第73話 一難去ってまた一難ってマジですか?
夢の中の俺はまた泣いていた。
泣きながらお手製の訓練所の藁人形相手に無我夢中で剣を振っている俺は、この前の夢の時よりさらに成長しているようだ。
たぶん12か13歳くらいの時じゃないだろうか。
「何泣いてるんだ、情けない」
美しい青い髪の俺の友達が突然現れる。『 』だ。
中性的な顔をしているが『女の子』らしい。
「別に泣いてないんかいない」
俺は『 』が来たので慌てて涙を拭う。
「ふーん。まあいいや。それにしても珍しいね。基礎トレーニングの前に打ち込みなんて」
「べ、別にいいだろ、たまには」
「はいはい、いいから何があったのか言ってみなよ」
『 』には隠し事はできそうにない。
俺は観念して今日あったことを話した。
「……セシリアが大聖堂に連れて行かれた」
「ふーん、それって悪い事なの?」
「セシリアは聖女の力を認められたんだ。数年後には大聖女になる。それはすげぇ事だ!でも、あいつは望んで行ったわけじゃない!あの大人達、セシリアを連れていく代わりにお金を置いていったんだ!セシリアは俺達の孤児院に金が無いのを知って、それで……」
「それがどうしたの?」
『 』は本当に分からないと言った風にキョトンとしている。
「どうしたって……セシリアは家族だったんだ!でも大聖堂に入ればもう戻ってこれない。セシリアとはもう二度と会えない!なのにあいつ、さよならも言わずに……」
俺がそういうと『 』は呆れた顔をする。
「はぁ。それで泣いてたわけ、ピーピーと」
「うるさい!お前に俺の気持ちなんて!」
「ああ、分かんないね。金が無いならその辺で魔物でも狩ってくればいい。女を行かせたくないなら力づくで止めれば良かった。お前らみたいな弱い奴らの考え、僕は一ミリも理解できないね」
俺はそう言われて頭をガンと殴られた思いがした。
「……『 』の言う通りだ。でも俺には力も金も無い。だからせめて、さよならくらいちゃんと言いたかった……」
俺がまた瞳に涙を溜めていると、『 』は木刀を手に取り俺に言う。
「それならまだ間に合う。大聖堂に行けばいい」
簡単に言ってくれる。
「無理だよ!大聖堂には一般人は絶対に立ち入りできない。警備だって厳重で……」
「だったら……強くなればいい」
「えっ?」
「警備が10人いても20人いても倒せるくらい強くなればいい。あとはスキルを覚える。忍び込むなら暗殺系スキル。それも鍛えなきゃね」
そう言って『 』はニコリと笑った。
「そんなメチャクチャな事……」
「僕をお嫁さんにしてハーレムを作るんだろ?だったら大聖堂に毎日でも忍び込めるくらいになってもらわないと」
口は悪いが『 』なりに俺を励まそうとしてくれているのが分かる。
俺はグッと唇を噛み木刀を握りしめた。
「分かったよ。世界で最強の男になってやる!そんで『 』を嫁にしてハーレムだ!」
「世界最強ね、まあ僕の旦那様ならそれくらいなってもらわないと困るよね。じゃ、タクトを最強にするための特訓……行こうか!」
『 』の目が怪しく光り力が集まっていく。
あれってもしかして魔眼?そうか、あの子って……ノエ……
パッと目が覚めた。
よく思い出せないが何か夢をみていた気がする。
懐かしい夢を。
夢の余韻に浸る暇もなく、
「タクトさん!目が覚めた!」
といきなり誰かが抱きついてきた。
大きな胸がわざとらしいほどに押し当てられる。
「ゆ、ユキちゃん!?」
俺の胸に顔を埋めるユキちゃんを、アリサが無理やり引き剥がそうとする。
「いきなりはしたないですよ。ユキさん。お兄ちゃんに嫌われますよ」
「いいんです!もう私はこのくらいしないと勝てないんですから!」
なんの事か分からないがユキちゃんとアリサは言い合いをしている。
戦いを制したのはアリサの方だ、ユキちゃんはとうとう俺から引き剥がされた。
「お兄ちゃん優勝おめでとう!セシリアお姉ちゃんの治療は1時間くらいで終わったの。体はもう大丈夫だって。そのあと寝台付きの馬車でここまで運ばれて来たから、みんなでお兄ちゃんが目を覚ますの待ってたの」
アリサのいう通り、ウランちゃんもいる。
「流石でした。タクトさん。勝つだけではなく敵の呪いを解いてしまうとは」
リナもいる。
「たくと、つよいなー。リナはあんなこまかいのむりだから、ぜんぶふきとばしてたかなー」
ローラさんもいる。
「タクトさんの好きなもの、なんでも作りますからね!」
俺のベッドの周りには大勢の人が集まっていた。
みんな俺と話がしたいようで、吾先にと話しかけてくるのだが、
「あー、お取り込み中のところ悪いんだが……」
そうゴチンコのおっさんが申し訳なさそうに声をかけてくる。
「おお、ギルド長。勝ちましたよ俺!」
きっと一番喜んでいるのがおっさんじゃないかな?ところが意外にもおっさんのテンションは低い。
「えっと、それは本当におめでとう。今すぐにでもお前を抱きしめて、キスしてやりたい気分なんだが……」
「それは遠慮しときます。あれ、なんか素直に喜んでいない感じですね?どうしたんですか?」
「いや、めちゃくちゃ喜んでるんだ!喜んで……た!ほんの数分前までは……」
奥の歯に何か挟まった様な物言いのゴチンコのおっさんを、俺は怪訝な顔で見つめる。
「ど、どういう事ですか?」
「えー、実は今、王宮から風の精霊の伝令が来てな、そのー……」
風の精霊を使うって事は急な用事?御前試合は王様も見てた訳だから試合の事?
いや、でも試合中俺は不敬な事は何もしてないぞ?
ああ、そうか!あのことか。
「ああ、王宮での謁見の詳細ですよね。確か1週間後の」
「そ、そう!その、謁見の件なんだが……実はちょーっとだけ期日が早まってな」
なるほど、期日変更の連絡か。それは確かに急ぎの話だ。
「そうなんですか?それはまずいですね。服やら作法やら色々準備しなきゃいけないのに。ジェイドファンクラブの祝賀会は王宮への謁見の後ですね。で、謁見はいつなんですか?」
「…………明日だ……」
「えっ?すいません、ちょっと良く聞き取れませんでした」
ゴチンコのおっさんはやけっぱちになって叫んだ。
「王宮の都合という事で、謁見は明日の午後1時からになったんだ!皆んな、悪いが今から残業してくれ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます