第64話 大聖女の苦難
セシリア視点
「素晴らしい!なんという才能!貴方様は歴代の大聖女の中でも一番の天才だ!」
そう言って今足の傷を治した貴族の男(名前なんだったっけ?)が大袈裟に叫んでいる。
たかが足の粉砕骨折程度を治しただけで天才だなんて。
もうどうでもいいから早く帰ってほしい。
「いえ、私など聖女になって日の浅い未熟者ですから」
「なんと言う謙虚な聖女様だ!しかもお顔の半分をお隠しになられているのに、それでも感じられる気品と美しさ!ぜひ!ぜひ貴方様のお名前を!」
「申し訳ありませんが聖女の名は部外秘(ブガイヒ)となっておりまして、お伝えできないのです」
いや、もう夜の10時過ぎだぞ!いい加減部屋に帰してくれよ!明日も朝から聖女の仕事あるんだよ!
朝5時起きだぞ!5時に起きて何故か冷たい聖水で体を清めなきゃならんのだぞ!朝食はパンと野菜だけだ!昼も夜も肉は無し!力はいんねぇよ!せめて睡眠だけでも十分とらせてくれよ!
「残念です……では今度私の家で食事でも……」
その言葉に思わずため息が出そうになったところで、やっと私の付き人が助け舟を出した。
「申し訳ありませんが時間ですので退出願います」
「で、ですが……」
「申し訳ありません」
男は付き人達に連れられ渋々部屋から出ていった。
バタンと部屋が閉まると、私は露骨にうんざりとしたという風なため息をついた。
「大聖女様。あれはこの国の大臣の息子ですよ。もう少し愛想よく振る舞ってはいかがですか?」
「そうだったの?でも別に関係ないでしょ、私は外に出られないし、もう二度と会うこともないだろうし」
「あの男がまた怪我をされるかもしれませんよ」
「まぁ狩の途中、下級の魔物にやられるような実力じゃまたやられるかもね。でもあんなの医者に見せておけばいいでしょ。それよりもっと私が治さなきゃいけない呪われた人や病人怪我人がいると思うんだけど」
「大聖女様。命の価値というのは平等ではないのです。大聖女が治療するのは貴族王族、S級以上の冒険者だけで十分なのです」
その言葉に私はハラワタが煮え繰り返りそうになる。
“だったら私の家の皆んなの命には価値が無いって事?”
ブチギレそうになるのをグッと踏みとどまる。
私がここでキレてしまえば私の家、みんなが住む孤児院や母さんはどうなる?
私が大聖女として大金を稼いで匿名で寄付金を送っているからなんとかなっている。
タクトの馬鹿もお金を送っているとは思うが私には到底及ばないだろう。
アリサがもう少しで学校を卒業する。アリサは働いたら仕送りすると言っていた。
アリサは絶対に良いところに就職できる。
そうすれば私ももしかしたら大聖女なんてつまらない仕事辞められるかもしれない。
私は医者になりたい。
解呪も回復魔法も医療もできる医者。
そしてお金がない人の怪我も治してあげられる医者に。
勉強だってしている。
その夢の事を思えばどんな苦難だって耐えられる。
私は深呼吸して気持ちを整える。
「明日も早いしお風呂に入って寝るから」
「では侍女を風呂に行かせますので」
「今日は1人で入りたいの。侍女は全員帰らせて、部屋にも来ないで」
「分かりました」
大嫌いな大聖堂。私を閉じ込める巨大な檻。
でもこのお風呂だけは広くて気持ちがいい。
ゆっくり疲れを癒し、部屋に帰る。
もう11時50分。
タクトがここに来るのはいつも決まって12時……。
最近来てないな……タクト……。
鷹の爪が激務って言ってたけど、また忙しいのかな……。
ああもう!なんで私はタクトの事なんか!あんなやつ知らん!
姉さんの私には少なくとも週一で会いに来て甘い物を貢ぐとかするべきでしょ!
あんな姉不幸な弟知らんわ!
11時55分。
「……。別にあいつを待つわけじゃないけど、もう少しだけ、起きてようかな……」
私はベッドに座ってじっと時計を見つめた。
無情にも何事もなく12の数字に針が重なる。
「ふぅー」
やっぱり今日も来ない。
無駄な時間だったな。
灯を消してベッドに潜る。
何故だろう。別に特段辛い事があった訳でも無いのに、ふっと気を緩めると涙がこぼれそうになる。
ギュっと目を瞑り早く眠りにつけと念じたその時だった。
窓にコツコツと小石が当たる音がした。
私はガバッと起き上がる。
「タクト!」
世界広しと言えど、何重にも結界が張られたこの大聖堂に容易く侵入し、私のいる一番高い塔の窓に軽々小石をぶつけられる奴なんてあいつしかいない。
私は顔がニヤけるのをグッと堪え、心底不機嫌そうに窓を開けた。
「よ!久しぶり」
その声、その顔、反則だ。
なんでこんなにも胸が暖かくなるのか。
でも……
「人の迷惑も考えずにあんたは毎度毎度。今から寝るとこだっつうの」
『来てくれてありがとう』なんて死んでも言ってやらないから!
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