てな。名前は何だったかなぁ?確かゴールズとか言ったかな。そいつが本部でもシールエイドを売りたいからレシピを教えろと言ってきたんだよ。なんでもシールエイドの話を、ウラン支部長がタクトの手柄として本部に連絡していたらしくて、タクトのやつあれでいろいろやらかしてるからな。なんとかタクトが優秀な事を伝えようとして、ウラン支部長がずいぶん骨を折ってくれたみたいだぜ」


良い話……のはずだ。

でも私は複雑な気分でした。


タクト先輩が正当に評価される事は嬉しい。

でも……先輩が本部に行く。

つまり49支部からいなくなってしまうと言うことになります!


本部に行ってしまえば私と先輩の接点はなくなってしまいます。

まだ好きだと言うことも伝えてられていないのに。


しかし私の気持ちとは裏腹に、タクト先輩の昇進の話はとんとん拍子に進んでいきました。

そして、なんと早くも来月に本部の商品開発部にタクト先輩が異動する事が決まってしまったのでした。


そのため急遽、『昇進おめでとう会』と言うことで、みんなで行きつけの酒場に行くことになったのです。


タクト先輩は飲み会で、

「給料が上がれば妹への仕送りも増やせますし、よかったです。でも49支部の皆さんと別れるのが辛い」

と言っていました。

私も辛いですよー、タクト先輩。


飲み会は大いに盛り上がり、あっという間に時間は過ぎていきました。


そしておめでとう会はお開きになり、全員明日仕事もあるので二次会はせずに解散!ということになりました。


私は、「夜道は危ない」ということでタクト先輩に送ってもらうことになりました。

嬉しいです。でも……


「いやー今日は月が綺麗だね」


「……そうですね」


せっかくタクト先輩が話しかけてくれているのに、私は気持ちの整理がつかずにうまく言葉を作れませんでした。

なんだか気まずい時間が流れます。


私たちはいつの間にか家の前までたどり着いてしまいました。


「じゃあ俺はこれで」

そう言ってタクト先輩が帰ろうとしました。


「あっ」


私はいつの間にか、タクト先輩の服の裾を、きゅっとつかんでいました。


タクト先輩が驚いて私の方を振り向きました。


私は下を向いて顔を隠していましたが、今にも涙がこぼれ落ちそうでした。


言え!言うんだ!!

タクト先輩好きです!!!

本部に行かないでください!って


私は勇気を出してそう言おうと思いました。


しかし、顔を上げたとき、私は無理やり笑顔作り、全く違う台詞を口にしていたのです。


「タクト先輩昇進おめでとうございます!本部でもがんばってくださいね」


タクト先輩は私のその言葉を聞くとにっこり笑って


「ありがとう。ユキちゃんもがんばってね」

と言いました。


タクト先輩が帰っていきます。

私は先輩が私の家から離れていくのをずっとずっと、家の窓から眺めていました。

ぼろぼろ涙がとめどなく溢れました。

その日は泣き疲れて寝てしまい、次の日目が真っ赤でどうしようかと思いました。


それでもこんな理由で休むわけにはいかないので、私は出勤しました。


何事もなく業務が過ぎていきます。

休憩の時間になりました。


ウラン支部長がタクト先輩の移動のため書類を準備しております。


休み時間でも働く裏支部長には頭が上がりません。


しかし支部長は書類の作成に戸惑っているようでした。

仕事ができるウラン支部長にはこれは珍しいことです。


「どうしたんですかウラン支部長?」


ウラン支部長は困った顔をしています。


「いやこんな書類すぐに片付くはずなんですが、不思議なんです。気が進まないというか……そんな事は今までなかったんです。でもタクトさんの移動の手続きをすると、どうしてもためらってしまうというか、なぜか手が進まないというか……」


と言って深く考え込んで悩んでいるウラン支部長でした。

私はちょっとおかしくなってしまいました。

何でも完璧にできるように見えるウラン支部長なのに、そんな当たり前の気持ちがわからないなんて。


「それはウラン支部長が、タクト先輩ともっと仕事したいと思っているからですよ!本当はタクト先輩を本部に行かせたくないんです!」


私がそう言うと、ウラン支部長は顔赤くし、慌てて弁解しました。


「たた、確かに!タクトさんは優秀な職員だし、いなくなるのは残念ですが、そんな特定の職員に肩入れするようなことを、私は今までしたことがありません!そんなはずは……」


「別におかしなことじゃないですよ。ウラン支部長はタクト先輩のことが好きなんですよ!人として」


「す、好き?そ、そうですか……これが好き……」


「タクト先輩のことを人間として尊敬してるんですよ。もしかしたら仕事関係抜きに、友達になりたいんじゃないですか?」


「好きですか……全然気が付きませんでした。人を好きになると言うのを深く考えたことがありませんでした……そうですか、この気持ちが……」


そう言って、ウラン支部長は、自分の胸に手を当てていました。

なんだか嬉しそうにしています。


「ありがとう、ユキさん。おかげで気持ちの整理がつきそうです」


そう言って、ウラン支部長はその後はてきぱきと仕事をしていました。


なんだか吹っ切れたような顔をしていましたよ。


ウラン支部長のそんなどこか抜けているところが、ちょっとかわいいななんて思ってしまいました。


しかしすぐにまた私は、憂鬱な気持ちに戻ります。

これでタクト先輩の移動のための書類が完成してしまいました。


タクト先輩の本部への移動は揺るがぬものになってしまったのです!


しかしその数日後、また事件が起きたのです!


ギルド内でドンさんが大声をあげました。


「昇進の話がなくなっただと!!タクト!それは一体どういうことだ!」


「い、いや昨日突然俺宛に手紙が届いて……」


そう言ってタクトさんは1枚の手紙を取り出しました。


ドンさんはひったくるようにタクト先輩から手紙を奪い、読み始めました。


「なになに。鷹の爪49支部タクト殿。貴殿のシールエイドを開発した功績については、鷹の爪としてこれを高く評価する。しかし、本件の最大の功労者にあっては、その実貴殿ではなく……そのレシピを本部に持ち帰ったゴールズであると本部は判断した?そのため、今回貴殿の功労として昇進は過剰であると判断したため……今回の功労として、鷹の爪ギルドで使えるクーポン券10枚を送り、本手紙をもってその功とする?今後も勤務に励むように……」


ドンさんの顔が真っ赤になり、手がブルブル震えています!


「こんなふざけた話があるか!!!」


ドンさんは机を思いっきり叩き、壊してしまいました!


ウラン支部長は、


「急用ができました。皆さん申し訳ありませんがギルドの方よろしくお願いします。私は本部に行ってきますので」


私はというと、本部の対応に怒りを通り越しもう呆れてものが言えませんでした。


等のタクト先輩本人はといえば、必死にドンさんやウラン支部長をなだめています。


私はその姿を見て、不謹慎にもクスリと笑ってしまいました。


私は今回の件であらためて分かりました。

タクト先輩はこんなところでくすぶっているような人材ではありません!

必ずいつの日か、今回みたいに私の前から姿を消してしまうことになるような出来事が起こるはずです。


それはいつになるかはわかりません。すぐかもしれないし、ずっと後かもしれません。

でもその時は絶対に、タクト先輩に想いを伝えて、なんとしてでもタクト先輩に振り向いてもらいます!


そのために頑張らなきゃ!


「……とりあえず料理の練習でもしますかね」


男心をつかむには、まずは胃袋からっておばあちゃんが言ってました。


そういえばおばあちゃんの秘伝のレシピの本があったような?


ドラゴンの肝と、マンドラゴラを使った……なんかいい感じのが、あった気がします!

いつか絶対タクト先輩に食べさせて、タクト先輩をメロメロにしてみせます!!


『番外編 ユキちゃんの憂鬱完』

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