第52話 魔法、それは神に与えられし力

「バストゥール様、テホダマーがしくじったようです」


 ここエクセイシア王国の魔道士協会支部長バストゥールの耳に入ってはいけない報告だ。

 本部長より支部長に任命されるということは、魔導士としての格が認められたということ。

 魔法という神の力を授かりし者として、更に上のステージにいけたことになる。

 これは魔道士として誇るべき功績だ。

 選ばれし我々にとって、魔法とは神の力として常に誇示しなければいけないのだから。


「……で?」

「あ、あのスピード魔道士と呼ばれたテホダマーがしくじった相手ですが……。例の少女です」

「ほぉ……」


 侯爵家から焔宿りの杖を所有する少女がいるという情報を提供された時は半信半疑だった。

 しかし万が一を考えれば、あえて口車に乗るのも手だ。

 真偽はどうあれ、テホダマーならば間違いないと考えていたのだが。

 さて、スピード魔道士も地に落ちたものだ。

 同じ神の力を授かりし者として、奴には制裁を加えねばならない。

 が、それは後でいい。


「焔宿りの杖の所有者というのは確かだろうな」

「はい。すでに裏は取っております。どこで手に入れたかはわかりませんが、由々しき事態です」

「だよなぁ? 何せ神の力を、選ばれもしなかった者が振るっている。許せんよなぁ?」

「は、は、はい……あ、あの! おやめください!」


 おっと、つい神の力が溢れ出てしまった。

 我が魔法障壁により圧された部下が実に苦しそうだ。

 私の結界魔法は本当に素晴らしい。

 だからこそ、許せんのだがな。


「我々があれほど探しても見つけられなかった焔宿りの杖をよくも……。あれの存在を認めるわけにはいかん」

「バストゥール様! かくなる上は私が!」

「待て。テホダマーがしくじった相手だ。私は慎重派でな、こういう場合は外堀から攻める」

「と、言いますと?」

「各貴族が専属としている魔道士に通達しろ。奴らの口から雇い主にこう伝えさせるのだ。『焔宿りの杖は国を支配できる』とな」


 部下が絶句しているが驚くことはない。

 貴族など、ほとんどが手段を選ばずして成り上がった強欲どもだ。

 その欲には際限などない。

 少し刺激してやれば、どうとでも動くだろう。

 現にあの王子のお触れがいい例だ。

 平民すら巻き込んでの大騒動だった。

 そう、少し囁くだけでいい。

 そうするだけで事態は動く。


「バストゥール様……恐れ入ります。さすがはエクセイシア支部長に任命されたお方です」

「神の力を宿す者として、あらゆる点で抜きん出てなければいけない。この神の力を闇雲に振るうだけではいかんのだ」

「はい……。そうするとやはり、焔宿りの杖は放置しておけませんな」

「そうだ。あんなもので神に選ばれたと勘違いされては困る。特に凡人に力など毒でしかない」


 この身に膨大な魔力を宿す身だからこそ実感できることがある。

 もしこれを凡人が手に入れてしまったらどうなるか?

 当然、力に飲まれる。そして向かう先は私欲だ。

 己の私欲を満たすために力を振りかざして、より自らを誇示する。

 それが神の力としてあるべき姿か?

 そんなことは許されない。


「神の力……。確かにこの力が怖くなる時があります。自分のような人間が宿していいものか、と」

「だがお前は選ばれた。それがすべてだ。王都を見渡してみろ。何人が選ばれている? どいつもこいつも、その日を惰性で生きるだけの傀儡同然だ。神の力なき人生などそんなものよ」

「確かに……。だからこそ、私はここにいる。魔法という力をもって、世界を意のままに操ることができる」

「その通り。現にこの国も、我々の思うがままだ。魔法という力で得た収益を少し回してやるだけで尻尾を振って言うことを聞く」


 そう、王子のスキルで恐れられているこのエクセイシアとて魔法に屈した。

 スキル至上主義を掲げている国もあるが、それは魔法という神の力を理解できない凡人の浅はかな思想に過ぎない。

 なぜなら魔法は多種多様、これからいくらでも研究が進むだろう。

 対してスキルは個人が保有する単一的なものであり、そこに成長の余地はない。

 つまり頭打ちなのだ。

 あの王子もそれがわかっているから、父親の言うことを聞いている。

 いかに強大なスキルを保有しようと魔法には敵わない、とな。

 クククッ! そう考えるとなかなか賢明な王子だ。将来が楽しみだな。


「ではさっそく伝達しろ。まずはボロモッケ伯爵の専属であるラウクドだ」

「あの暗雲魔道士ですか! わかりました!」

「次はアコギ子爵の専属であるマリアーナ。深水の異名は伊達ではない」

「あのかつて盗賊団を陸で溺れさせた魔女……。人がもがく姿で快楽を感じるという……」


 国内だけでも、これほどの神の力を保有する者がいる。

 どこの何者かは知らないが、焔宿りの杖を持つ少女はすぐに思い知るだろう。 

 いかに己が身の丈に合わない力を持ってしまったか。

 だがそこに気づいた時にはすでに遅いのだ。

 神の力は選ばれし者のみが持つ。そうでなければいけない。

 何の問題もない。何の――


「バストゥール支部長!」

「なんだ? 入れ」


 一人、息を切らして支部長室に入ってきたのは若手の魔導士だ。

 また魔法実験の失敗か? まったく。


「ボ、ボロモッケ伯爵が収賄の容疑で連行されました!」

「な、なんだと!」

「その際にラウクドさんが瀕死の重傷を負(お)っておりまして……ボロモッケ伯爵もよほど恐ろしいものを見たのか、幼児退行して話にならないそうです」

「バカな! 一体何が起こった!」


 我が耳を疑う事態だ。

 するともう一人、新たな魔導士が入ってくる。

 今度はなんだ。


「ほ、報告します……。アコギ子爵が連行されました……。人身売買に関与していたとかで……」

「……マリアーナがいるだろう?」

「ボ、ボロ雑巾のような姿で……」


 これは現実か?

 何がどうなっている?

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