第72話 決勝②

魔眼で強化された俺のスピードは想像以上の物だった。


「えっ!?」


観客や実況は突然の事態に驚きの声を上げる。


観客から見たら俺の姿が消え、腐食騎士の体が突然宙に浮かんだ様に見えたのではないだろうか。


実際は俺が触手も追いつかない程の超スピードで腐食騎士を蹴り上げ、宙に浮かせたのだ。


「で、電電さん!?何が起きてるんですか!?突然腐食騎士が!え!?触手が発動していますね!と言うことは腐食騎士は今攻撃されている!?そして!鎧が少しずつ剥がされているように見えますよ!」


「あんまり話しかけないでもらえます!今集中してジェイド様のかっこいいお姿を見てるとこなので」


「いや電電さん!実況して下さい!」


「わ、分かりましたよ!ジェイド様はどうやったのかは分かりませんが莫大な魔力を使って身体強化やブーストをかけて超高速で移動し、腐食騎士を攻撃しています」


「電電さんにはその様子が見えているんですね?」


「Aランクでも私、目は良い方なんです。その私が集中して見て、たまにお姿が分かるくらいなので、物凄いスピードですね!」


「なるほど!と言うことは観客の大半には何が起こっているか分からない……と?」


「そうなりますね」


腐食騎士は上空に蹴り上げられたせいで殆ど身動きが取れないでいる。

俺はその隙に触手の動きに気を配りつつ、鎧にダメージを与えていく。


「や、止めろ!鎧を!鎧を剥ぐなぁぁぁぁぁ!!!!」


腐食騎士は俺に向かい叫ぶが、鎧は既にヒビだらけである。

あと一撃。


俺は腐食騎士の腹に渾身のパンチを打ち込む。

その一撃で、鎧は完全に破壊され、腐食騎士は闘技場に叩きつけられた。


「よ、鎧が!腐食騎士の鎧がついに壊れました!皆さん!腐食騎士の正体がついに明らかになります!こ、これは!」


「……な、なんて事でしょう!」


腐食騎士の姿を見て、観客も実況の驚きを隠せない。俺も正直驚いている。


鎧の中から出てきたのは、想像していた厳つい男ではなく大柄な女性だったのだ。


その体は全身腐食の核が蠢いて(ウゴメイテ)おり、顔などは表情すら判別できない程腐食している。

しかし、腐食騎士の固有スキルなのだろう。腐食した肌が一瞬白く美しく戻るのだが、またすぐに核に腐らされていく。


「なんと!腐食騎士の正体は!女性!?」


だが会場は腐食騎士の性別よりもそのショッキングな容姿の方に驚いていたようだ。


「なんだあれ!」


「ひっ!」


「化け物だ!」


「き、気持ち悪い……」


腐食騎士は俺を睨みつけ言う。


「やってくれたな。もう取り返しがつかない」


「仕方ないだろ。鎧を破壊しなきゃお前は倒せない」


「あの鎧はこの触手を封じ込めていたんだ。今は抑えているが、お前は触手に攻撃され、骨も残らなくなる」


腐食騎士がそう言うと、早速1本触手が俺に飛びついてくる。

確かに、さっきとは比べ物にならないスピードだ。


俺はヒョイっと触手を回避し、ついに針と糸を取り出す。


「おっと!ジェイド選手!ここで武器を取り出した!あれは?」


「針と糸ですね」


「は、針と糸?えっと、電電さん、針と糸って冒険者の間では実はメジャーな武器だったりするんですか?」


「メジャーかどうかは分かりませんが、冒険者で針と糸を持っている人は意外と多いと思いますよ。私も持ってます」


「なんと!皆さん!針と糸は冒険者の慣れ親しんだ武器だったようです!さぁどんな攻撃をするんだジェイド選手!」


「いえ、違いますよ。冒険者って激しい動きをするんで、すぐに服がほつれたりボタンが取れたりするんです。自分で直すのに針と糸を持ってるんですよ。武器で使う人はいません」


「ええ!じゃあジェイド選手は何故針と糸を?」


「……さぁ、分かりません」


実況がふざけている間も、腐食騎士からの激しい触手攻撃は続いていた。

しかし特訓の成果のおかげか、俺は針を操りながら完璧にそれを避けている。


でもこれじゃ埒が開かないんで、ちょっと隙を作りますかね。


俺は無詠唱で岩石魔法を使って岩を生成し、腐食騎士に向けて飛ばす。


「!?」


詠唱なしに岩が突然飛んで来たことに驚いたのだろう。

腐食騎士が触手の数本を使ってそれをガードする。


おかげで俺への攻撃の手が緩んだ!

今ならいける!!


「いけぇぇぇぇーーー!!!!!!!」


俺は48本の針を核目掛けて放った。

狙いはバッチリだ。

集中していたせいか魔眼のおかげか、練習の時以上の制度で俺は針を飛ばすことができた。


思わず勝利を確信した、その時だった。


触手の一つ予想外の動きをした。

触手は突然二股に別れ、グンと伸び、針を繋いでいる糸の1本を無理やり切断した。

まずい!!


腐食騎士はふっと笑う。


「お前の動きは凄まじい。1本切るので精一杯だったよ。だが針は核と同じ48本。きっと1本でも切られたらまずいのだろ?」


腐食騎士の言うとおりだった。

1個でも核が残ってしまえばすぐに再生されてしまう。


俺の頭に、セシリアと特訓していた時の1場面が、まるで走馬灯の様によぎった。


「あんたは別に能力は低くないんだけど、どっか抜けてるのよね」


「えっ?そうかな?」


「そうよ、私が言うんだから間違いない!あんたは昔から最後の最後でどうしようもないミスするタイプよ!」


「めっちゃ悪口じゃんか……」


ああ……


セシリアの言うとおりだった……


俺は思わずニヤリと笑う。


「どうせあんたは最後の最後で腐食騎士に糸1本切られたりするのよ!だから、ほら!」


そう言ってセシリアは俺に1本余計に針を渡してくる。


「49本めの針?」


「そう、口に隠して含み針にしときなさい!」


「いや、外さないからいらないと思うけどな……」


「いいから口出しなさい!」


「痛い痛い!口に刺さってる刺さってる!」


ありがとな……セシリア。


俺は口に含んでいた針を高速で飛ばす。


「何!?含み針だと?」


油断していた腐食騎士に避ける術はない。

作戦通り、48本の針が核に同時に命中する。


針が刺さった瞬間、聖なる光が弾け飛び、会場全体が眩い(マバユイ)光に包まれた。

俺を襲っていた触手も全て一瞬で消え去る。


触手は消えた!腐食騎士の体は!?無事か?


「私が作った針よ!大丈夫決まってるでしょ!」

幻聴かな?そんなセシリアの声が聞こえた気がした。


腐食騎士を見ると、悍ましい(オゾマシイ)腐食の核は既に跡形もなくなっていた。


核が無くなり、全裸になってしまった腐食騎士の体は、まるで生まれたばかりの赤子の様に白く美しかった。

しかしやはり体に負担はあった様で、既に意識を失っている。


俺は駆け寄り、ふらりと倒れる腐食騎士を支え自分のマントをかけてやる。

紳士たるもの、女子の肌を大衆に晒す様なことはしないのさ。


「うん、脈も正常だな」


会場は目の前で起こった出来事に頭の整理がつかないでいるようだ。


ざわ…


ざわざわ…


「えっ?」


「う、嘘だろ?」


「腐食騎士の呪いを解いた?試合中に?」


「あの綺麗な女性が腐食騎士?」


「ジェイド!マントかけるの早すぎだよ!」


「勝ったんだ!ジェイドが勝った!」


「スゲェーぞ!ジェイド!」


「素敵!ジェイド様!」


「ジェイド!ジェイド!ジェイド!ジェイド!」


「ジェイド様ー!抱いてー!!!!」


壊れんばかりの歓声がわく会場に、レフェリーが慌てて駆け込んでくる。


「ふ、腐食騎士戦闘不能!勝者、『混沌を主る漆黒の翼†ジェイド』!」


勝利の掛け声に、完成はさらにヒートアップした。

鳴り止まない拍手と声援に、俺は手を振って応える。応えるのだが……。

でももう限界……。

俺もう4日寝てないんだ……よ……


そこでまた、俺の意識は途絶えてしまった。




おまけ


「タンカ、タンカ!ジェイドが倒れた、運べ!」


「医務室でいいのか?」


「いや、ジェイドも腐食騎士も、大聖堂に運べって」


「大聖堂?なんで?」


「なんか大聖女様が直々に言ったらしいよ。御前試合の決勝の選手の怪我は自分が治すって」



セシリア視点


「腐食騎士の体調に異常は無し。核も綺麗に破壊されてるから再生の心配も無し。ただの魔力切れと疲労ね、ベッドに休ませて、元気になったら帰しなさい」


「は、分かりました大聖女様」


「あと腐食騎士が起きたら、大聖女が核の再生の心配はしなくていいって言ってたって絶対に言いなさい!この娘絶対そこ気になってるから!忘れないでよ!」


「承知しました。では、ジェイドの治療の方は……」


「ああ、あの人はちょっと魔力切れもヤバいレベルで、今にも死にそう。治療に時間がかかりそうだから。集中力使う」


「ということは、私たちは席を外した方がよろしいですね」


「そうね、いつもの重傷の人の時みたく私と患者だけにして」


「分かりました」


こうして、私はタクトと部屋に2人きりになった。


「……嘘だよ。タクト、お前はただの寝不足だ」


何をしても起きないくらい深く眠っているタクトにそう話しかける。

もちろん返事はない。


「よいしょ」


ベッドに寝ているタクトの頭を持ち上げ自分の膝に置く。膝枕完成♪


私の膝枕で気持ちよさそうに寝ているタクトを見ると、昔のことを思い出して幸福な気持ちになる。


「……」


おもむろにタクトの頭をよしよしと撫でてみる。


「よく頑張りました。……今言ったからな、起きてからはもう言ってやんないぞ」


私は何をするでもなく、この幸福なひと時をしばし楽しむ。

……初めて聖女の権力ってやつを私的に使ってしまったな。


「私も今回は頑張ったし。これくらいのわがまま、許されるよね」



第三章「完」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る