第111話 我慢の限界ってマジですか?

アサはいつも寝ていて口数が少ないせいで、皆んなからはマイペースな変わり者だと思われていたが、実際は違う。


爆裂魔法を使用すると眠くなるので人よりも睡眠時間が長いのは本当だ。

でもマイペースというのは全然違っている。


実際はとんでもなくプライドの高い負けず嫌いな天才というのが、本当の彼女の姿なのだ。


だからアサは今回のジェイド暗殺の失敗についても物凄く苛立っていた。

むしゃくしゃして、ブレーメンの仲間に、「眠い」と一言だけ言って別れてきてしまった。


ブレーメンの中には厳しい決まりがあって、それを守らなくてはならない。

任務後は必ず報告に行かなければならないし、眠る場所だってちゃんと決められているのだが、アサだけは特別だった。


アサは教会から特別に『休息のための小屋』を貰っていた。


とある誰も近づかないような荒地にポツンとある小屋の周囲に、アサは結界と爆裂魔法の罠を張り巡らしている。

もちろん小屋の内装にも気を遣って、誰にも見つかることのない秘密の寝室をアサはこしらえていた。


寝込みを襲われる心配もない最高の寝室。


アサは機嫌が悪い時は、ここでたっぷりと睡眠をとるのだ。


小屋に入るなり、アサは大声を上げた。


「ああぁぁ!!もう!なんで?なんでよ!?あの爆裂魔法は完璧だったのに!」


こんな情けない姿は仲間にも見せられないと思いつつも、アサは怒りを抑えられずに地団駄を踏んだ。


「私は天才なのに!私は絶対悪くない!!ヒルとヨルとサヨのサポートが悪いのよ!ムカつく!!」


そう言い捨てベッドにドサリと寝転がる。

いわばふて寝だった。


布団はいい。寝転がると嫌な事全てを忘れさせてくれる。


アサはしばらくすると、そのままスースーと静かな寝息をたて、ぐっすりと眠ってしまった。


どのくらいの時間が経っただろう。


ドゴーーーン


という爆裂魔法の作動で目が覚めた。


「うるさい……嫌な寝起き……」


誰かが罠にかかって死んだなとアサは思った。

これはとても珍しい事だ。

そもそも結界を破って来なければ小屋に近づく事すらできない。


結界を破るだけでもかなりの高レベル。

結界を破り更に近づこうとする者に、爆裂魔法の罠が発動する仕掛けなのだ。


アサを狙う高レベルの刺客でも来ない限り、爆裂魔法が作動することは無いはずだ。


「……私を狙おうとするからだ。バカなやつ」


不可抗力とはいえ、寝起き早々黒焦げ死体を作ってしまった嫌な気持ちを誤魔化すように、アサはそう呟いた。


寝起きで見るものではないが、どんな奴が自分を狙ってきたのか、黒焦げの死体を確認しなきゃいけないと思ったその時だった。


「それ以上動かなくていいわ。口も動かさないで」


突然背後からそう言って声をかけられ、首元にナイフを突きつけられる。

ナイフを突きつけているのは、タクト暗殺未遂の犯人であるアサの事を調べあげ、捕まえようと来ていたアリスであった。


「な、なんで?私のトラップ!」


「口も動かさなくていいって言ったわよね?お行儀の悪い子ね。ウフ♪まぁ子供のした事ですから許してあげますわ。だってあんなおもちゃを仕掛けてるんですもの」


「私の爆裂魔法が……おもちゃ?」


アサは悔しさで歯をギリギリと鳴らした。


「あら、結界も魔法も幼稚過ぎてあくびが出るくらいでしたもの。所詮は子供のすることね」


そう言ってアリスはアサを舐め切って、ナイフもワザとスッと下げ拘束を解いた。


アサはプライドを傷つけられ、カンカンに怒っている。


飛び退き距離を取り詠唱を始める。

しかしアリスに一瞬で距離を詰められあっけなく拘束された。


「大丈夫よ、別に殺す気はない。でも逃がしてあげるつもりもないから」


アサは一瞬にしてロープで全身を縛り上げられる。

口にも猿轡をされる。


「(くそー!呪文さえ唱えられればこんな奴!)」


怒りは収まらないどころか、どんどん膨れ上がっていたが、さすがにこの状況から逃げるのは無理だとアサは悟った。


だが諦めたわけではない。

殺さずに捕まえていくんだから私に何か用事があるはず。

ロープを解かれた時どうやって逃げるか今のうちに考えておくんだ。

そして絶対にこの女に一泡ふかせてやると考えを巡らすアサであった。


アサはズルズルとそのまま引きづられていった。


いつもであれば子供相手にここまで煽ったりするアリスではないのだが、アサがタクトの命を狙ったという事もあって、ほんの少しだけ痛い目を見せてやろうと思っていたのだった。



長い。長すぎる。


ロープでぐるぐる巻きにされているので地面に直接触れていないため、そこまで痛いという訳ではないのだが、道のりがあまりにも長すぎる。


アサは内腿をキュッとしめて、顔を紅潮させプルプルと小刻みに震えた。


一体どこまで行くんだとアサが思っていた所で、アリスはピタリと足を止める。


「……遠い……けどタクト様が手練れと戦闘している……」


そう言ったかと思うと、アリスは傘を変形させてとんでもない武器を作り出す。


ここまで大人しくしてきたアサだったが、このタイミングで、ついにアレの我慢の限界がきてしまった。


「うー、うー、うー(トイレ!トイレに行かせて!トイレ!!)」


ジタバタと身体を揺すりながら必死にアリスにアピールする。


「あら、急に騒ぎ出したわね?今まで大人しかったのに」


そう一目見ただけで、あとは知らんぷりで狙撃に入るアリス。


ズキューン


という物凄い狙撃音と振動。

それがアサの膀胱にダイレクトに響く。


「賢者の石を使った新型月季(ゲッキ)……新しい変形、波動狙撃モード。微調整が必要ね、狙いがまだ少しズレるみたい」


「ウーウー!!ウー!ウー!ウー!ウーーー!!(トイレに行かせろ!私はブレーメンでも一番の天才魔導士なのよ!こんな仕打ち!!」


アサはすでに涙目になっている。


「(14才でお漏らしなんて惨めすぎる!何より私は天才魔導士なんだ!こんな事許されるはずがない!絶対に!絶対に私は漏らしたりしない!)」


アサはお腹に目一杯力を込めながら、猿轡をアリスに外して貰えるように、ウーウーとひたすら叫び続けた。


「少し静かにしてくださらない?今タクト様の援護で私は忙しいの」


自分を本当にちっぽけな存在のように扱うアリスを見て、悔しくて悔しくて、アサは泣いたら駄目だと分かっていたが、目に涙がいっぱいに溜まり溢れ出した。


「ウー!!!!」


アサは最後の断末魔の様に唸り声を上げると、もう何も言わなくなった。


「あらあら。赤ちゃんみたいね」


そうアサを見下ろしながら呟くアリス。


アサはそれを見てグッと決意を固めた。


「(コイツだけは、絶対殺す……)」

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