第116話 アトム教の崩壊②
教会の崩壊②
アトム教会大聖堂の教会職員の話
最近教会に良くない噂がある。
それはアトム教会にはブレーメンという裏組織が教会にはあるというものだ。
なんでもブレーメンは子供達だけで構成されており、その子供達は教会が拐ってきたり、奴隷を買ったりして集められているという滅茶苦茶なものであった。
当然私はそのような話は信じていないが、街では面白がってそんな話をする者もいるらしい。
噂はこれだけではない。
教会が住民達からの寄付金を不正に着服しているというものだ。
なんでも着服した金は教会の上層部が私的に使っているなんて……いや、大司教様達がそんなことをされるはずがない。
しかし少し引っかかるのは、今の教会は貴族や金持ちの治療しか行っていない。
昔は市民にも等しく救いの手を差し伸べていたのに、今の大司教様になってからは少し変である。
……いや、不敬であった。
こんな事を考えてはならない。
だが噂とは関係なしに、最近の大聖堂は少し変だ。
ここ数日大聖女様の世話係の者を一人も見ない。
それどころか、大聖女様も体調不良という事で公務を数日休んでおられる。
一体どういう事なのだろうか。
私が思案していると、大聖堂の警備係の者がこちらに歩いてきた。
そいつは私を見ると人懐っこい声で話しかけてくる。
「いやー、参ったよ」
そう言って手に持った紙をひらひらさせている。
「なんだい、その紙は」
「読んでみろよ。ここんとこ毎日これが大聖堂に貼られているんだ。警備の厳重な大聖堂で一体誰がこんな事を」
私は警備係から紙を受け取り目を通す。
「大司教はその権力を使い、大聖女と婚約しようとする変態野郎……こ、これは」
「最近は教会の変な噂が出ているってのに、そんでこんなもんまで広がったら、苦情や問い合わせが殺到しちまうよ」
そう言って警備係は疲れた顔を見せる。
その時だった。
ガシャーン
教会の中で大きな音がした。
「なんだなんだ?」
私と警備兵は慌てて音のした方に走った。
するとそこには怒り狂う大司教様と、大勢の職員達がいた。
「どういうことだ!大聖女が見つからないどころか、世話係まで見つからないだと!」
大司教様は顔を真っ赤にして、近くにあった椅子を蹴り付けた。
老人とは思えない程の凄まじい蹴りで、木製の椅子はドゴンと音を立てて粉々になる。
それを見て職員達はひっと怯える。
「世話係が見つからないならその家族を連れてこい!人質だ!」
これは本当に私の知っている、いつも笑顔の大司教様なのだろうか。
こんな恐ろしい事を言うなんて。
「そ、それが……世話係全員の家族も親戚の家も当たったのですが、どれももぬけの殻で……」
「な、なん、だと」
大司教は地団駄を踏んだ。
「こっちのやり方を知っている!くそ!」
大司教はブツブツ言いながら歩き回る。その姿を職員達はオロオロと見つめるばかりだ。
すると突然大司教はぴたりと動きを止め、ニヤリと笑う。
「そうだ!素晴らしい事を思いついた!皆のもの聞け!!」
大司教がそう言うと、私たちは不思議なことに、自然と背筋を正してしまっていた。
「今から言うことを教会からの言葉としてすぐに発信しろ。私は近々大聖女と結婚する予定だったが、その素晴らしい予定が台無しになったのだ。大聖女が拐われた。犯人はジェイド、御前試合の優勝者だ。教会はジェイドに懸賞金をかける!その額は10億だ!生死は問わない!!」
私はその言葉を聞き唖然として口をあんぐり開けてしまった。
「何をのそのそしている!早く仕事に取り掛かれ!!!」
大司教の雷のような怒鳴り声に、皆一斉に走り出す。
私は警備係と一緒に外に向かいかけ出す。
警備係の男は並んで走る私に話しかけてきた。
「今でこの騒ぎなんだ。こんな事公表したら教会はめちゃくちゃになるぞ」
「そうだな……大聖女様がいなくなったなんて」
「大聖女がいなくなった事より、俺はあのロリコンジジイに嫌気がさしたよ。近々警備の仕事はやめる事にする」
こんな普通に会話しているが、大聖堂の警備といえば、かなりの実力者だ。
辞めてしまったら代わりを見つけるのは大変な事だろう。
「そんな……考え直さないか?」
「いや、俺だけじゃなく他の警備も何人かは辞めると思うぜ。というかお前さんはあんな所を見てもまだ信仰が揺るがないのか」
男にそう言われて、私はちょっと口籠った。
「大司教がどんな男であれ、それは私のアトム教会への信仰とは関係がない」
私が絞り出した言葉はそんなものだった。
それを聞いて男は笑って応じる。
「じゃあなおさらここは辞めた方がいい。アトム神様のために働くのに、ここほど劣悪な環境はないよ」
そう言われて一瞬驚いたが、私はすぐに男に返した。
「そうだな……よし、このまま私もここを辞める」
それを聞いて男は大声で笑った。
「今すぐとはな!はは、面白いやつだ!だが無断でやめたら教会に追われるぞ」
「いや。今は私を追う余裕なんてないだろう。独り身でこの街に思い入れもない。私にあるのは信仰だけだ」
男はなおも笑い続ける。
「ははは!気に入った!俺はリックって言うんだお前は?」
「マルコだ」
「そうか、マルコ。俺もお前についていくよ」
「なんだって!?」
「これでもAランク冒険者くらいの実力はある。旅をするなら用心棒は必要だろ」
なるほど。確かにそうかもしれない。
「そうだな。では一緒に行こう」
「ああ、まずはどこに行く?」
「そうだな。北には魔王の領域がある。そこに行けば困っている人もいるだろう。とりあえず北に向かおう」
「よしきた」
そう言って私とリックは大聖堂を出た。
無事に街を抜けられるだろうか。
新しい土地に馴染めるだろうか。
不安はいくつもあるはずなのになぜかワクワクして、いてもたってもいられなくなり、私は笑ってしまった。
そんな気持ちを知ってか知らずか、リックも声を上げて笑った。
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