第144話 飲んだくれに世界は救えないってマジですか?
セシリアの言葉を耳にした瞬間、ゴチンコのギルド内の冒険者達はざわめき立つ。
「タクトって誰だ?」
「そいつに魔力を届けるって思って手を上げればいいのか?」
「でもなんか得体が知れないぞ?」
「おい、誰か試しにやってみろよ」
冒険者達は疑心暗鬼だ。
それもそうだろう。
御前試合の優勝者のジェイドの事なら知っていても、『タクト』については何も知らないのだ。
しかしそんな様子には気にもとめず、ギルド長のゴチンコはすぐさま手を上げた。
魔力量が大して多い訳でもないゴチンコは10秒経たずに地面に倒れてしまう。
「お、おいおっさん、大丈夫かよ……」
心配するギルドの冒険者達だったが、ゴチンコは絞り出すように声を出す。
「た、タクト!今助けるからな」
そう言って地面に這いつくばりながら手を上げ、魔力をタクトに向かい送り続けた。
その姿はお世辞にもかっこいいとは言えない。
むしろ滑稽で情けないその姿に、我慢できなくなった冒険者の一人が吹き出す。
すると堰を切ったようにギルドにいた全員が笑い出した。
「あんたみたいないつも飲んだくれてるおっさんが死ぬまで魔力渡したってどうにもならねぇよ。やめとけ、それ、ただの犬死にだよ」
だが頑なに、ゴチンコは手を挙げることを辞めようとしない。
脂汗をダラダラ垂らしながら冒険者達に言う。
「タクトは俺の恩人で……大切なダチだ……そいつが命張ってんだ!無様でも……かっこ悪くても助けるんだ」
「……ははは。いや、でもよ、命までってのは……」
相変わらずゴチンコをバカにしようとする冒険者を、ゴチンコのギルドの職員が遮る。
「冒険者の皆様、申し訳ありませんがゴチンコのギルドは臨時休業とします。私たちはギルド長の意向に従い、タクトさんに魔力を送ります。そのためしばらく営業はできなくなります、申し訳ありません」
「な!そんな勝手な事……なぁ皆んな!」
一人の冒険者がそう言って後ろを振り向くが、他の冒険者はシンと静まり返っている。
「お、俺も魔力送ろっかな……ちょっとだけ……」
「……俺も友人が助けを求めていたら絶対に命を賭けて助ける。ギルド長の行動に賛同を示す」
そう言って冒険者達はぽつりぽつりと手を上げ始める。
「な、本気かよ、皆んな……」
そんな中、ギルドで大きな声を上げる集団がいた。
「アリス親衛隊!ファイトー!!」
「「「ファイトー!!!」」」
そう言って何の躊躇もなく手を挙げる集団。
いつしかギルド内で手を挙げていない者は少数派になっていた。
「ええい!分かったよ!俺もあげるよ!」
そしてギルド内の全員がタクトに向けて魔力を送り出した。
ゴチンコは意識を失いそうになるのを必死に堪え、遠い地で戦うタクトに呼びかけた。
「タクト……絶対に無事に帰って来い!」
………
……
…
「国民に向けてすぐに放送を入れろ!すぐにタクトに魔力を送れと!」
「ですが国王、こんな得体の知れない……」
「ええい、時間がないのだ。もう良い!私が直接言う!すぐに放送を繋げ!」
「は、はい!」
国王は王都に向けて言葉を送った。
「全ての国民に告ぐ。今魔力を送れと言われているこのタクトという人物について今王国の秘密を話す。これはタクト本人に言うなと止められていた話だが、緊急事態故に話したいと思う。何を隠そう、このタクトこそが、魔王パズスを倒し、この国を救った英雄である。その英雄が、今また大勢の命を救おうとしている。国民達よ、英雄に力を貸し、彼を助けてほしい!」
そう言って放送を終えた後、国王は右腕を天に向け真っ直ぐ伸ばした。
国王は自分の体から魔力がみるみるうちに吸い上げられていくのを感じた。
「ぐっ!!」
「こ、国王様!!」
「案ずるな!」
国王は魔力を送り続けた。
国民達はといえば、国王の演説の効果もあり、こぞって魔力をタクトに送っていた。
「英雄に力を!」
「ありがとうタクトさん!」
「王様だってやってんだ!俺らがやらんわけにいかんだろ!!」
そんな国民の様子を知ってか知らずか、国王は微笑を浮かべ言った。
「タクト、この件が終わればお前は名実ともに英雄だ。今度こそ領地を受け取って、貴族になってもらうぞ!」
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