第141話 

大司教はタクトとの戦いに苦戦を強いられていた。

そのため、自身の身体の大半を魔物細胞に委ねて戦闘力を倍増させた。

しかしその代償として、人間としての思考が殆どできなくなっていた。

薄れ行く意識の中、大司教は何故自分がこんな窮地に追い込まれているのか不思議でならなかった。


(何故私が押されているんだ?スキルの加護もないこの男に?何故?完全無欠の存在であるこの私が……負ける?)


魔物細胞の再生力と、アトム神から奪ったスキル『超回復』と『超再生』、さらに『オートヒール』と『ダメージ軽減』の呪文を重ねがけする事により鉄壁となったはずの自分の身体が、タクトの猛攻により徐々に破壊されていく。

タクトの底知れない実力に恐怖すら覚えている事に、大司教は苛立ちを隠せない。

また触手が切り落とされた。


「私ガ、負ケルハズガ無イィィィ!!!!」


そう叫んだ瞬間であった。

セシリアが禁術を成功させ、アトム神と大司教のリンクを突然切った。

大司教は全身から力がヘナヘナと抜けていくのを感じた。


「アッ……」


アトム神から奪っていた全てのスキルが一瞬にして無くなってしまう。

スキルのおかげでかろうじて保たれていた大司教の自我は崩壊し、ついにただの魔物になってしまった。


「キシャー!!!」


奇声を上げながら襲いかかる大司教だったモノに、タクトは連続攻撃を繰り出す。


「オラオラオラオラ!」


タクトの怒涛の攻撃で、大司教は粉微塵になっていく。


「……これで……終わりだ!」


タクトがトドメの一撃を放とうとしたその時だった。


「そこまでじゃ!」


突然大聖堂に神々しい声が響いた。


声と同時に、大司教とタクトはピタリと体の動きを制止させられた。

アトム神の人智を超えたスキルで戦いは強制的に中断してしまう。


まるで時間を止められたかの様に身動きができなくなった2人を見てアトム神は満足げに笑って言った。


「久しぶりに力を使ったが、調子がいいのう」


「誰だ!止めるな!あいつは母さんを!!」


そう言ってタクトはアトム神の力に逆らい体を動かそうとすると、微かだが体が動いた。

タクトは必死に大司教を殺そうと体に力を込める。


「ほぉ、わらわの力を受けて動けるか。とんでもない人間もいたものじゃな。だが悪いな、お前もこやつに相応の恨みがあるのはわかるが、わらわには神としての義務とプライドがある。不敬を働いたこやつに相応の罰を与えなくてはならん。すまんがここはわらわに譲ってもらう。とりあえずこの魔物の姿では何も感じないだろう。こやつには元の姿に戻ってもらおうか」


そう言うと、アトム神は魔物になってしまった大司教に浄化の力を使用した。

大司教の体から魔物細胞が一瞬にして引き剥がれ、大司教は力を持たないただの老人になってしまう。


タクトはその神聖な力を見て、彼女がおそらくアトム神なのだとようやく気がついた。

アトム神は目を丸くしているタクトを見て言う。


「それに、こんなクズのために貴様が手を汚す必要はない。何、心配するな。こいつには死よりも辛い、生き地獄を味わってもらう。そうだな、少なくともわらわを閉じ込めていた期間くらいは。あの娘がわらわを連れて行った異世界にでもいてもらうかな」


そう言って神は薄ら笑いを浮かべた。

一ミリも体を動かせない大司教は、まだ立場が分かっていないようだ。アトム神に向かい怒鳴り散らす。


「俺は神だぞ!神に向かってなんてことを……」


「まだ勘違いしているようじゃな。汚い口を閉じよ」


アトム神がそういうと、大司教は一ミリも口を動かせなくなった。


「ほら、貴様はあの娘と一緒に、はよ逃げよ」


そう言ってアトム神が指差した方をタクトが見ると、セシリアが遠くから走ってきているのを見咎めた。


「セシリア!」


「今回は罪人に罰を与えるために、特別にここまでの干渉をした。じゃが本来神が過度に人間の営みに干渉するものでもない。後はお前たちだけで何とかせよ」


そう言うと、アトム神と大司教は、ふっと姿を消してしまった。

予想外の事態に思わず惚けてしまうタクトであったが、大司教がいなくなったことで大聖堂の崩壊が始まっていることに気がつきハッとする。

アトム神が言うように、すぐに逃げなくてはならない。


タクトの所まで駆け寄ったセシリアは、タクトが1人なことに気がつき言った。


「大司教は倒したのね。母さんは?」


タクトは答える事ができなかった。

代わりに顔を苦痛に歪める。


「……」


「嘘……」


セシリアは口を押さえめに涙を溜めた。

しかし嘆き悲しんでいる時間すらも今は無いのである。

大聖堂の崩壊は進んでいる。

大聖堂に施された浮遊の力もじわじわと弱まり、ゆっくりと下降し始めているのだ。


「行かなきゃ。ここから出よう」


「……うん」


セシリアと共に外まで行くと、リナがドラゴンの姿で崩壊する大聖堂の近くを飛んでいた。

崩れ落ちる瓦礫を避けながら、なんとか二人が飛び乗れるような距離を維持している。


「タクト、セシリア!飛び乗れ!」


「よし、飛ぶぞ」


そう言ってタクトはリナに飛び乗った。

しかしセシリアはタクトの言葉がまるで聞こえなかったかのように、一人崩壊する大聖堂に留まる。


「何してんだ!早く!セシリアも飛べ!」


しかしセシリアは思い詰めたように俯き、動こうとしない。


「先に行って!私はここで、この大聖堂が落ちるのを止めるから!」


「はっ!?」


「私の残りの魔力を使えばこの大聖堂の墜落の被害を最小限位留められる!大聖堂から離れればそれは難しくなる!私はここに残るから!!」


「バカ言うな!被害は抑えられても、こんなところにいたらセシリアは死んじまうだろ!」


「……責任だから。元はと言えば、私が蒔いた種だから……」


「「まだそんなこといってるのか!」」


「えっ?」


タクトの声と母の声が重なって聞こえた気がした。

母さんだったら今の私を見て何て言うのだろう。

そう思った瞬間死んだはずの母さんの声が聞こえた気がした。


「……あんたはいつも全部自分で背負い込もうとするね……セシリア。もっと自由に生きてみてもいいんじゃ無いかね?あんたを鳥籠に閉じ込めてるのは大司教でも教会でも無い……自分自身なんだよ……鍵なんてかかってないよ、自分で外に出るだけだ。それとも、いつもあんたの側にいる、私の大事なバカ息子はそんなに頼りなかい?さぁ、あいつを信じて、さっさと飛びな!」


タクトが手を伸ばす。


「セシリア……俺を信じろ。飛べ!」


「……うん!」


………


……



一方地上では……


「いーいやー!死ぬぅぅ!」


ユキは落下する大聖堂を見て大声をあげていた。


「あの質量の物質が落ちたら、少なくとも直径5キロは甚大な被害を受けます。今から逃げるのは不可能ですね」


そうウランが冷静に分析する。


「ちょ、ちょっと僕でもあれを止めるのは無理かな」


最強の魔王でも防ぎきれないとなれば、もうあれを止める術はないのかもしれない。


………


……




近くの森で大量発生する魔物たちを相手にしていた腐食騎士とアリスは、大司教の力が無くなったことで魔物が消え去ったため、脱力し2人森の中で空を見上げていた。


「あんな馬鹿でかいものが落ちてくるなんて……死は覚悟していたが、まさかこんな形とはな……」


半ば諦めたような態度の腐食騎士を見て、アリスはため息をつく。


「……ふぅー、あんたって本当にばかね……あの建物にはタクト様がいるのよ?私たちはできることをすればいいだけ」


そう言って月季に魔弾を詰め込み、落ちてくる瓦礫をひたすら撃ち落としながら、孤児院に向かい走り始めるアリス。


腐食騎士はそんなアリスを見て笑う


「ふ、ふははは!そうだな!あの男なら不可能を可能にするだろうよ!」


腐食騎士は再び大剣を抜き、アリスに続いた。

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