第29話 このくらい普通だよね?

 私は魔界一の妖術師リマックマ。

 我が術は変幻自在、姿を消したり変えたりなど自由自在だ。

 力自慢、魔法自慢、どんなものすら溶かすブレスを吐く竜。

 そんなものですら姿を捉えられなければ意味がないのだ。

 混沌の名を冠する魔界の王アズゼル様が私を見込んだ理由の一つでもある。

 あのお方は私が得意とする妖術を理解されておられるのだ。


 私の戦い方はこうだ。

 まず獲物を一思いに殺さない。

 まず獲物は見えない敵に翻弄されて、やがて恐怖に支配されてもらう。

 恐怖は判断力を鈍らせる。

 見えないものへの恐怖は、対峙したことがない者が想像できないほど計り知れない。

 姿を消して、それでいてほんの少しだけ物音を立てる。

 敵は周囲への警戒を怠らず、武器を強く握りしめるのだ。

 

 ほれ見ろ。

 三人の女が周囲を見渡している。

 見えない恐怖がじわりと奴らの心を侵食しているのが手に取るようにわかる。

 ここからの展開はどいつであろうとほぼ同じだ。

 闇雲に攻撃を始める者、警戒したまま動かない者、しびれを切らして逃げ出す者。

 はたしてこいつらはどうするかな?


 消えている私は小鳥へと姿を変えて、わざと音を立てて羽ばたいて飛び立ってやった。

 こんな些細なことですら、奴らの神経を刺激するなら十分だ。

 ほれ、大げさに振り向いて――


「ファイアボォーーーールッ!」

「……!?」

「ファイファイファイファイーーーー!」

「!?!?」


 バカな! 今の私は小鳥だ!

 普通、小鳥が視界に入った途端に「なんだ、小鳥か」と警戒心を緩めるはずだ!

 それなのになんだ、あの小娘は!?

 目の色を変えてまだ打ってくるぞ!

 一度、距離を置かなければ!


「マテリ、あれはただの小鳥だ!」

「そうかなぁ? 私の勘と嗅覚がそうは言ってない気がしたんだけどなぁー?」

「嗅覚!?」


 ドワーフのガキの言う通りだ! なんだ嗅覚って!

 こうなったら一度、城の陰に隠れて仕切り直しだ。

 また消えたまま、奴らに再接近する。

 今度こそ思うようにはいかんぞ。

 フフフ、次は虫だ。

 蟻ほどのサイズであれば、さすがに気に留めることもないだろう。

 道端の石ころは視界に入っても、誰も気にすることはない。

 それと同じで、私は常に敵の死角を狙うのだ。

 卑怯? 陰湿?

 魔界でも私をそう蔑む者はいたが、勝てばいい。

 それがわからんから弱者はいつまでも勝てないのだ。

 そう、今の私は蟻だ。

 このまま忍び寄って――。


「てりゃあぁーーーーッ!」

「!?」


 杖を持ったガキが突然、地面に向けて振り下ろしてきやがった!

 まさかまた察知されたのか!?

 やばい! 追撃がくる!


「マテリ! またどーしたんだ!」

「いる! そこにいるぅーーー!」

「何もいないだ!」


 死ぬ死ぬ死ぬ叩き殺されるぅ!

 というかなんという威力だ!

 叩く度に石畳が破壊されているぞ! 信じられん!

 しかもしつこい!

 今度は木陰に逃げることでようやく諦めてくれたが――。


「惜しいなぁ。どこかなぁー?」


 な、なんだ。

 この私が人間ごときに怖気を感じるとは。

 気のせいか、奴から黒いオーラが立ち昇っている気さえする。

 ゆらりと体を揺らして、あの人間は徘徊を始めた。


「そこかなぁッ!」

「!?」


 街路樹が根元から叩き潰されて倒木した。

 虫はやばい! 早く、早く何かに変わらねば!

 クソッ! なぜ私は逃げている!

 もう正々堂々と姿を現して戦えばいいではないか!

 しかしそれをできない私がいる!

 こんなことは初めてだ!

 こうなったら――


「にゃーん」


 私とてこの世界でもっとも愛されている生物は知っている。

 それは即ち猫だ。

 何かを発見した時、そこに猫がいれば確実にこう言うだろう。


「なんだ、猫か」


 そう、ドワーフのガキの言う通りだ。これでようやく――


「ファイアボォーーーーール!」

「ぐあぁぁああーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 躊躇せずに撃ってきやがった!

 なんだあの人間マジ意味わからんこんなもの納得できるかぁーーーーーーーー!


                * * *


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ミッション達成! リマックマのぬいぐるみを手に入れた!

効果:魔法のコテージに設置することで魔物を寄せ付けない。

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「か、かわいくない!」

「魔除けだなぁ」


 焼かれて死んだのは猫じゃなくて、二頭身のぬいぐるみだった。

 熊のぬいぐるみだけど、牙を剥き出しにして目はカッと見開いている。

 顔だけリアルで、とてもマスコットにはなれそうもない。

 でも効果はなかなかありがたい。

 何せさすがにRPGみたいに一晩は一瞬で終わるってわけにもいかない。

 魔法のコテージで休んでいる時も魔物はお構いなしに襲ってくる。

 その度に起こされるし、機嫌は最悪だった。

 ステータスアップの実一つで機嫌を直せるか。


「で、今の敵って何がしたかったんだろうね」

「おめぇ、よく猫が敵だってわかったなぁ」

「え? 普通わかるよね?」

「いや、わからんって……」


 私以外は誰も気づいてなかった?

 確かに理由を聞かれてもよくわからない。

 あれが敵としか言えず、後は気づいたら本能で動いていた。


「邪悪なるものの気配を察知するとは、さすが聖女様です!」

「そ、そだね」


 王女様を誤解させたままだけど、そんなものよりクリア報酬のほうが大切だ。

 報酬があるなら私は聖女にでも何でもなってやる。

 お次はいよいよアズゼルだ。報酬が私を待っている。

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