第82話 髑髏魔道士ズガイア

「……む、しまった」


 このズガイアとしたことが、こんな湿地帯で眠ってしまったか。

 こういう陰気なところはどうも居心地がいい。

 その場所が自身の魔法の特性と噛み合うと、魔導士にとって相性がいいのだ。

 フレイムリザードの死体の尾がちょうどいい枕となっていた。

 まぁこのところ忙しかったから仕方あるまい。


「ここらの魔物もあらかたアンデッドにできたようだな。上々だ」


 私の固有魔法オリジナルは一度、殺さねば効果を発揮しない。

 死体でなければアンデッド化ができないのだ。

 昔はこの魔法のせいでひどく嫌われたのを思い出す。

 小さな農村に生まれた私は人見知りが激しく、両親からもよく思われていなかった。

 物心がついたある日、小鳥の死骸に固有魔法オリジナルをかけたのだ。

 魔法だと知らず、無意識のうちに使ったのだろう。

 死骸だった小鳥が動き出して、意のままに操れるようになったのだ。

 これなら両親に喜んでもらえると思って報告した日から、私は悪魔の子と蔑まれるようになった。

 私への扱いが悪くなり、食事もほとんど与えられない。

 同年代の子どもからは石を投げられた。

 そんな辛い日々を送っていた時だ。

 魔道士協会、今思えばここで運命が変わった。

 各地を旅して優秀な魔導士をスカウトしている彼らがたまたまあの農村に立ち寄ったおかげだ。

 そうでなければ今頃、惨めな人生を送っていたに違いない。

 当然、認められた私は魔道士協会へ勧誘された。


 あの田舎の農村と違って、魔道士協会で私の固有魔法オリジナルは絶賛された。

 修行の日々はつらかったが、魔法の才能さえあれば神にもっとも近い存在となれる。

 おかげで私は六神徒にまでのぼり詰めたのだ。

 そして私は気づいた。

 私を蔑んだ者達がいかに愚かで矮小か。

 私がどれだけ特別な存在であるか、魔道士協会が教えてくれたのだ。

 持たざる凡人は持つ者を畏怖する。

 理解を超えているから拒絶するのだ。


「ククッ……。持たざる者達よ。今頃、アンデッドによってさぞかし脅かされていることだろう」


 死とは終わりだ。

 人は恐怖すれば終わらせようとする。

 そう、殺すのだ。

 魔物という脅威を取り除くために人は討伐する。

 しかし終わらせたのに終わっていなかったら?

 それこそがアンデッドだ。


「そろそろ最寄りの町あたりは壊滅しているだろう。少し様子を見てやるか」


 湿地帯から動き出して、私は最寄りの町へと向かった。

 外壁に囲まれているのでここからでは様子はわからない。

 しかしあの内側はさぞかし阿鼻叫喚の惨劇となっているだろう。

 笑うんじゃない、ズガイア。

 まだだ。まだ我慢しろ。

 どれ、さっそく入口が見えたぞ。

 アンデッド達は――


「……なんだこれは」


 町の様子がおかしい。

 賑わいを見せた街並み、行き交う者達。

 はて? アンデッドの襲撃があったはずだが?

 そこへ冒険者達が後から町に入ってきた。


「いやぁー! 今日もたくさん討伐できたな!」

「囲まれた時はどうなるかと思ったけど余裕だったな」


 こいつらは冒険者だな。

 討伐依頼の帰りか。

 果たして、いつまでそんな余裕でいられるかな?


「あのトカゲみたいなアンデッドにはびびったなぁ」

「それにアンデッドファイターもいたよな」

「本当に面白いくらいバッサリ斬れるのな」


 アンデッドが?

 面白いくらい斬れる?

 なるほど、よほど腕に覚えがある冒険者なのだろう。

 よくある話だ。

 いやしかし、この一帯でリザードのアンデッドならば元はフレイムリザードのはず。

 それに加えて他のアンデッドに囲まれて、ここまで無傷でいられるものなのか?


「よう! お前らも帰ったか!」

「お、そっちもアンデッド討伐から帰ったようだな!」


 二組目だと!?

 見たところ、こちらも平凡な冒険者達だ。

 バカな。私は何を聞き間違えている?


「アンデッドボア十三匹、アンデッドナイト四匹……少し物足りなかったな」

「これだけ狩りまくってると、そろそろ討伐報酬も安くなりそうだな」

「この辺で光の剣を持ってない奴なんかいないだろうからなぁ」

「嘆きのお守りと常闇の鎧、亡者のマントさえあればよほどじゃない限り負けないぜ」


 嘆きのお守り? 常闇の鎧?

 なぜそんなものが?

 一部のアンデッドから採取できる貴重な素材がなければ手に入らないはずだ。

 それも生半可な鍛冶師ではなく、作成できるのはドワーフの中でも一部のみ。

 国によっては王宮専属の鍛冶師でなければ打てず、とても一般の冒険者ごときがそれを手に入れられるはずがない。

 当然だ。

 そんなものが簡単に作成できるならば、この世からアンデッドの脅威などなくなる。

 特定種族への耐性装備はそれほどの存在なのだ。


 落ちつけ、ズガイア。

 慌てるな、ズガイア。

 呼吸を整えろ、ズガイア。


「あれ? そこの魔道士さん、なんだか顔色が悪いな?」

「か、構うな……」

「あんた、そのローブのシンボルからして魔道士協会か?」

「お、お、お前達、その、光の剣は、どこで……」


 冒険者達が顔を見合わせている。

 いいから答えろ!


「あー、そうか。あんたも欲しいんだな? これを大量に売ってるのがいるんだよ」

「たい、りょう?」

「一本五万ゴールドで売ってもらったよ」

「ごまんごーるどだとぉーーーー!?」

「そりゃ驚くよなぁ」


 これはなんだ?

 なにがどうなのだ?

 このズガイアは何を聞き間違えている?

 私は魔道士協会、評議会直属。六神徒だ。

 この私が、私がうろたえるなど。


「おい、大丈夫か? 体調が悪そうだな。よかったら治療院まで送ろうか?」

「心配、ない……」


 平静だ。

 我ら神に選ばれし者に必要なのは鍛え抜かれた精神。

 これしきの、これしきの、ことで。


「そこの魔導士」

「な、なんだ、私のことか?」


 私に話しかけてきたのは町の衛兵だ。

 こんな連中が六神徒である私に何を。


「詰め所まで同行願おう」


 なに? この私が?

 なんだと、なんだというのだ。

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