第40話 今夜は月の無い夜ってマジですか?

アリス視点


「ひょっひょっひょっ」


最悪な目覚め。


不快な笑い声で私は目を覚ます。


「ひょっひょっひょっ。一応様子を見に来てみれば、大変なことになっていますね」


ピョードル。やっぱりこいつも動いていたか。


「まさか貴方が動くとは思ってもみませんでしたよ、アリス。そして鷹の爪は貴方の戦闘能力を少々侮っていた様ですね」


そう言いながら、ピョードルは仕込み杖から刀を取り出し、ユラリと私に向かって歩いてくる。

駄目……まだ体が動かない。


「ひょっひょっひょっ。手負いの虎なら私一人でもなんとかなりそうです。とりあえず貴方の口を封じて策を練り直しますかね」


ピョードルは私に飛びかかり容赦なく斬りかかった。


思わず下を向いて目をギュッと瞑る。


あーあ。


よりに寄ってこんな奴に殺されるなんて……


私って本当運が悪い。


今までの人生が走馬灯の様に……


……。


……。


……。


……。


って走馬灯長くない?


私、死んでない?


「ウゴッ、ウゴッ、ウゴォォォォ!」


汚い唸り声。何故かピョードルが苦しそうにしている。


「大丈夫か、アリス?」


私は慌てて顔を上げる。


「その声!ジェイドしゃま♡」


目の前には愛しのジェイド様。そしてピョードルはジェイド様に頭を掴まれもがいている。


「ジェ、ジェイド、貴様!」


「ちょっと邪魔だな」


そう言ってジェイド様はボールでも投げるかのように、軽々とピョードルを近くの壁に向かって投げ飛ばした。


「ひょっ!ひょーーーーーー!!!!」


あら、あれは痛そう。


頭が壁に減り込みダランと動かなくなるピョードル。死んだかしら?


「怪我はないか?アリス!」


「ジェ、ジェイド……しゃま♡」


「すぐ治療すればなんとかなりそうだな。これ形変わってるけどアリスの傘か?」


100キロはくだらない私の武器をジェイド様は片手で軽々持ち上げる。


え?待って?月季(ゲッキ)が零式(ゼロシキ)のままって事は私って今下着姿!?


え、やばい!ジェイド様見てアソコ濡れちゃってるし!今日あんまり可愛い下着じゃないし!!!


「よし」


ジェイド様は月季(ゲッキ)を背中に背負い、私を抱きかかえた。


「え、うしょ♡お、ひ、め、しゃ、ま、だっ……こ……♡」


「お、おい大丈夫か、アリス!」


駄目ですジェイド様。幸せすぎて死んでしまいます。


「急いで治療してやるからな!とりあえず急ぐから」


そう言ってジェイド様はギュッと私を抱きしめた。


「あん♡」


「す、すまん。どこか痛むか!?」


「ジェイド、しゃま……♡きゅーん……♡」


私はジェイド様の腕の中で幸せすぎて気絶した。



タクト視点


「アリスさんは大丈夫みたいです。お医者さんの話では体に大きな傷もないし、タクトさんの作ったポーションを飲んだら寝ちゃいました」


そうローラさんが教えてくれる。

それを聞いて俺はとりあえずホッとした。


ずっと様子がおかしかったから心配だったのだ。


何故かゴチンコのおっさんはさっきからずっと黙り込んでいる。いつもうるさいのに、珍しい。


「……話がある。タクトと……そうだな、ウラン、職員代表として来てくれ」


ゴチンコのおっさんがそう言うと、ローラさんは頭にはてなを浮かべた。


「私は?」


「お前はアリスの所にいてやれ。容体が変わるかもしれん」


「分かった」


そう言ってローラさんは上に行った。


「ウランはリナのせんせー。ウランとタクトが行くならリナも行くー」


「リナか、うーん、まぁいいか、入ってくれ」


そう言って俺たちは会議室に連れて行かれた。


ドアを閉じるとゴチンコのおっさんはいつになく真面目な様子で、深々と頭を下げた。


俺たちは突然のゴチンコのおっさんの対応に狼狽える。


「勝手なことを言っているのは分かっている、すまん、タクト!明後日の御前試合2回戦!辞退してくれないか?」


そう言う間も、ゴチンコのおっさんはずっと頭を下げ続けている。


「ゴチンコさん、頭あげてください。俺、試合に関して辞退は別に構わないのですが、理由を聞かせて貰ってもいいですか」


「もちろんそのつもりだ。理由も含めて聞いておいてほしい。このギルドで働くウランにも知っておいてもらう必要がある」


「何やら深刻そうですね」


そう、いつもふざけているおっさんには似合わず、今日はなんだか穏やかじゃない。


「うむ……実は、鷹の爪にローラが攫われたのは今回が初めてじゃないんだ」


「えっ?」


俺たちは驚愕した。


「ローラがまだ物心つく前、俺のギルドがぐんぐん登録者を増やしているのが気に入らなかった鷹の爪に、同じ様にローラを拐われたことがある」


「もしかしてこのギルドが昔は鷹の爪と張り合ってたって話、本当だったんですか?」


「ああ。ジジイの与太話じゃないんだぜ。莫大な身代金を要求されたよ。ちょうど2億4300万。俺のギルドの貯蓄金ぴったり。よく調べているぜ。その金を払ったせいで、職員への給料や冒険者への報酬が払えなくなってな。俺のギルドからは人がいなくなったよ」


「警備隊に訴えはしなかったんですか?」


「もちろん俺は身代金を払った後、ローラを取り戻し、鷹の爪が拐ったんだと警備隊に訴えた。だが王国の警備団は俺の言うことなんざ聞きもしなかった。鷹の爪は警備団にも息がかかってたんだ」


ゴチンコのおっさんの話からすると10数年前でそれだから、今のもっとでかくなった鷹の爪じゃあもっと多くの者が鷹の爪に買収されているだろうな。


「それで鷹の爪と王都の冒険者を2個に分割していた俺のギルドは没落した。それでも妻のエルサは一(イチ)からやり直そうっと言ってくれたんだ。元々はそんなに体の強くねぇ女だ。それなのにこの件のせいで……」


「おっさん……」


「ローラには話してねぇ。あいつのせいじゃないのはもちろんだ。でも話したら自分のせいで今の状況になったと思い詰めちまうのは分かってる。親だからな」


おっさんは涙こそ流していなかったが、ぐっと拳を握り締め、何かを堪えている。


「確かに俺は妻と世界一のギルドを作ると夢を持った、でももう十分だ……タクト、ウラン、お前らには感謝している。でもな、俺はローラを失うわけにはいかない!妻のためにも!」


「……分かりました」


「私も納得です」


「……すまん」


おっさんは顔を上げなかった。上げられなかったのかもしれない。


「今日はもう夕刻なので、明日朝一で大会の運営に行ってきます」


俺たちはゴチンコのおっさんを会議室に残し、ギルドの外に出た。


「ウランちゃん。俺はまた刺客が来ないとも限らないから、ゴチンコのギルドを朝まで守る。そんで朝になったら棄権しに行くよ」


「分かりました。では私とリナさんは申し訳ありませんが先に帰らせていただきますので」


ウランちゃんのその声を聞いてゾクリ悪寒がした。


「ウランちゃんなんかとてつもなく怒ってない?やっぱりあの話聞いて鷹の爪に?」


「何を言っているんですか、タクトさん。私はいつも通りですよ」


ウランちゃんの表情は確かにいつも通りだ。それに今はもう悪寒もしない。

気のせいだったかな?


「そっか、じゃ、じゃあまた明日」


「はい、また明日、タクトさん」


「タクト、ばいばいー」


ウランちゃんとリナが遠ざかり見えなくなる。


……今夜は徹夜だな。



………………………。


「さて、ここならタクトさんにも聞かれませんね」


「んー?ウラン、ないしょばなしか?」


「そうですね。リナさん、今日は夜になったらちょっと課外授業に出かけましょう」


「カガイジュギョウ?なんだそれ?」


「お外でお勉強する事です」


「たのしそう!どこいく?」


ウランは男の姿に体を変化させる。


「ちょっと……元職場まで」

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