第136話 禁術

俺とセシリアは全速力で大司教のいる場所へ向かった。


大聖堂のメインホール、豪華絢爛なステンドグラスとアトム神の大きな聖像が飾られている巨大なホールに、大司教は一人立っていた。


問答無用!

先制攻撃!!!


「聖弾波動!」


セシリアが速攻魔法を放つ。


「火球連弾!!」


俺もセシリアに続けて魔法を放つ。


しかし大司教は薄ら笑いを浮かべて一言つぶやく。


「私を守れ!赤い障壁!」


すると強靭な風の障壁が現れ、俺たちの魔法をブロックした。


「ハハハハ!!無駄無駄無駄!次はこっちから行くぞ!神の雷(イカズチ)!!!」


大司教がそう言うと、ホール内に赤い雷鳴が降り注ぐ。


俺とセシリアは無数に鳴り響く雷鳴を全てかわす。


隙を見てセシリアはナイフを投擲。


「無駄だ!赤い障壁!!」


俺は発生した障壁をぶん殴って破壊する。

これでナイフは防げない!


セシリアの投擲が大司教の心臓に命中する。


「やった!」


しかし、


「ははは、凄いぞ、全く痛みを感じない!一応直しておくか、ヒール」


おそらく何かしらのスキルだろう。

ナイフは大司教の胸に深々と突き刺さっていたが血の一滴も出ていない。

穴の空いた胸も、大司教のヒールで一瞬で塞がった。


「くそ!化け物め!」


「化け物とは心外だ。私は神だ。新しい神なのだよ!どうだ敵わないのは分かっただろ。セシリア、今からでも俺のところに来い」


「絶対に嫌。生理的に無理。同じ空気を吸うだけで嫌」


そうセシリアが即答すると、ピキっと言う音が聞こえそうな程大司教の顔の血管が動いた。


「そうか……だったら死ね!」


またも激しい雷鳴が巻き起こる。


俺たちはやはり軽々と避ける。


「今度はそれだけじゃないぞ」


大司教がそういうと、その体から無数の触手が現れ、俺たちを襲う。

だがこのスピードならセシリアも避け切れるだろう。


防御はとてつもないが、攻撃に関してはかわし続けるのはそう難しくない。

しかし攻撃が通じないとすると、どうにも八方塞がりだ。

俺もセシリアもどうすべきか思案する。


先に動きを見せたのは大司教の方だった。


「チッ!ちょこまかと!!ならこれでどうだ!!!おい!出てこい!」


大司教がそう言うと、


「ヒィィィィ!!」


と言いながらホールに隠れていた大司教の部下の男がいきなり飛び出した。

一瞬驚いたが、それがどうしたとすぐに思った。


大司教の部下は目を瞑ってセシリア目掛けてナイフを突き刺そうと突進してくる。

なんだあんな屁っ放り腰。

あんなのがセシリアに当たるはずがない!


俺が思った通りセシリアがひょいと避けると大司教がニヤリと笑った。


「ま、まずい!」


俺はその怪しい笑みを見逃さす、大司教の狙いは別の所にあったのだとすぐに悟った。


大司教は部下の男に向かい触手を一斉に放ったのだ。


「あっ!」


セシリアも気がつき、声が漏れた。


「ははは!どうだ!お前達のせいでこの男が死ぬぞ!」


「だ、大司教様!そ、そんな……」


怯える大司教の部下。

俺だったら助けただろうか?

セシリアを辛い目に合わせた、大司教とも同罪と言えるあんな男を。


しかしセシリアは違った。


すぐに体が動いていた。

セシリアはこの男に対しても、きっと恨みつらみがあったはずだ。

助ける義理なんてないと思う。


だが理屈じゃないのだ。

俺はセシリアの事をよく知っている。

だからセシリアがこの男を命をかけて守ってしまうだろうとすぐに分かった。

だから……


セシリアは防御魔法を発動する暇もなく、大司教の部下の前に身代わりとして立ち塞がった。


「ははは!やはり甘いなセシリア!!俺をコケにしたお前は許さない!」


俺はセシリアの優しさを誰よりもよく理解している。

だから俺は……セシリアを守るためにすぐに動けた。


俺はセシリアと触手との間に滑り込み、背中で触手の攻撃を受けた。


「た、タクト……」


セシリアの声が震えている。


俺の腹に大きな穴が空いているのは分かっていた。

こんな結果になるのは分かっていた。

だがセシリアと同じだ。


勝手に体が動いていたのだ。


「よ、良かった……怪我は……ない……な……」


それだけ言うと。

体が言う事を聞かなくなり、俺の意識はプツンと途切れた。




「ひっ!ひぃぃぃぃぃぃ!!」


そう叫び大司教の部下はホールから走り逃げ出していった。


ジョゴスは一人タクトの前でうずくまるセシリアを見て心底嬉しそうに笑った。


「ははは!死んだか?これでお前らに勝ち目は無くなったな!ははははははは!!!!」


セシリアはタクトを見て大粒の涙をこぼした。

タクトの体をそっと撫でるような動作をすると、すぐにすくっと立ち上がる。


「そうね。これじゃあ貴方に従うしかないみたいね」


そう言ってセシリアはゆっくりとジョゴスに近づいた。

セシリアの姿を見て、ジョゴスは興奮した。


「お?やっと私の力に気がついたか!そうだな!お前は一度私に逆らったからな!妾くらいにはしてやるか!さぁ!ひざまづけ、服従を誓え!」


セシリアが何をしてきてもジョゴスは防げる自信があった。

セシリアの最大の攻撃でもジョゴスを殺すことはできない、精々かすり傷程度だろう。

そのためジョゴスはセシリアが本当に従ったと思った。

仮にセシリアの策略であっても、どうとでもなる自信があったので油断していたのだ。


セシリアはゆっくりジョゴスの前に跪いた。


「さぁ、私の手の甲に服従のキスをしろ!」


そうジョゴスが言い手を差し出した瞬間、セシリアはキッと睨みつけ、隠し持っていた短剣でジョゴスを思いっきり突き刺した。


短剣ごときではダメージが入らないはずのジョゴス。

だが、


「ぐ、ぐわぁー!!!!」


ジョゴスの悲鳴がホールに響き渡る。

バチバチと白い雷がセシリアとジョゴスの周囲をまとう。


「か、身体が動かん!き、貴様!何をした!!」


「あんたが溜め込んでた、宝具の一つ、封印の短剣よ!これであんたの動きは封じられる!」


「ぐぐぐ!宝具とはな!だがその短剣で私を封じられるのも精々数分!その後は……覚悟するがいい!簡単には殺してやらんぞ!!!」


「覚悟するのはあんたの方よ!」


そう言ってセシリアは呪文を詠唱し出した。


「なんだ!?その呪文は?」


「禁術……あんたは私と一緒に、身動きの取れない異空間に一生封じ込められるのよ!」


セシリアがそう言うと、ジョゴスは情けなく顔をぐにゃりと歪ませた。


「や、やめろ!そんなことすれば、お前も一生苦しみ続けるのだぞ!?そ、それに、今すぐお前が回復術を使えばあの男も助かるかもしれんぞ?いいのか?お前が術を止めるならお前も男も生かしてやる!な、な?」


そうジョゴスが言い終わるか言い終わらないかと言う所で、タクトの方から大きな音が聞こえた。


「ぐー、ぐー、ぐー」


そう言ってタクトは大きなイビキをかいている。


「な!?寝ているだと?確かに腹を貫いたはず!!」


ジョゴスがそう言うと、セシリアはクスリと笑い、小さな空の試験管を見せつける。


「これも大聖堂にあった聖遺物、世界樹の雫。タクトの傷に振りかけた。すぐに傷は治ったわ。タクトは寝ているだけ!すぐに目を覚ます。あんたの完全敗北よ!」


「く、くそぉぉぉぉぉ!!!!」


ジョゴスになす術はなかった。

呪文が間も無く完成する。


これで全てが終わる……

セシリアは最後に思った。


「(タクト、お母さん、ごめんね……そして……今までありがとう)」


その瞬間であった。


「どぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁ!!!」


古い戦闘飛行艇に乗ったクレハがホールに飛び込んで来た。


クレハは戦闘機から機関銃を放ち、それはジョゴスに直撃した。


「グォッ!!!」


その衝撃で、ジョゴスの体から封印の短剣は外れ、吹き飛ぶ。


「うちの娘に!何してくれとんじゃあぁぁ!!!」


クレハは機体のまま吹き飛んだジョゴスに体当たりし、ジョゴスはとてつもないダメージを受け壁まで思いっきり吹っ飛んでいった。


ドゴォォォォン!


飛行艇は半壊し、その場に不時着する。


「2人とも、生きてるね?」


クレハが半壊して燃え上がっている戦闘飛行艇から降りてくる。


「戦争時代のこのオンボロがまだ動いて良かったよ。タクトは……ああこりゃ酷い。まぁ丈夫さだけが取り柄の様な奴だしね、じきに目を覚ますだろ」


セシリアは寸前の所で禁術をキャンセルされ、目をぱちくりしている。


「お、お母さん!」


そうセシリアが大きな声を出すとその3倍の声量でクレハが怒鳴り返す。


「セシリア、あんた禁術使おうとしていたね!ふざけんじゃないよ!!」


「か、母さんこそ何してるのよ!あとちょっとであいつを封じ込められたのに!!」


そう大声を出すセシリアの頬を「パン」とクレハは強かに張り付けた。


どんな悪さをしても、クレハに殴られた事は一度としてなかった。

初めてクレハに打たれたことに、セシリアは唖然とした。


「……アンタに子供ができた時、きっと今アタシがアンタを殴ったきっと理由が分かるよ……」


ヒリヒリと頬が痛むセシリア以上に、クレハは自分の大切な娘を殴った事に心を痛め、辛そうな顔をしている。

母のこんな顔を、セシリアは初めて見た。

セシリアは自然と目に涙が溢れてきた。


「でも!アイツを倒すには、こうするしか!」


「方法はある!!」


クレハは力強く断言する。


「大司教の今使ってるのはアトム神の力。おそらくこの大聖堂のどこかにアトム神が封じ込められている」


クレハの突拍子もない言葉に、セシリアは信じられないと言った様子で答える。


「えっ?神を封じ込める?そ、そんな事って」


「アンタは大聖堂のどこかにいるアトム神を見つけて封印を解くんだ!そうすればアイツ力は弱まるに違いない。ほら、ボサっとするんじゃないよ!」


「か、母さんは?」


「私かい?私はタクトが目を覚ますまで、あいつを足止めしとくよ」


クレハがそう言うと、吹き飛んだジョゴスが血みどろになり立ち上がる。


「やってくれたな!ババァ!殺してやる!!」


そう言ったジョゴスはとてつもないダメージを負った様で、流石に回復が追いついていない。


「はっ!たかだか5、60のひよっこが!殺せるもんなら殺してみな!言っとくけど、孫の顔見るまで、アタシの命は死神だって取れやしないよ!」


そう言ってクレハは笑った。

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