第146話 市民が教会に石を投げるってマジですか?

「ん、んんー」


俺はグッと身体を伸ばした。

どうやら眠っていたようだ。


パチリと目を開くと、眼前に死んだはずの母さんの顔があった。


「やっと、起きたかい」


「う、うわぁー!!!ば、ばばぁの亡霊!!!!!」


「ふざけんな!誰がばばぁの亡霊だ!!」


「えっ?えっ?か、母さんだよね!?あれ?って事はここ天国?俺死んだの?」


「ほぉ?ここが天国に見えるかい?」


俺は辺りを見渡す。


「見えない……実家だ……けど、だって……」


「瓦礫で潰されたと思ったかい?あらかじめ精霊術で人一人入れるくらいの深い穴を掘っといたんだよ。それで瓦礫に潰された様に見せかけて穴に飛び降りた。後は穴を掘り進めて一足先に大聖堂から脱出したわけだ」


「ひ、ひでぇーよ母さん!生きてるなら一言言っといてくれてもいいじゃないか!」


「あんたは昔から、一遍追い詰められなきゃ本気出さないだろ?それで一芝居打った訳だ」


「だからってさぁ……」


そう文句を言いつつも、俺は生きていてくれた事が嬉しくて母さんを抱きしめた。

母さんは俺の頭を、ポンポンとまるで小さな子供みたいに撫でる。


「おやまぁ。セシリアと同じく、あんたも泣き虫だねぇ」


「……泣いてねぇよ。それに、本当に本当に悲しかったんだ」


「……悪かったよ……それと、ありがとう。セシリアを助けてくれて」


セシリア!そうだ、セシリアは無事だったのだろうか?


「そうだ!セシリアは?」


「あの子ならあんたの代わりに王都に行ってるよ」


「俺の代わり?王都?」


「あんな事があったから国への説明責任があるだろう。大司教の件を含めて国王に報告に行ってるよ」


「そうか。目を覚ますまで待っててくれても良かったのに」


「何言ってんだい?あんた3日も寝てたんだ。待てるはずないだろ?」


「3日?セシリアは王都にいつ行ったんだ?」


「あんたをここに運んで暫くしたら向かったよ」


「じゃあ3日も向こうに?説明だけでそんなにかかるものか?」


「……あの子の事だ。今回の件で王都にも少なからず負傷者が出た。魔力を集めたせいで一時的に魔力欠乏になった者もいるだろうさ。そういう人の治療でもやってんだろうね」


「そう言うことか!さすがセシリア!じゃあ俺もちょっくら手伝いに行ってくるかな!」


「そうだね、早く行ってやんな。今回の件でタクト、あんたは英雄扱いだろうが、教会の根幹にいた大聖女であるセシリアはそうじゃない。むしろ市民達の批判の的だろうさ。大分酷い扱いを受けてるんじゃないかね」


「なっ!?今回の件にセシリアの責任はないだろ!」


「無いかもしれない。ただ、国民の全員がそう思ってくれるかは別さ」


「母さんも母さんだよ!そんな事分かってて、なんでセシリアを行かせたんだよ!ただでさえセシリアは今回の件で傷ついてたんだぞ!」


「あの子が自分で行きたいって言ったんだ。あと、あの子はちょいと批判されたくらいで、もう挫けたりしないよ。それに……」


「それに?なんだよ?」


「……なんでもないよ!ほら、さっさと行っといで!」


そう言って母さんは手に持っていた風呂敷包を俺に向かって投げつける。


「これは?」


「あたしが昼に食おうとしてた昼飯だよ。あんたずっと寝てたんだ。腹減ってるだろ。道中食いな」


思い出した様に「くぅー」っと腹が鳴った。


「ありがとう母さん!行ってきます!」


俺は早速風呂敷包から握り飯を取り出し、王都に向かい駆け出していった。




「やれやれ、こんなババが助けに行っても駄目だろうさ。はぁー……ここまでお膳立てしないとダメかねぇ。側から見れば、お互い好きあってるのはバレバレだってぇのに」


………


……



三日前



「なるほど。事情は分かった大聖女殿。それを元に調査をすすめるから申し訳ないがその間来賓として王都に滞在してもらいたい」


国王がそう言うと、セシリアは続けて提案する。


「いえ、来賓なんて滅相もございません。私はこの後、しばらく王都に滞在し、今回の件で負傷した者の治療にあたりたいと思っています」


それを聞き、王はバツの悪そうな顔をする。


「いやはや、大聖女殿が治療を行うならこれほど頼もしいことはないのだが……しかしな、言いづらいのだが此度の件で教会批判の声が高まっていてだな、つまり……」


「おっしゃる事は分かっております。でもこれは私が望んだことなのです。ぜひやらせて下さい」


セシリアの瞳に強い決意が籠っているのを、王は見てとった。


「分かった。正直助かる。すぐにでも治療にかかってほしい」


セシリアはそれまで国王の前という事もあり、ずっと硬い表情でいたが、治療を許可され思わず破顔した。

何故か笑うセシリアを見て、王は不思議そうな顔をする。


「一つ問いたい。其方の前にあるのは困難な現実だ。しかしそれをを前にして、其方は何故笑う?」


セシリアは自分が自然と笑みを浮かべていたことを知り、慌てて真面目な顔を作り直し、答える。


「お畏れながらお応えさせて頂きます。私はこれから、自らの意思で人々を治療します。これ程嬉しい事が、他にあるでしょうか」


それは人生の半分近くを教会に閉じ込められ過ごしていたセシリアの、心からの言葉であった。


王はそれを聞き盛大に笑う。


「ふははは!流石だ大聖女よ!教会の復権後はまた国とアトム教のため、力添えを頼もう」


それを聞くとセシリアは一瞬躊躇った後、恭しく話し出す。


「恐れながら国王、私はもう大聖女を務めるつもりはありません」


「な、それはいかに?」


その場にいた大臣達もこの言葉には動揺を隠せない。


「生意気な事とは分かっておりますが、国王様。私は大聖女ではなく、これからはただのセシリアとして生きてみたくなったのです。ただそれだけに御座います」


大臣達は口々にセシリアを罵り出す。


「そんな勝手な!」


「大聖女のスキルを授かっておきながら」


「国王様の言葉を無視するとは不敬だ!」


そんな大臣達に向かい、国王は雷の様な怒鳴り声をあげる。


「黙れ!!!」


「「「!!!??」」」


その凄まじい剣幕に、大臣達は黙り込んでしまう。


「我が部下が失礼をした。私から謝罪させてほしい、大聖女……いやセシリア殿」


大臣達は国王のその発言に驚愕した。

大聖女であるはずの彼女を『セシリア』と個の名で王が呼んだのだ。


大臣の驚きも当然と言えば当然だ。

何故ならそれは、実質的に数百年続く教会の大聖女制度を廃止するという事に他ならない。


しかしセシリアと国王は、この歴史的とも言える事象に直面したのにも関わらず、平然と話を進めた。


「国王様からのご配慮、痛み入ります。……では私はそろそろお暇させて頂き、治療に当たらせて頂きます」


「うむ」


そう言って踵を返し離れていくセシリアに、国王は今一度声をかけた。


「セシリア殿!この先悔いのない様に生きられよ!」


セシリアはクルリと振り返り、満面の笑みを浮かべた。


「はい。仰せのままに」

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