第124話 死ぬ気で特訓ってマジですか?


確かにセシリアは死んだ方がマシと思える特訓と言った……確かに言った、だが……


特訓開始10分。俺は本当に死んでしまっていた。


呼吸が停止している俺に、セシリアは魔法を唱える。


「リバイブ」


「ぷっ!ぷはぁー!はぁー!はぁー!」


「おっ、生き返ったね。じゃあ続きやろっか」


そう言ってにっこりと笑うセシリアを見て、俺は背筋が凍った。


「待て待て待て!俺今死んでたぞ!死ぬ方がマシって実際に死んでんじゃねぇか!」


「大袈裟ね。本当に死んだんじゃなくて仮死状態じゃない。いくらなんでも本当に殺したりしないわよ」


俺は特訓と称し、魔力を完全に消した状態でフル魔力強化されたセシリアと本気の戦闘をさせられていた。


俺の魔力を封じる為に、セシリアは魔封じの首輪と腕輪を突貫で作ってくれた。

今は魔力の流れを一切感じられない。


「あんたは普段魔力に頼り過ぎなのよ。日頃の魔力疲労で本来の魔力の三割も出せてないんだから」


「いや、俺結構魔力量あるはずだぞ?何かの間違いじゃ……」


そう言うとセシリアは紙にサラサラと棒グラフを書いて見せる。


「これが私の魔力量だとすると、魔力疲労のあんたの魔力量はこれくらい」


「うわっ…俺の魔力量、低すぎ…?」


「だから、この特訓は魔力をしばらく封印する事で、あんたの魔力疲労を回復させて、尚且つ実践の緊張感を取り戻せる理にかなったものなんだから、文句言わない!」


「うっ!」


確かに強くなるにはこれ以上ない方法だった。

反論できない。


「じゃあ後100回は同じ事するわよ!」


「ふぁっ!?俺100回も死ぬのかよ!!」


「いや、だから本当に死ぬんじゃなくて仮死状態だから。それにあんたが魔力無しで私に勝てるようになれば死なないでしょ」


「む、無理だろ……だってセシリア化け物みたいに強いし……」


「あら、か弱い乙女を捕まえて、化け物って……タクトには戦闘だけじゃなく、礼儀ってものを教えてあげなきゃね」


そう言ってセシリアは俺に近づいてくる。


「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」


セシリアと俺の地獄の特訓は、まだ始まったばかりだった。


……数日後


素手での戦闘訓練は100回目で終わりになり、次は魔法を敵が使ってきた場合の訓練、それも終わり、今は武器を使った訓練になっていた。


俺とセシリアは短刀を混じり合わせ、激しい攻め合いを繰り返す。


互角……と俺は思ったのだが、セシリアの方が一枚上手であった。

俺の一瞬の隙を的確に見つけ出し、俺の短刀を弾く。


俺は武器を失い、ガックリと肩を落とし、降参のポーズをする。


「ああくそ!今度こそいけると思ったのに!これで426敗かよ!また勝てなかった!!」


悔しがる俺に背を向け、セシリアが言う。


「……ちょっと休憩、あんたは食事でもしてなさい」


そう言って俺から遠ざかるセシリアに俺は声をかける。


「飯なら一緒に食おうぜ!どこ行くんだよ?」


「水浴びよ水浴び。向こうに湖があるからそこで汗流すの。覗かないでよね」


「だ、誰が覗くか!」


セシリアが見えなくなると、俺は言われた通り食事を始めた。

食べながらぼーっと考える。頭にあるのは一つの不安と疑問だ。


「……俺、ちゃんと強くなってるのかな……」


………


……



「……もうここなら聞こえないわよね?」


セシリアはタクトから十分に離れたのを確認し深いため息をついた。


「何なのあいつ?魔力無しでなんであんなに動けるのよ!それと体力お化けかよ!睡眠なし、食事なしで特訓続けようとするし、こっちの体が持たないっつうの!!」


一通り不満を叫ぶと、湖に向かって歩きながら、やはりタクトの愚痴をセシリアは呟く。


「タクトはガサツだし、空気読めないし、鈍感だし、いつも髪ボサボサだし、可愛い子見るとすぐに鼻の下伸ばすし、それに……私の弟だし……」


血の繋がりはないが、孤児院の皆んなは家族だ。

そう思っているのはタクトも同じはずだ。

だからこの気持ちは、隠し続けなくてはならない。


「……あーあ、何であんなやつ、好きになっちゃったんだろ……」


もうそろそろ特訓も終わりにしなくてはならない。

そろそろラーチに居場所がバレてもおかしくない頃なのだ。


教会の奴らや冒険者に捕まる気はしないが、ラーチだけは別格だ。

ラーチとタクトを戦わせるつもりはない、ただラーチから逃げられるくらいの力はつけてあげたかったので特訓に付き合った。

魔力疲労が回復したタクトを見ていないから憶測になるが、たぶんなんとかなるだろう。


特訓は終わり。つまりタクトと一緒にいられる時間ももう僅かなのだ。


セシリアは水浴びをしながら物想いにふける。


「これで本当に最後だから……この間よりもうちょっとマシなお別れしなきゃな……」


お母さん、アリサ、子供達、そしてタクトを守るためにも、私は帰る。

ラーチはきっと今回関係した者をみんな殺すつもりだろうけど、私の大聖女の立場を利用してそうはさせない。


水浴びを終えて服も着替えた。

髪を乾かしていると、音もなく誰かが近寄る。


「久しぶり、セシリアちゃん」


セシリアははぁーとため息をつく。

想像よりも早かったか。


「ラーチ。乙女の入浴中よ。失礼じゃない?」


「これは失礼。でも急を要するんだ。教会がピンチでね。すぐにでも第聖女のお言葉が必要なんだ」


「分かった。ちゃんと帰る。だから皆んなには手出ししないで」


セシリアがそう言うと、ラーチはうーんと唸り無精髭をなでる。


「俺は嘘は付きたくないんで正直に言うよ。駄目だ。今回の件に関わった奴は全員殺す」


「そんな事は許さない!だったら私は協力しない!」


感情的に叫ぶセシリアにヘラヘラ笑い、ラーチは近づく。


「そう言うと思ったよ、ほい」


そう言って素早くセシリアの後ろも回り込み、首に悪趣味なネックレスをかけた。

するとその途端、セシリアは人形のようにピタリと動きを止めてしまう。

セシリアの目に光は無くなり、言葉も発しない。


「アーティファクト、人形のネックレス。人を物言わぬ操り人形にしてしまう伝説の魔道具。これなら大聖女と言えど解呪できない。趣味が悪いし俺は好きじゃないけど、仕方ないよね。あぁ、感情の無い人形の方が、寧ろこれから起こる出来事に何も感じないで済むから楽かもね」


そう言ってラーチは笑う。


そんなラーチの様子を見ても、やはりセシリアは反応しない。


「よし、セシリアちゃん。ここから南に大体20km離れた所に俺が連れてきた教会の警備隊がいる。そこ行ってそいつらと合流してくれ。そしてそのまま教会に帰り、その後は大司教の言う事を聞け、できるな?」


セシリアはコクリとうなづく。


「俺も行きたいんだけど、あんなに美味しそうなの見ちゃったら、ほっとけないよね」


ラーチは獲物を見つけた獣のように舌舐めずりする。

そう、特訓を終えたタクトのエネルギーを感じ、ラーチは戦いたくて身体が疼いてしまっていた。


「まぁいずれは殺る事になるんだし、別に今でもいいよね」


そう言ってラーチはタクトの特訓場に向かった。


「よぉ、また会ったな!」


まるで友人の様に軽い調子でタクトに話しかけるラーチ。

タクトはラーチの姿を見て、一瞬で殺気をむき出しにする。


「セシリアは……どこだ!!」


その殺気を感じたラーチだったが、タクトの体から全く魔力を感じないのを見てとり、少しがっかりする。


(前会った時よりも強いエネルギーを感じた気がしたが気のせいだったか……大方セシリアちゃんと特訓でもしていたが、疲労で魔力がほぼ出ないんだろうな。ちょっとは楽しめる戦いができると思ったのに残念だ)


「セシリアちゃん?さぁてね。知っていたとしても君に言う義理はない」


そう言っておどけるラーチを見て、タクトの怒りは限界をむかえる。


タクトの付けていた魔封じの腕輪と首輪が抑えきれない魔力によって弾け飛ぶ。

溢れ出る魔力だけで辺りに突風が巻き起こる。


「な、なんて魔力だ!!化け物か!?まさか……魔封じの魔道具?まさか魔力をずっと封じて特訓していたのか!?」


自分を遥かに凌駕するタクトの魔力量を感じ、ラーチは流石に一瞬表情を曇らせる。

しかしすぐに冷静さを取り戻す。


(落ち着け、大丈夫だ。俺には最強のスキルがあるのだから……)


自分の持つ最強の固有スキルに自信を取り戻し、ラーチは再び笑う。


「魔力量だけは一丁前みたいだが、それでは俺には……」


「黙れ」


タクトが低い声でそう言うと、ラーチは冷や汗が流れるのを感じた。


(俺が……この俺が恐怖を感じているというのか!?)


「ありえない……ありえないありえないありえない!!俺がこの世界で、最強なんだ!!!」


ラーチはそう言って魔力を爆発させる。

自分の生命力と引き換えに、普段の魔力限界を超える力を一時的に発動させたのだ。


「はっはっは!!これで魔力量も追いついた!貴様に勝ち目はないぞ!」


そんなラーチの魔力を見ても、タクトは怯みもしない。

ただセシリアを無事に助ける。

それだけしか考えていなかった。


「無駄口を叩かずに今すぐセシリアの居場所を言え」


「はっはっはっ!言うはずがない!お前はここで死ぬんだよ!!!」


そう言ってラーチはタクトに襲いかかった。

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