第94話 ミリータちゃんの実家で謝罪した
「この度は大変申し訳ありませんでした」
私は全力で土下座をしていた。ミリータちゃんの父親であるウガールさんを殴り倒したのは私だ。
どうしてこんなことになってしまったんだろう? なんでミリータちゃんのお父さんの討伐ミッションが出たんだろう?
ウガールさんはムスッとした顔でテーブル席に座っている。その隣にはミリータちゃんのお母さんだ。夫が殴り倒されたというのに平静だった。
「顔を上げろ」
「はい。許して……」
「スキルだろ?」
「え?」
「おめぇのスキルはクリア報酬。発生したミッションに応じて報酬がもらえる。とんでもねぇスキルだ」
やだ、バレてる。なんで? と、思ったらミリータちゃんも隣で大きく口を開けて驚いていた。
いや、なんであなたが知らないのさ。
「と、父ちゃん、なんでそれを……」
「俺のスキルは『分析』。そいつが持ってるスキルと大体の強さがわかる。こんなもん望んじゃいなかったけどな」
「そんなこと、一度も聞いたことねぇ!」
「言ってねぇからな」
とんでもスキルじゃないですか。そんなものがあったら、どこかの失脚した王様が絶対に欲しがる。
忘れかけていたけどスキルは誰にでもあって、有用なものはほとんどない。
大半が立ったまま靴下を履けるとか、本に指を挟んだらページ数がわかるだのふざけたものばかりだ。だけどこのお父さんみたいに、たまにすごいスキル持ちがいる。
そんなスキルがあるなら、お金なんていくらでも稼げそうだけどこの家を見る限りではそこまで裕福そうじゃない。家も広くないし、家具も古そうなものばかり。
お父さんはてっきり鍛冶師かと思ったら家の隣で定食屋を経営して生計を立てているみたいだ。
「父ちゃん、だったらオラのスキルもわかってただな? なんで鍛冶師になるのを反対した?」
「わかっていたからだ。おめぇのスキルはとんでもねぇ。鍛冶師になれば大成するだろう」
「知ってて反対したってどういうことだ! なんでオラにあんな流行ってねぇクソまずい定食屋を継がせようとした!」
「あぁ!? おめぇ、なんだその言い草は!」
「ホントのことでねぇか! 客なんかほとんどこねぇ! まずいって評判だべ!」
そこまで言われると逆に食べたくなる。まずさを売りにして流行るなんてこともあるからね。
いや、そんなことよりもこの親子喧嘩をどうしよう? ウガールさんが立ち上がって、ミリータちゃんに握り拳を作っている。
あ、そうか。だからミッションが出たのかも。実の父親といえど、私の友達を殴るような相手は敵とみなしたのかな? それにしても雑過ぎでしょう。
「確かに客はこねぇが、それでも食いにきてくれる客はいるんだ! 腹が減った労働者なら安くてたっぷり食えりゃいい! うちは昔っからそういう客の味方だ!」
「あんな儲かってねぇ店なんか継いでも将来真っ暗だ! だからオラは鍛冶師ででかくなるって決めたんだ!」
「それがいけねぇって言ってんだ! おめぇは大切なことがわかってねぇからな!」
「偉そうに何を言うだ!」
ちょっと収集がつかなくなってるから、私は二人の間に杖を差し込んだ。うっ、と呻いてウガールさんが下がる。杖が少しトラウマになってそうで申し訳ない。
「あのー、お父さんはミリータちゃんに何を学んでほしかったんですか? この子のスキルは『神の打ち手』っていうすごそうなスキルなんですよね」
「神の打ち手はどんなアイテムや鉱石でも精錬できて、強化や合成に上限がねぇ。鍛冶師としてこの上ないスキルだ」
「だったらどうして反対したんですか?」
「それはだな……」
ウガールさんが黙った。代わりに今まで黙っていたお母さんが口を開く。
「この人はね。昔、冒険者をやっていたことがあるの。だけど名を挙げるうちにこの人をとある国が引き抜こうとしてね」
「おい! 余計なことを言うんじゃねぇ!」
「パーティはこの人を引き留めたけど、当時は若かったのね。この人はパーティを抜けた。国で重宝されるうちに有頂天になったこの人はある日、気づいた。自分が分析した人間は有用なスキルを持っていれば人生を変えてでも利用されて、そうでなければ不遇な扱いを受けていることに……。自分が他人の人生を変えてしまった上に、結局は一部の人間が多くの利益を得ていたこと。自分は安く買いたたかれていたこと。元のパーティを見捨ててまで得た地位には何の価値もなかったのよ」
「……クソッタレが」
ウガールさんが毒づく。その国ってファフニル国じゃありませんか、と聞こうと思ったけどやめた。
ちょっとそんな雰囲気じゃない。ウガールさんは観念したように俯いていた。
「今でも後悔してんだよ。俺を誘ってくれたパーティにいた時は楽しかった。だけど、もう時は戻らねぇ。なんでそうなったと思う?」
「わ、若かったからですかね?」
「そうだ。目先の地位と金に釣られて、大切なものを見落としていた。同時にすげぇスキルを利用しようとする奴らがいる。俺は若かったしバカだった」
「つまりミリータちゃんに同じ思いをしてほしくなかったと?」
ウガールさんは無言だった。ちょっとしんみりしちゃったな。
私はなんて人を殴り倒してしまったんだろう。ミッションのバカ。でもレベルアップルおいしい。
「ミリータ、おめぇを鍛冶師にしたくなかった。でも反対を押し切って出ていった」
「だ、だったらそう言えば!」
「俺は口下手だからな。それに口で言うより、あの定食屋で学んでほしかった。確かに客は少ないが、全員が常連だ。少なくても本当に必要としてくれる人間がいる。小さくてボロくても、客と笑い合える。俺はあの定食屋が好きだ。鍛冶師なんてそれを知ってからでもいいだろって思ったんだがな……」
「そ、そ、そんなもん、言わねぇとわかんねぇ……」
ミリータちゃんが背中を見せて震えている。なんだかしんみりしちゃったな。
口下手で不器用だけど、悪いお父さんじゃない。間違ってもミッションが発生したからといって襲撃しちゃダメだ。目先の報酬に釣られたせいで大切なものを失いかねない。
ミリータちゃんは幸せものだ。私は両親の顔なんてほとんど顔を見たことがないし、テーブルの上に置かれているわずかなお金だけが頼りだったからね。
「ミリータ、おめぇに今更どうこう言わねぇ。友達を連れ帰ったなら尚更な」
「あぁ。物欲まみれで報酬のことしか考えてねぇマテリと頭がお花畑のフィムだがいいツレだ」
「楽しくやってんならいい。そいつらを大切にしろ、絶対にだ」
「わかってる」
情け容赦ないミリータちゃんの友達紹介のせいで泣きそう。
涙が出そうになったところで、家のベルが鳴った。誰か訪ねてきた? ミリータちゃんのお母さんが出迎えると、兵士風のドワーフがいた。
「あら、兵隊さん? 何か?」
「こちらにマテリという少女はいるか?」
「はい。あちらに」
訪ねてくる兵士にいい思い出がないせいか、ミッションを期待してしまった。なに、来るなら報酬の一つくらい持ってきてよね。
「お前がマテリか? バトルキングがお呼びだ。城に来てくれ」
「見返りは?」
「は?」
なるほど。つまりそのバトルキング討伐のミッションが出る?
いや、待って待って。さすがに王様討伐はないでしょう。マテリ、いくら報酬が欲しいからって、そんな不敬極まりないことを考えるのはやめなさい。
仮にも一国の王を討伐するだなんて、それじゃ物欲まみれと思われてもしょうがない。
だからここは一切の欲望を捨てて、城に行こう。私は決して報酬が目当てじゃない。よし。
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