第147話 幼馴染は負けヒロインってマジですか?

セシリアの力に、城の者は国王も含め皆驚嘆した。


今回の件で傷ついた者を治すと言っていたセシリアだが、怪我人、魔力欠乏症全ての者の治療を、たった1日で終わらせてしまったのだ。


さらにその治療の際に、他にもすぐに治療が必要な重病者が多数王都にはいると分かり、セシリアは迷う事なくそちらの治療に向かった。


国王は正統な報酬をと用意していたものに、さらに追加して金を用意しようと考えていたが、それを既に見越していたのかセシリアは「私が勝手にやっているのだから、今回の件で報酬は必要ない」と頑なに全ての報酬を拒否した。


国王はせめて、少しでも治療に専念できる様にと、王都でも最高の宿を用意し、食事も兵士たちに良いものを運ばせた。

しかしセシリアはパンに少し口をつけただけで、残りは物欲しそうに眺めている子供達に全て分け与えてしまった。


さらに国王は、セシリアの正体が大聖女であると言うことをバレないように細心の注意を払い、密かに交代で警護も行うようにと言っていたが、これについては城の大臣の一人が裏で動き台無しにしてしまった。

セシリアの態度をよく思っていなかったその大臣は、わざとセシリアが大聖女である事を噂で街に広めた。


警護をしていた者にも、「此度の件で傷ついた者の治療は既に終わっており、その後の治療は国王の依頼とは無関係、つまり警護の任は終わった」と嘘をつき、国王に内緒で別の仕事をさせたのだった。


結果は当然の様に、セシリアは反教会の市民達や、この騒動に乗じて勢力を広げようと画策している商人や宗教組織等から酷い暴言や仕打ちを受けた。


「大司教と一緒になって!俺たちからの寄付金を巻き上げていたんだろう!!」


「邪悪な手でうちの家族に触るな!」


「悪魔!街から出ていけ!!」


民の一部はセシリアを見つける度に、何の根拠もない聞くに耐えない暴言を永遠と続けた。


しかしセシリアはそんな事は気にも留めなかった。

目の前に自分の治療を必要としている者がいる、それを自分の意思で治療できる。楽しくて仕方がなかったのだ。

善意でも奉仕の心でも何でもない。自分のやりたい事ができる事が幸せであり、本当にセシリアは義務でも何でもなく、好きで勝手に、市民を治療しているのであった。


だからセシリアはそんな迫害を受けながらも、三日間殆ど休みなく治療を続けてしまう。

その甲斐もあり、とりあえず重病の患者の応急措置は終わった。


後は王都の医療機関に任せてしまってもいいだろう、帰る前に国王に挨拶をするべきかもしれないが、また大仰な事になると面倒だ。

そう思い、申し訳ないが何も言わずに帰らせてもらう事にし、顔を隠し一人歩いて王都を去ろうとしていたその時だ。


流石のセシリアにも、疲れと油断があったのだろう。


「見つけたぞ!この魔女が!!」


突然市民からそう怒鳴られた。

これまで何度も石を投げられてきたが、全て避けたり、魔法でガードしていたのだが、今回初めてセシリアの顔に市民が投げた石が当たった。


本当に当たると思っていなかったのだろうか?


「あっ……」


石を投げた市民はセシリアの顔から血が流れるのを見て、少し気まずそうにした。

だが、すぐに言い訳の様に早口で叫びだす。


「大聖女と言っているが、こいつはあの大事件を引き起こした大司教の仲間で、実際は魔女だ!俺は魔女に罰を与えただけだ!俺は……俺は悪くねぇ!!」


その声を聞き、どこにいたのだろうかと言うくらい、ゾロゾロと人が集まってきた。

すぐに逃げるべきだったと思ったセシリアだが、もう遅い。


「この男の言うとおりだ!俺たちの怒りを思いしれ!」


「そうだそうだ!」


市民達は石を投げ出す。


どうすればいい?

どうするのが正しい?

逃げることも、言い訳を並べることも違う気がした。


セシリアが思わず目を瞑り、天を仰いだその時だった。


無数の石がセシリア目掛けて飛んでくる。


パシ!パシ!パシ!


いきなり現れ、セシリアと市民とん間に割って入った男が飛んできた石を見事にキャッチする。


「だ、誰だテメェ!」


「大聖女の仲間か!」


男は「ふっ」とキザな笑みを浮かべ語り出す。


「今回の大司教による事件を引き起こした……本当の黒幕……と言えばいいかな」


そう言った男の姿を見て、セシリアはポカンとしている。

しかし市民達は真剣な表情で、男を見ている。


「なんだと!?」


「お前が黒幕って本当なのか!」


「もちろん本当だ!大聖女は俺が騙して無理やり大聖堂に入らせた!」


「「「!!」」」


市民達もセシリアも驚いた。

「お前は何を言っているんだ」


市民がそう口にするが、セシリアも同じ気持ちであった。


「ど、どう言うことだ。お前は一体誰なんだ!」


男はもう一度「ふっ」と笑い、


「タクト……と言えばわかるだろ!」


そう言って名乗った。


「た、タクトって王様が英雄だって言ってた、今回の魔力欠乏の直接の原因の……」


それを聞き、タクトは勢いに乗って話し出す。


「そうだ!実は俺は英雄でも何でもない!魔王を倒したと言うのも嘘だ!王を騙して取り入ったのだ!そして今回の一件も、俺が裏で大司教を操って引き起こした事だ!全て俺が仕組んだことなんだよ!この女は何も知らずに、市民のためを思って大聖女の仕事をしていただけなのだ!」


そう言うとタクトはセシリアの脇をつついた。


「(ほら、なんか反応して)」


「(えっ?嘘でしょ?)」


「(ほら、早く!怪しんでるから!)」


「えっ、えー!あなた、嘘をついていたのねー!ひ、ひどいー!」


こんなんで大丈夫かと思ったセシリアだったが、意外なことに民達はタクトのこの設定に飛びついた。


「く、くそー!そうだったのか!」


「す、すまねぇ!大聖女様!」


「お、俺石当てちまったよ!」


「そういや大聖女様に治療を受けた人がいるけど、天使のような人だったって言ってた」


「やはり大聖女様は悪くなかったんだ!!」


民達はただ自分の辛い現状を他人のせいにできる程の良い的が欲しかっただけなのだ。

それが大聖女だろうが英雄だろうが誰でも良かった。


大聖女を迫害する風潮が一気に吹き飛んでいく、と思われたが、まだ疑いの目を向ける者も当然いる。


「ならどうして大聖女を助けたんだ!」


「た、確かに!何故だ?」


民にそう言われると、タクトは声量をあげて言った。


「ふははは!そんなの決まっているだろう!大司教がいなくなった今、教会で一番力を持つのは大聖女!こいつには多大な利用価値がある!お前達に傷つけられては私が困るのだ!」


市民は叫ぶ。


「だ、大聖女様をどうする気だ!」


「それはもちろん……こうするのさ!」


そう言ってタクトは突然セシリアを抱き上げると。ものすごい跳躍力で、近くの家の屋根に飛び乗った。


「に、逃げた!」


「だ、大聖女様が!!」


下にいる市民に向かって、これでもかというくらいの悪人面を作り、タクトは言い捨てる。


「大聖女はこの俺タクトが攫っていく!大聖女を盾に国王に色々と交渉するのだ!」


市民達はタクトの悪口を口々に喚く。


「なんて野郎だ!」


「ゲス野郎!」


「ろくでなし!」


「不細工!!」


「短足!」


タクトは苦笑いする。

「えー、なんかちょっと容姿は本当に傷つくけど……ま、まぁいい!俺の悪事は絶対広めるなよ!絶対だぞ!じゃあな」


そう言ってセシリアを抱き抱えたまま、ぴょんぴょんと屋根を伝い逃げていくタクト。


「待てー!!」


民は必死に追いかけるが、もちろんタクトは簡単に引き離す。

逃げつつもタクトはセシリアの顔の傷を魔法で治療した。


抱き抱えられながら、セシリアは白い目でタクトを見つめる。


「……何あれ?」


「えっと……俺が悪人って事にしとけば、万事上手くいくかなって」


「……私、そんな事頼みましたっけ?」


「……俺が勝手にやった事だから」


「そんな……」


「そんな勝手な事を!」とタクトに文句を言おうとしたが、「勝手にやった事」という、最近自分も王様に向かって言ったフレーズを省みて、セシリアは口篭ってしまう。


「……一応お礼言っとく……ありがと」


タクトは笑う。


「どういたしまして」


………


……



王都を出てしばらく経った。


「もう自分で歩けるから降ろして」と言おうと思ったのだが、何故か不意に、大聖堂の中で幾度も空想した、自身の子供の時からの夢がふっと脳裏に浮かんできた。


貧しい人たちの為の治療院を開く。

世界は広いし全ての人を救いたいなんて、大それたことは言えない。

でも手の届く範囲の人々くらい、私のスキルで治療してあげられたらと思う。


……これまではただの叶わぬ夢だったが、タクト達のおかげで、今やいつでも実現できる事になった。

自然と顔に笑みが浮かんだ。

その治療院の事を静かに想像する。


治療院にはちょくちょくタクトが来て、「おい、セシリア、お前に治療してもらいたい人がいてさ」なんて無理難題を持ってくる。

私は、「しょうがないわね、また厄介ごとを引き受けたのね」なんて言いながらタクトと一緒にたまに冒険したりして……。


考えるだけで幸せな気分になる。

そうだ!この夢の話をタクトに話してみようか……


「タクト、私ね……」


そこまで言ってはっと気がついた。


『これ以上は駄目だ』


きっとこの話をしたら、タクトは私の言った通りにしてくれる。

タクトは私が望む事なら何だって叶えてくれる、お人好しなんだった。

だから言ってはいけない。

それを知って話をしたら私は卑怯者だ。


そう。この幸せな空想は私の独りよがりにすぎないのだ。


「ん?どうした?」


私は誤魔化すようにタクトに話し出す。


「……うん、私この国を出ようかなって……それだけ」


「はっ!?突然なんだそれ!」


「……突然でもないのよ……貧しい人たちのための治療院を開くの。それが私の子供の頃からの夢だった。……あんたのおかげで、この度めでたく大聖女を辞められたし、この国で大聖女だった私が治療院なんか開いたら、何があるか分かったもんじゃないし、いい機会かなって……」


良かった。

ちゃんと言えた。

表情ひとつ変えずに。

私がこう言えば、タクトは喜んで送り出してくれるでしょ。

大丈夫、治療院を開けるだけで、私は十分幸せだもん。


「……そうか……子供の頃からの夢なら仕方ないな……」


ほら、やっぱりタクトはそう言ってくれる。


「そう、だから……」


もう私は大丈夫だから、ありがとう、と言葉を続けようとした。

その時だった。


「じゃあ俺、その治療院に毎週顔出すかな。それと治療してもらいたい人がいたら連れてくし!……あと、俺一人で解決できない厄介ごとがあった時もお前の所に行くから。もしかして、もう大聖堂に縛られないから、一緒に冒険できたりしてな!」


そうタクトが言った瞬間、もう堪えきれなかった。

私は思わず顔を隠した。


「うわ!な、泣いてるのかよ!えっ?なんで?なんで?」


「うるさい!ばか!!見んな!」


嬉しくて、嬉しくて、涙が止まらない。

独りよがりじゃなかった!

タクトも私と同じ未来を見てくれた。


「は、腹減ったの?母ちゃんのおにぎりあるぞ?」


全く!こんな時までデリカシーがないんだから!

私はタクトに力一杯抱きつき、耳元で囁いた。


「あんたって本当にばか……大好き……」


私がそう言うと、タクトの耳が真っ赤になるのが見えた。


「あ、あの、え、えっと……俺も……」


タクトは言葉に詰まっている。

ずっと姉だと言ってきたのだ。そうすぐに恋人なんて雰囲気にはなれないのは分かっている。


……。


……そしてこいつが女好きのとんでもないスケベ男と言うのも分かっている。


私はタクトの頬をギュッとつねった。


「いて!痛いって!」


なんでこんな奴がモテるんだろ……まぁ私も好きになっちゃったんだけど……。


「……約束だから……絶対毎週会いに来て」


私が真剣な声でそう言うと、タクトも真面目になって返事をする。


「……うん。約束だ」


私達が『恋人』と言える様になるまで、まだきっと時間はかかるだろう。

でも今はこれだけで十分。


タクトを抱きしめる手に力を込め、ギュッと体を寄せる。


「えへへ……あったかい……」


タクトは照れ臭そうにポリポリと頭をかいている。


これで終わりじゃない。

これが始まりなんだと思うと、幸せすぎて恐いくらいだった。



『セシリア編 完』

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