第74話 ブラウンヘッド 後編

 あのね、気持ち悪い。略してきもい。

 あえて突っ込まなかったけど、もう限界だ。

 屋敷にやってきて、現れたイグナフ領主という人を見て驚愕したもの。

 どう見てもおじさんなのに、髪だけが女の人みたいに長い。

 髪質も女の人のそれに近いから、不釣り合いすぎてきもい。

 いや、ファッションは人それぞれなんだけどさ。

 だけど見る側だって抱く感想ってもんがあるわけで。


「はひー、はひー……」

「うちのワンコが驚かせてすみません。で、このランプはワンコを呼び出せるんです。言うことも聞きますよ」

「そ、それが!?」

「アレリア、お手」

「うむ」


 すごい真面目な顔をしてお手をしてきた。

 手が大きすぎて、毛がふさふさと顔にかかる。

 未だ腰を抜かしているイグナフさんはこれで納得してくれたかな?


「それで家宝は?」

「か、家宝がほしいのか?」

「もの次第ですけど」

「ま、待っていろ。持ってくる」


 イグナフ領主がそそくさといなくなる。

 使用人に丁寧にティーカップに紅茶を注いでもらって、私は待つことにした。

 お金持ちの性癖は狂いがちとミリータちゃんは言うけど、使用人はあれを毎日見てるわけだ。


「持ってきたぞ。これだ」

「これは?」


 イグナフ領主がテーブルに置いたのは、金色に輝くおじさんの像だ。

 でっぷりと太っていて、七福神の一人にいそうな見た目だった。


「これは幸福の魔人像といってな。持っているだけで運が舞い込むのだ」

「言っちゃなんですけど、胡散臭いですね」

「これでワシは財を成した。手放すのは惜しいが、これと交換しようではないか」

「ふーん……」


 私が眺めていると、ミリータちゃんがひょいっと手に取った。

 私の物欲センサーが今一、反応しない。

 貰えるものは貰いたいけど、私のミッション報酬に匹敵するかとなるとね。


「領主、これ誰がどこで手に入れた?」

「ご先祖によれば、屋敷にやってきた商人から買い取ったらしい。二百ゴールドの値打ちものだ」

「これ中は石ころだなぁ」

「は?」

「金色で塗りたくった石像だべ。何の効果もねぇ」


 は? じゃなくてね。

 なに、つまりこのおっさんは私を騙そうとしたってこと?


「ちょっと運動したくなっちゃった」

「あわわわわっ! い、今のは冗談だ! 今度こそ本物を持ってくる!」


 杖で素振りをすると、またイグナフさんが消える。

 かと思ったら高速で戻ってきて、その手に持っていたのは――。


「待たせたな。今度こそこれが家宝、死の女神像だ」

「呪われそうなのやめてくれません?」

「いや、これには厄払いの」

「ただの鉄だなぁ」


 場が静まった。

 うん、もういいか。


「ちぇりゃぁぁぁッ!」

「げはぁッ!」


 イグナフさんをぶっ叩いたと同時に、髪がぼろりと取れた。

 一瞬だけぎょっとしたけどこれ、カツラだ。


                * * *


「す、すまぁぁーーん! 本当はこのブラウンヘッドが家宝なのだ!」

「すこぶるいらないですね。はい、交渉決裂」


 ブラウンヘッドはカツラをカツラと思わせないアイテムらしい。

 しかも髪型は身につけた人の望む形になる。

 まぁ確かに頭おかしい髪型だなと思ったけど、カツラとまでは見抜けなかった。

 その点はすごいアイテムなのかもしれない。いらないけど。


「主よ、散々愚弄したこの毛なしをどうしてくれようか?」

「ランプが超高性能だし、別にいいかな。あとその呼称はかわいそうだからやめて」


 私もつい殴っちゃったし、おあいこということでいいかな。

 正直に言ってランプ以上のアイテムなんて期待できないのはわかっていた。


「で、イグナフ領主。おめぇ、なして神器……このランプなんか求めていた? いや、なんでアレリア遺跡にそんなものがあるって知ってる?」

「魔道士協会のバストゥールだよ。あの男が私に取引を持ち掛けたのだ……。私の髪を生やすことを報酬としてな」


 バストゥールはイグナフ領主の権限に目をつけて、この人に神器を探させた。

 つまり魔道士協会はアレリア遺跡がどういうものか、ある程度は知っていたということになる。

 ん、これってつまりアレだよね。

 私が持っているランプを魔道士協会がほしがる。

 刺客がやってくる。

 でもバストゥールはすでにいない。


「ダメじゃん!」

「マテリ?」

「いや、なんでもない」


 正直、ランプは手放したくなかったからよかった。

 訳のわからん茶番に付き合わされたのは腹立つけど。

 もう一発くらい殴りたい。


「イグナフさん。ブラウンヘッドは確実にいらないから大切にしてください」

「すまない……。冷静に考えたらワシ、すこぶるかっこ悪いな」

「それは猛省していただいて構いません」

「しかし、アレだ。アレリア遺跡を攻略するほどの逸材が現れたわけだ。ふむ……」


 イグナフ領主が考え込んでいる。

 これは報酬の匂いだ。

 直の報酬じゃなくても、報酬への道ができるはず。


「実はな。君達に折り入って頼みたいことがあるのだ」

「報酬のほうは?」

「近頃、妙な情報が入ってな。なんでも領地内でアンデッドの目撃情報が増えているのだ。君達に討伐をお願いしたい」

「さらっと無視しないでください。報酬は?」

「前金として五十万ゴールドを支払おう」

「聞きしに勝る聡明なお方ですね。わかりました」


 イグナフ領主、思った通りの人だ。

 一国の領主に恥じない風格と気前を合わせ持っている。

 あの艶のあるブラウンのヘアーもその貫禄を引き出すのに一役買っていて、その一風変わった風貌のセンスが光る。


「でもアンデッドなんて、私達がここに来るまでに遭遇しませんでしたよ?」

「実はまだ領内で騒がれておらん。これはおそらく王族も把握しておらんはず……。ワシは常に冒険者を通じて情報収集をしておるからな。何やら胸騒ぎがするのだ」

「さすがですね」


 さすがとしか言いようがない。

 尊敬に値する人物というのは、まさにこういう人だ。

 アンデッド討伐、これは正義の使命を果たさんとする私達がやるしかない。


「マテリ」

「ごめん言わんとしてることはわかってるからホントごめん」


 ミリータちゃんも読みに磨きがかかってきたね。

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