第120話 さらに強くなるってマジですか?

母さんが地図で指示した場所は心当たりがあった。


だからそこで何をすればいいかもおおよそ見当はついていた。

懐かしいその場所に足を踏み入れる。


「おお、変わってないな」


お手製のトレーニング器具。

子供の頃の俺は、強くなるためにここで何年もトレーニングを続けた。


心配させないため、母さんには気づかれない様に特訓していたつもりなんだけどな。

全てお見通しだったようだ。


そう、母さんが指示した場所は、俺がノエルと子供の頃特訓していたお手製の特訓場だった。


分かっている。

身体能力やスキルでは奴に負けていない自信はある。

しかし、問題は鷹の爪で事務員として長く働きすぎた事。

本気の戦闘から離れすぎてしまったのだ。


確かに御前試合ではヒリつくような試合を体験することができた。しかし命のやり取りとは違う。


そんな俺に対し、相手は毎日のように教会からの指令で暗殺や討伐を行うプロ、ラーチだ。

ラーチや教会という巨大な組織を相手にするには、今の俺はいささか不安が残る。


「ここに行かせたって事は、ちょっと鍛え直せって事だよな」


俺はトレーニングを開始しようと準備する。

するとガサリと草むらが揺れる。


「誰だ!?」


俺が音がした方に急いで行くと、そこにはバツが悪そうにしているセシリアがいた。


「セシリア、なんで……」


セシリアはふいと顔を背け、小声で


「母さんのばか。手紙を渡す相手がタクトなんて聞いてないわよっ」


セシリアは俺に顔を見せないまま、

「はい!これ、母さんからの手紙!母さん手がはなせないからって、私に頼んだの!」

とぶっきらぼうに手紙を手渡した。


なるほど。俺への指示を書いた手紙をセシリアに託していたのか。

セシリアの元気な姿を見せようっていう母さんの気遣いだとは思うのだが、最後に会った時にあんな別れ方をしたので、今はちょっと気まずい。

「あ、うん……」


なんてまの抜けた返事をしてしまう。


それだけじゃない。

俺は家族であるセシリアの苦悩に気づくことができなかったという罪悪感を強く感じていた。

いつもはセシリアと一緒にいるとリラックスできるのだが、今日は嫌な感じだ。


俺はそんな空気を押し除けるために、俺は母さんからの手紙を開いて読むことにした。


「タクトへ。

だいぶ身体や勘が鈍ってる様だったね。

アンタが教会の第一戦力を潰せないならセシリアを救う事はできない。

だから一回鍛え直しな!

一人でやらせると、アンタはサボるかもしれないから、セシリアをそっちに送ったよ。

厳しく鍛え直してもらいな!


愛を込めて 母より」


「へっ?」


俺は最後の一文に驚いてしまう。


「せ、セシリアが俺の特訓を監督するのか!?」


俺がそう叫ぶとセシリアは俺以上に大きな声を上げた。


「はっ!?はぁ!?貸して!!」


セシリアは俺から手紙をひったくり、すぐに目を通す。

セシリアの手紙を持つ手はプルプルと小刻みに震えている。


「か、母さん……やってくれたわね……」


どうやらセシリアは何も話を聞かされていなかったらしい。


だが、母さんの書いていた通り、鍛え直しは必要だし、一人よりも間違いなくセシリアがいた方が、トレーニングの効率は何倍もいい。

俺はセシリアに向かって言った。


「セシリア。お前は嫌かもしれないが、俺のトレーニングを手伝ってほしい」


そう言って俺が頭を下げると、セシリアは慌てふためく。


「べ、別に嫌じゃない!いや……じゃ、ないけど……けど……」


また二人の間に沈黙が流れる。

かと思ったが、セシリアが大きな声を上げた。


「ああ!もう!分かったわよ!やるわよやる!でも覚悟しなさい!私は手は抜かないから!死んだ方がマシって思えるようなトレーニングをしてもらうからね」


俺は開き直ったセシリアを見て、一瞬きょとんとしたが、すぐに体の奥底から笑みが溢れ出してくるのを感じた。


「うん。そうでなくちゃ」


セシリアは不満そうに腕を組んでいる。

セシリアの表情は、今日一番の不機嫌なものだったが、それにも関わらず、さっきまで俺が感じていた居心地の悪さは消え去ってしまっていた。

これから待つ強大な相手や苦難の事があるのにも関わらず、体に気力が湧き出してくる。


「そうと決まればすぐにやるわよ!時間がないんだから!!!」


「おう!」


いつものセシリアに戻った姿を見て俺は、思った。

(やっぱり、俺はセシリアと一緒にいるのが好きなんだろうな。だからセシリアが大聖女になった後も大聖堂に通ったし……)

そう思った瞬間、あれ?と違和感を感じた。


俺のセシリアに対する好きって?


……。


いや、まさかな、家族だぞ、俺たちは。


俺は笑ってトレーニングの準備を始めた。


「何笑ってんのよ。はい、こっち来て」


「はいはい。今行きますよ」


俺は数日間、セシリアの厳しい特訓を受ける事になったのだった。

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