第114話 アトム教の崩壊①
大司教視点
ラーチが帰ってきた。
つまり良い知らせだ。
この世界にラーチよりも強く、賢い者はそういない。
つまりジェイドの居場所を突き止めたか、もしかするとすでにジェイドを殺してきたかもしれない。
俺は笑顔でラーチの待っている応接間に入った。
そんな俺をみてラーチはあっけらかんと言う。
「おお、ジョゴス。どうした、そんな嬉しそうな顔して」
「……その名で呼ぶなと言ったはずだ。大司教と呼べ、大司教と」
私は捨てたはずの名前を呼ばれて、明らかに気分を害した。
「ははは、そう怒るなよ」
ラーチは優秀ではあるが、私に生意気な態度をとりところがある。
私は賢いのでそれも許している。
うまくこいつを利用するためだ。
腹を立てずにすぐに話を変えてやる。
「それよりも報告があるのだろ」
「ああ、そうそう。ジェイドの正体が分かったよ。近々殺しに行ってくる」
やっぱりな!さすがラーチだ!
「そ、そうか!良くやった」
「悪い話もある。ヒルを失った」
は?ヒル?ブレーメンの最強戦力ヒルが?一瞬何を言われたのか分からなかった。
「ヒルが?まさか、死んだのか?」
「いや、裏切った」
裏切り!?こいつ冗談も言うようになったのか?
「冗談言うな。あれだけの洗脳と呪縛を解けるやつがどこにいるんだ」
私がそう言っても、ラーチは真面目な顔で続けた。
「おそらくジェイドの仲間で呪いや洗脳を解ける奴がいる。ついさっきジェイドとやり合ったが、ちょっと不利な状況でね。とりあえず逃げてきた。ジェイドは相当強いよ。そしてあいつの仲間もかなりの手練れだ」
そう言ってラーチは嬉しそうに笑う。
気持ち悪いやつだ。
「まさか、お前手を抜いたんじゃないだろうな!アトム教を裏切る気か?」
私がそう言うと、ラーチは鼻で笑う。
「は?馬鹿言わないでくれ。俺はオシメの頃からアトム教に世話になってるんだ。この隷属の腕輪だって自分でつけたんだ」
そう言ってラーチは隷属の腕輪を見せつける。
「……そうだったな」
「話はそれだけだ。ジェイドを殺したらまたくる」
そう言ってラーチは部屋を出て行った。
ラーチがああ言うのなら、ジェイドの首がここに届くのも時間の問題だ。
ヒルの事は惜しいが仕方がない。
ヒルの始末もきっとラーチがしてくれる。
今回もきっとうまくいく、うまくいくはずなのだ!
だがなぜだ?この違和感は?
「おい!ブレーメンを呼べ!ブレーメンに話がある!」
先手を打っておこうと、ラーチとは別にブレーメンを動かすことにした。
そう部下に言いつけると、部下は困った顔をしている。
「も、申し訳ありません……ヨルとサヨなんですが、調査に出たきり、戻ってきていないのです……」
調査に出たのはだいぶ前だ。
ちょっと遅いな。
「ではアサを呼べ。どうせ寝ているのだろ」
そう言うと部下はもっと顔を曇らせる。
「じ、実はですね。アサの仮眠小屋がもぬけの殻でして。この紙が……」
部下から渡された紙を読む。
「奴隷を買取り、子供に醜悪な仕事を請け負わせるアトム教に天罰を……黒バラのアリス……」
怒りのあまり私は紙をぐしゃぐしゃに丸めて捨てた。
「ラーチを呼べ!ジェイドより先にアリスを殺させろ!」
「し、しかしもうラーチ様は出発しておりますし……」
「魔法でもなんでも使って伝えろ!アリスはアトム教の秘密を知っている!ジェイドよりも先に口を封じろ!」
「は、はい!!」
部下は慌てて駆け出していった。
忌々しい。
どうしてくれよう……すでに悪い噂を立てられているかもしれない……。
そうだ!いい案があった!
結婚だ!
私とセシリアの結婚の話を今日してしまえばいい!
そうすれば変な噂は掻き消えるであろう。
それどころか、アリスの流した話は、私達の結婚を妬んだ邪教との嘘と判断されるに違いない。
私はセシリアのいる部屋に急いだ。
私一人で結婚を告知してもいいが、二人揃って笑顔で結婚の発表をした方がいいに決まっている。
セシリアは俺には逆らえない。
間も無くセシリアの部屋というところで、慌ただしく駆け回るセシリアの世話係達を見つけた。
「なんだ、お前達。騒々しいぞ」
「だ、大司教様、こ、これは……」
そう口ごもるので何かトラブルだろう。
さっきから悪い話ばかり聞かされているので、そうそうの事態では動じない。
それに私は今日あのセシリアと結婚するのだ。
結婚前だが、今日セシリアを抱いてしまうのもいいかもしれない。
あの美しい女をついに抱ける!
そう考えると、自然と優しい気持ちが溢れてくる。
「何を狼狽えているのか知らないが、私は決してあなた達を咎めたりしない。話してみなさい」
そう言うと、世話係はオドオドしながらも話だした。
「じ、実はですね……大聖女様がいなくなりました……」
「うん、そうかそうか、セシリアが……ファッ!?」
「は、はい。先ほど部屋をノックしても返事がなかったので、部屋に入ってみたところ、部屋の窓が破られておりまして、部屋はもぬけの殻で……」
「なんだと!」
頭に血が昇っていくのがはっきりと分かった。
きっと私は顔を真っ赤にしているのだろう。
私は世話係の首をギリギリと締め上げ、ぐっと持ち上げた。
「だ、大司教……様……」
世話係は苦しそうに悶えている。
残念だ。
私は大司教としてこいつに罰を与えなくてはならない。
「大聖女を逃すとは、アトム教の名の下にお前を殺すしかない……」
俺が世話係を殺そうとすると、他の世話係が地面に這いつくばり懇願する。
「み、見つけます!すぐに見つけます!大聖女様はすぐに我々が見つけ出しますので、どうかご勘弁を!」
私は首を絞める手をぱっと緩めた。
「ゴホッ!ゴホッ!ゴホッ!」
「二日やる。二日で見つけろ。さもないと殺す。もし逃げたらお前らの家族も殺す」
「「「は、はい!か、必ず!!!!」」」
世話係達は慌てて駆け出して行った。
一人になり俺は
「くそぉぉぉぉぉぉ!!!」
と叫び声を上げた。
許さない。
ジェイド、アリス、そして私の花嫁を攫った賊!
アトム教の名の下に、お前らを絶対に殺してやる!
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