第115話 大聖女誘拐作戦

セシリア視点


今日も聖女の務めを終えて部屋に戻ってきた。


自然と深いため息がでる。

嫌な噂があるのだ。

大司教が私と結婚しようと考えているという。

あんな奴の妻なんて、想像するだけで虫唾が走る。

もし噂が本当だったらどうしようか?舌を噛んで死んでやろうか?……でも私が死んだら私が生まれた孤児院はどうなるのだろう?


私は自分を捨てた母と父については顔も思い出せないが、孤児院で私を育ててくれたマザーの事は、本当の母親の様に慕っている。


その母さんや今も孤児院で暮らしている子供達の事を考えると、辛くても死ぬわけにはいかないと思わされる。


それともう一つ……駄目だ、どうしてもあいつの顔がチラつく。

もう二度と会わないって決めたのに。


「駄目だ駄目だ。私の幸せなんて……」


私の子供の時からの夢。

貧しい人たちの為の治療院を開く事。

世界は広いし全ての人を救いたいなんて、大それたことは言えない。

でも手の届く範囲の人々くらい、私のスキルで治療してあげられたらと思う。


その治療院にはちょくちょくタクトが来て、「おい、セシリア、お前に治療してもらいたい人がいてさ」なんて無理難題を持ってくる。

私は、「しょうがないわね、また厄介ごとを引き受けたのね」なんて言いながらタクトと一緒にたまに冒険したりして……。


「ふふふ」


考えるだけで幸せな気分になり、思わず笑ってしまった。


しかしこんな夢は叶うはずがない。

私は大聖女で、私が今の職を辞めれば、孤児院は潰されてしまうのだ。

それに私がタクトと会っていたことがバレれば、確実にタクトは殺される。


私自身の幸せなんて、孤児院の皆んなやタクトの命に比べればちっぽけなものだ。

皆んなの為ならいくらだって辛抱できる。


そう、タクトに二度と会えないのくらい……


「あ、あれ?」


すっと涙が溢れた。


「あ、あれ?なんで?止まんない」


こんな事で泣く程、私は弱くないはずだ。

なんで?なんで私泣いてるの?

とめどなく流れる涙を止めようと焦っていると、コツンと窓に小石が当たる音がした。


「た、タクト?」


あんなに言ったのにまた来たの?

もう一度きつく言ってやるしかない。

私は泣いているのがバレないように、顔を伏せながらタクトが入ってくるのを待った。


ガチャリと窓が開く。「よう、セシリア」なんて気の抜けた声がすぐにすると思ったのだが、侵入者の第一声は男の声ではなかった。


昔懐かしい、ずっと聴きたいと思っていたあの声。


「何年も顔を見せないから、こっちから来てやったよ。元気にしてるかい?」


その顔を見たのは孤児院を出て以来だ。


「お、お母さん!?」


それは私やタクトの孤児院の院長であるマザークレハだった。


「おや、大聖女っていうからすごい部屋に住んでるかと思ったけど、案外狭いんだね」


お母さんはSランク冒険者でも不可能と言われている大聖堂への侵入をやってきたにも関わらず、悠々としている。


「どうしてここに、お母さんが?」


そう私が言うと、


「アリサから聞いたんだよ。お前が今大変な目にあってるって。だからすっ飛んできた」


「!!」


私は胸がジンと熱くなるのを感じた。


……でも駄目だ!私に関われば皆んなが危険になる。


「どうやってここまで来たか知らないけど、すぐにここから……」


「はいはい、そう言うのはいいから。早くここから逃げるよ」


「だ、だから本当に危険なんだって!警備が来たら……」


「あー心配いらないよ。可愛い子達をたくさん連れてきたから」


そう言って母さんは窓の外を指差した。

今の今までお母さんが来た驚きで気が付かなかったが、窓の外には浮遊する大きなソリがあった。


ソリの中には10歳にも満たない3人の子供がいて、子供達は私にペコリと頭を下げた。


「ソリの先頭に乗っているのがスティーブ。浮遊魔法でソリを飛ばしてるのはこの子」


「どうも。お会いできて光栄です」


スティーブは礼儀正しくペコリと頭を下げる。


「一人いる女の子はユウナ。大聖堂の結界を突破したのはこの子だよ」


ユウナは照れくさそうに笑う。


「そして一番小さいメガネの子がホランド。警備に気づかれなかったのはこの子のおかげだ。今は侵入したのが賊の仕業に見えるように工作中だね」


こんな小さな子達が!?

私は彼らの才能に驚いてしまう。


「他にも優秀なのを連れてるから心配しなさんな」


私はそう言われてもまだ戸惑っていたが、ホランド少年が、


「ママ、そろそろ行かないと。気づかれたら面倒だよ」


「おお、そうだったね。じゃあ行くよセシリア」


そう言って無理やり私をソリに乗せようとする。


「で、でも。私がここにいないと教会が皆んなを……」


私がそう言うと母さんははぁーっと深いため息をついた。


「相変わらず強情な子だね。もう来ちまったんだから仕方ないだろ。あんたが行かないなら私は一人ここに残って、あんたを泣かせたやつ全員をぶん殴ってやるよ」


母さんなら本当にやりかねない。

私は色々考えを巡らせながらも、渋々ソリに乗り込んだ。


「じゃあ出発します」


スティーブがそういうと、ソリは高く高く浮かび上がり、大聖堂を離れていく。

確かにこの高度まで上がれば見つかりっこないだろう。


ソリの中では私は子供達に興味津々と言った様子で眺められた。


「この人がセシリアお姉ちゃん?大聖女なんでしょ?すっげ」


「綺麗。私もセシリアお姉ちゃんみたいになりたーい」


「いいなぁ。ソリの操作さえなければ、僕もセシリアさんと沢山話したいのに」


子供達にわっと話しかけられ、戸惑いつつも、私は久しぶりに味わう幸福を感じていた。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、母さんが言う。


「ふふふ。心配しなくてもセシリアはしばらく院に泊まるから、いくらでも話せるわ」


「!?」


「「「やったー!!!」」」


「ちょ、ちょっと待って、聞いてない。私実家に泊まるなんて駄目よ!絶対に追ってが来るし、危険過ぎる!」


狼狽える私とは対照的に、母さんはあっけらかんとしてる。


「逆だよ、あそこ程安全なところは無いよ。まさか孤児院で大聖堂に侵入するなんて思わないだろうし、教会も立場上孤児院に手荒な真似はできないだろさ」


そうこう言っている内にソリは地面に降りた。

着いたのは大聖堂の近くの森の中だった。


そこには数人の子供達がまた控えていた。

待ち構えていた子供の一人が言う。


「ここまでの魔力痕跡は消しといたよ」


「そうかい。じゃあここからはソリは使わない方がいいね」


「うん、ソリはこっちで処分しとくよ。僕はこのまま王都に帰るから、母さん達はシオリのウルフに乗って」


シオリと呼ばれた女の子が犬笛を吹くと美しい銀色の毛並みをしたシルバーウルフの群れが突然草むらから姿を現した。


「シルバーウルフ……Bランクの魔物をこんな数手懐けるなんて」


私が驚いている間にも、子供達はシルバーウルフの背に乗っていく。

一人遅れている私をお母さんが急かす。


「さぁ早く乗った乗った。これで院まで駆け抜けるよ」


「で、でもやっぱり私が行ったら……」


「だからこそだよ。まさかあんたが孤児院にいるとは思わないだろうさ。それに孤児院の子供や婆さんが大聖堂に忍び込めるなんて思ってもみない。それに賊の仕業に見えるようにしといたからね」


私は覚悟を決めた。

もし教会の奴らに見つかったなら、なんとしてでも子供達や母さんを守ろう。

私はシルバーウルフに跨った。


私がいなくなってからの孤児院の話を聞いた。

院の経営状況の話になったところで、私からの仕送りは足りているか聞いたところ、仕送りのお金は一度も届いてないと言う事だった。


「大聖女が孤児院の出身なんてことがバレたら都合が悪いんだろうね。でもだったらあんたが稼いだ金は誰の懐に入ってるのかね」


そう言う母さんの横顔は、本気で怒っている時の顔だ。

本気で怒った時の母さんは、毎回とんでもない事をやらかす。

でも母さんが本気で怒るのは決まって私たちに関する事なのだ。

私たちが理不尽な目に遭った時、母さんはいつも私たちの尊厳を守ってくれた。


「アトム教……まぁ相手が相手だ。タクトも呼ばないと、さすがに無理だね」


まさか、アトム教を相手にするの!?流石に私はギョッとした。


「え!?母さん、一体何をする気?」


驚いて聞き返す私に、母さんはニッと笑ってみせる。


「決まってんだろ。大事な娘を助けるために、神様と戦争すんだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る