第73話 ブラウンヘッド 前編

 ワシはイグナフ、エクセイシア国では三番目に広い領地を持っているナイスな貴族だ。

 幼少の頃から勉学に励み、超難関の王都ラウール学園を首席で卒業した。

 学院一の美少女だった妻と結婚できたのも、財を成して国王から爵位を与えらたのも一重にワシの努力。

 己を磨くことを怠らず、研磨し続けた結果が今である。

 しかしそんなワシでも、未だ歩みを止めるつもりはない。


「魔導士協会にはなんと言おうか……」


 妻が寝ている横でワシは一抹の不安を覚えた。

 魔道士協会は国内でも力のあるワシに協力を申し出てきたのだ。

 ワシの権力をもって、アレリア遺跡の奥に眠る神器を手に入れること。

 最初に聞いた時は耳を疑ったものだ。

 確かにワシは国内でも有数の権力者で、頼る気持ちはわかる。

 だが、しかし。

 いくら権力があろうと、攻略されていないダンジョンの奥に眠る神器など手に入れられるはずがない。

 ワシ自身は何の戦闘力もないただのジジイなのだ。

 当然、断った。だが魔道士協会の支部長バストゥールはワシにこう囁いたのだ。


「その頭……ずいぶんと寂しいな? 成功した暁には魔道士協会の力ですぐに生やしてやろう」


 ワシは衝撃を受けた。

 あの男はワシの悩みをピンポイントで見抜いたのだ。

 只者ではない。さすがは支部を任されるだけはある。

 魔道士とは魔法に長けているだけでなく、他人の心をも見透かすのか。

 ワシは観念してこう言った。


「生やして……ください……」


 ワシは無力だった。

 魔道士という強大な存在を前にして、見透かされて狼狽えてしまったのだ。

 アレリア遺跡は国が指定している有数の難関ダンジョン。

 ワシも人の子だ。あんなところに行って無駄に命を散らすことはない。

 本来であれば一級冒険者ですら禁止したいほどだ。

 しかしワシは抗えなかった。

 冒険者ギルドを通して、アレリア遺跡最奥にある神器の入手を依頼してしまったのである。

 報酬はブラウンヘッド。

 我が家に代々伝わるこいつを被れば、本来の頭髪は絶対にばれない特殊効果がある。

 しかも自在に頭髪を変えられるのだ。

 今のワシは見事なブラウン色の長髪、この流れる髪には誰もが振り向く。

 まさにこれも神器と言えよう。

 残念ながらバストゥールには見抜かれてしまったが幸い、領民は知らないはずだ。

 これを手放すのは苦渋の決断だが、生えてしまえば問題ない。


「旦那様」


 私室のドアがノックされた。

 こんな時間にワシを呼ぶとは、どういうつもりだ?


「なんだ? 今、何時だと思っている」

「旦那様にお会いしたいという方々がいらっしゃってます」

「何かと思えば……追い返せ」

「そ、それが……。アレリア遺跡から神器を持ってきた者達が訪ねてきております」

「むはぁーーーーーーー!」

「キャアァァーーーーーー!」


 大急ぎでドアを開けると、使用人が悲鳴を上げて慌てふためく。

 しまった。ワシのドラゴンヘッドがご開帳ではないか。

 ついさっきまでハッスルしていたから当然だ。

 うら若き乙女には刺激が強い。

 着替えを済ませてからワシは訪問者を出迎えることにした。


「で、客人はどんな連中だ? 通しなさい」

「は、はい。ではどうぞ」


 屋敷に通されたのはなんと年端もいかない三人の少女だった。

 前髪をかきあげたキザ剣士やモリモリマッチョの戦士風の一級冒険者を想像していたものだから、さすがに面食らう。

 このあどけない顔立ちをした少女達が神器を持ってきたというのか?

 フン、見た目に惑わされるな。


「君達は冒険者か? そうは見えないが……」

「冒険者じゃないですね。私はマテリでこっちがミリータちゃん、この子がフィムちゃんです」

「冒険者ではない? コホン……君達が本当にアレリア遺跡で神器を入手したというのか?」


 このイグナフを侮ってもらっては困るな。

 幾度、曲者を相手に商談を成功させたと思っている。

 このワシから家宝をだまし取ろうなどと考えているのであれば、相手が悪かったな。

 神器がどのようなものか知らないが、生半可なアイテムでごまかされるワシではないぞ。


「はい。でもその前に家宝が何なのか知りたいです」

「よもやこのワシを疑うのか?」

「はい、家宝次第で交換したいので」


 こいつ、あまりに堂々としておる。

 それに気のせいか、かすかに圧を感じた。

 このワシがこんな子どもに?

 フフ、いいだろう。受けて立つ。


「それはならん」

「どうしてですか?」

「お前達が信用ならんからだ。そもそもこんな夜中に押しかけてきて、その物言いは失礼ではないかね?」

「……確かに」


 フ、物分かりがいい。

 取引のコツは絶対に譲らないものを決めておくことだ。

 ワシがブラウンヘッドを見せた途端、力づくで奪いにくる可能性がある。

 だからここは何がなんでもワシが先制しなければいかん。


「ここ広そうなので遠慮なく。アレリア、出ておいで」

「承知した」


 少女がランプを取り出すと、そこから出てきたのは。

 出て、きた、のは。


「あ、あわわ……あ、あ、あっ……」

「私が守護神獣のアレリアだ。主であるマテリを疑うのであれば、力をもって証明しよう」

「はぎゃぎゃ……」


 腰が抜けた。

 なんだこの化け物は。クソ、警備、警備が。

 何が起こっている。ワシは夢でも見ているのか?

 ハッスル疲れで寝てしまったからそうに違いない。

 しかもこれでハッキリしたことがある。

 あのランプとブラウンヘッドが釣り合うか?

 ましてや少女達がこんなカツラなど欲しがるか?

 ワシ、どうする?

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