第32話 鷹の爪の崩壊その2

鷹の爪49支部に着任して、俺はすぐにしみったれた狭いギルドの中でもまだ一番マシな、広めの個室を俺専用の部屋とした。


ロビーから離れているので低俗な冒険者の声が聞こえてこない。


静かでいい。


「おーい!お茶!」


返事がない。


「おい!誰かお茶持ってこい!」


やはり返事がない。


「クソ!俺の秘書達はどこ行ったんだ!」


仕方なく俺は秘書を探しにロビーに行った。


主任秘書は、最初に全体の仕事の把握のためにロビーで仕事の様子を見るとか言ってたからな。


でもこんな田舎の暇なギルドでまだ様子見が終わらないなんてことあるか?


サボってるな、あの娘達!


俺が触るケツがなくて手が寂しいじゃないか!文句言ってやる!


「おいお前ら、サボってないで……」


そう言ってロビーに続くドアを開けると、ムワリと熱気が顔に当たる。


そして怒号、怒号、怒号。


「怪我人!並んでる!回復急いで!」


「このままじゃ業務終了までに間に合わないから、取り敢えず重症の人から運んで!」


「応急手当てできる人いたら回復班にすぐ回って!」


「手空かないよ!こっちも足りないんだから!!」


「調査班いるでしょ!調査は明日以降にして今日はこっち寄越して!」


「あいつらは受付やってる!」


「おい!!職員さん!早く解体してくれよ!ワイバーンの解体!」


「わ、ワイバーン!?そう言われましても。ワイバーンの解体なんて技術のいる解体……」


「タクトは10分くらいでやってくれたぞ!解体はギルドでやってくれる様に、高いオプションつけてんだから」


「あぁ、じゃあ解体は後日やりますから、ワイバーンだけ置いてってもらって……」


「じゃあ俺も置いてくわ。バジリスク3羽な」


「私も、サラマンダー2匹」


「嘘だろ!?勘弁してくれ!おい、氷魔法できるやつ!解体する前に腐っちまうから!」


「回復班の一人魔力切れで倒れた!タンカ!タンカ!」


俺が連れてきた職員は一人残らず慌ただしく駆けずり回っている。


「な、なんだこれは……」


俺は主任秘書の姿を見つけ出して取り敢えず話しかける。


「お、おい」


「あ、ゴールズ様、申し訳ないのですが本部に今すぐ応援の人員を今の3倍、いえ10倍お願いします!」


「じゅ、10倍!?それじゃあ大規模ギルドクラスじゃないか」


「それでも足りないかもしれません。なぜ今まであの人数で回せていたのか甚だ疑問です」


「おい職員さん!タクトはどこだよ?タクトがいればすぐだろ、こんなもん!」


「タクトいないの?タクトの方が丁寧にやってくれたなー」


「ユキちゃんの回復の方が効いてた気がする……」


所々から不満の声が聞こえてくる。


確かに不味いかもしれん。応援、応援!


本部に10倍なんて言っても突っぱねられる。


ここは親父に直接話すしかない!


高級アイテムの『伝心の糸』


すぐに連絡が取れるレアアイテム。


伝心の糸が微かに震え、すぐに親父に繋がった。


「お、親父!」


「ゴールズ!お前は本当こんな忙しい時に!」


「親父!49支部に応援の人員寄越してくれ!10倍、優秀なやつ。あと美人な秘書も2、3人頼む」


「バカが!そんな余裕あるか!こっちはアリスが脱退したんで大変なんだ!そっちのことはそっちでなんとかしろ!くそ!ジェイドの奴め、ぶっ殺してやる」


「親父、とにかく応援を、それと俺にはやっぱり49支部は合わなそうだから本部に……」


「あー今お前に構ってる暇はない!49支部でそのままの人員で成果を上げろ」


「親父、そんなの……」


「口答えは許さん!もしも業績悪化ましてや赤字なんてことがあればゴールズ、お前はクビだ!」


「ま、待ってくれ親父!俺がクビって、俺は親父の跡取りじゃ……」


「忙しい、切るぞ!それともう伝心の糸は使うな。経費の無駄だ」


切られてしまった。


俺は血の気がひいた。


クソ、クソ、クソ!!


何か方法があるはずだ!!


悩みながらロビーに戻ると、主任秘書が話しかけてきた。


「あ、ゴールズ様!応援はどうでした?」


ありのまま言ったんじゃ不味い。


断られたなんて言ったら俺の権力が落ちる!


秘書のケツを気軽に触れなくなるじゃねぇか!


隠さなきゃ……


「あ、あぁまぁ都合がつき次第優秀なのを、と……」


そう言った俺の言葉は怒号にかき消される。


「おいポーションないぞ!」


「職員さん。タクトに作らせればいいじゃん。いつも1本くらいなら簡単に作ってるぞ」


「ポ、ポーションを自身の魔力で作るなんてそんな芸当あり得ません。何かの間違いでは?」


「いや、タクトならできるだろ」


「うん、できるな、タクトなら」


なんださっきからタクトタクトって!


どっかで聞いた名前だ……あぁそうか!


俺が先日クビにした奴じゃないか!


そうか!つまりそのタクトのせいか!


タクトって野郎のせいで俺はこんな目に!!!!


俺が怒りで煮えたぎっていると、恐ろしい咆哮がギルドに轟いた。


「グォーーーーーーン!!!!!!!!!!!!!!」


「な、今度はなんだ?」


外にいた職員が慌てて駆け込んでくる。


「ゴ、ゴールズ様!!」


「な、なんだ!?」


「そ、外に見たこともないドラゴンが……」


「ドラゴン!!!??」


そっと外に出てみると、とてつもなくでかい恐ろしい形相のドラゴンが確かにいる。


真っ赤だがレッドドラゴンじゃない!新種だ!


お、落ち着け!ドラゴンは知能が高くむやみに人を襲ったりしない!


隠れてやり過ごすのもありだ!


「ドラゴン言語がわかる奴いないのか!」


「も、もうあそこで話しております」


気弱そうな男がドラゴンの前で必死にドラゴン言語を聞き取ろうとしている。


「タ、タクト?タクトですね?」


ドラゴンと話をしていた男は俺の方に駆け寄ってくる。


「ば、馬鹿!バレるだろ!こっちに来るな!」


「ご、ゴールズ様!た、タクト!?それだけ聞き取れます。タクトと頻りに行っております!」


またタクト!?


「ゴ、ゴールズ様、ここは責任者としてお願いします!」


「お、俺はドラゴン言語なんかわからんぞ!?」


「と、とりあえず代表として!」


「おい、通訳、お前ドラゴン言語わかるんだよな!一緒に来い!」


「いえ、私はドラゴン言語4級なのでほとんど……」


俺たちが慌てふためいていると、どこからか爽やかで美しい香りが流れ込んできた。


ふっと香りのした方向を見ると、そこには俺が今まで見たどんな女も見劣りする程の絶世の美女が立っていた。


女は賭けていたメガネの位置をクイッと直すと、一片の迷いも無い足取りで、ドラゴンの前に向かっていった。


「ゴ、ゴールズ様?誰です?あの美女?」


「お、俺も知らん……」


ドラゴンの前に立ったかと思うと美女は流暢なドラゴン言語を使い、何かドラゴンと話していく。


するとどうだろう。最初は口から炎が漏れ出し、荒々しかったドラゴンの様子がおとなしくなった!


いつの間にか、ドラゴンは地面に降り、座っておとなしくなってしまった。


ほれた!腹の底から惚れたぞ!


というか、もしかしてだけどこの女、俺に惚れたから助けたんじゃないの?


「おい、女!よくやった!難解と言われるドラゴン言語をあれだけ流暢に話すとは、なかなかの才女とみた!この鷹の爪で働かせてやってもいい。そして喜べ!鷹の爪の次期党首であるこの俺、ゴールズ様の女にしてやる」


俺がそう言うと、女は1ミリも表情筋を動かさずに、ツカツカと俺の前まで歩いてきた。


俺はワクワクしていた。


キスか?いきなりのキスか?


女は俺の真正面に立った。


俺が目を瞑ると、女は俺に思い切りビンタをしやがった!


「ひでぇぶっ!!」


秘書に後で聞いたが、俺は5メートルも吹き飛んで気絶したらしい。


女はドラゴンの背に乗ってどこかに飛び去ったと。


まだ頬が痛む。


「もっと氷はないのか!」


「ゴールズ様!それよりも明日の業務の事です!今日でもう職員はボロボロです!早急になんとかせねば……」


「うるさい!」


俺は机を思いっきり叩きつけた。


秘書達はビクリと肩を震わせ、そそくさと部屋を出ていってしまった。


クソ!ウラン、タクト、そしてあの女!あいつらだけは、絶対に殺す!!

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