1人は2人で2人は1人

「じゃあな」

「……うん、また明日」


 そう言って俺らはそれぞれの家に入った。

 鍵を締めて窓を開ける。

 そして俺は晩飯の準備を始めた。



「――よし、できた」


 俺は味見をして、皿に盛り付ける。

 机の上に、2人前の料理が揃う。

 そして自分の席につく。


「よいしょーっ!」


 窓の外から飛び込んでくる人影。

 それは数時間前に別れた有沙の姿だ。


「お前窓から入ってくるなよ……」

「でも、亜飛夢も窓開けてくれてるじゃん」

「怪我されたらたまらないからな」

「えへへ、そういう優しい所、ボク大好きだよ?」


 普通だったら有沙はこんなことを言わない。

 だが、

 有沙は解離性同一性障害を患っている。

 俗に言う多重人格だ。

 多重人格になる理由としては虐待やトラウマなどが多いらしいが、有沙がなった理由はよくわかっていない。

 気づいたら発症していたというぐらいだ。


「ねーねー、今日の晩ごはん何?」

「ん? スイス風シュニッツェルとビュンドナーゲルシュテンズッペ」

「えと、シュニッツェルと……?」

「ビュンドナーゲルシュテンズッペ。簡単に言うと大麦のスープだよ」

「なるほどー、じゃあいただきます!」

「いただきます」


 ビュンドナーゲルシュテンズッペはスイスの郷土料理。

 グラウビュンデン州の大麦のスープと言う意味らしい。

 大麦とドライビーフが入っているのが特徴。

 シュニッツェルはドイツ料理だけどグリエールチーズを使ってスイス風に仕上げた。


「んー、美味しいー! 亜飛夢もよくこんな料理知ってるね!」

「本で読んだ」

「そっかー。おかわり!」

「自分で入れろ」

「チェーッ、ケチ」


 文句を言いながら自分で入れにいく有沙。

 こっちの有紗は活発な性格をしているが、元の有沙はおとなしい性格をしている。

 何も言わず食べ勧めていくような性格だ。


「ねぇー、亜飛夢」

「何だ?」

「好きだよ」

「……そうか」


 ――こんな風に……好意を伝えるような性格でもない。


「ぶぅー、そこは『俺も……好きだよ』っていうところでしょー」

「別にいいだろうが」

「ぶぅー」


 有沙は頬を膨らませている。

 あざとい感じはあるが、これは演技ではなく素の状態だ。


「ほら、早く食わないと冷めるぞ」

「そうだね、いただきまーす」




「上がったよー」

「ああ」


 有沙と入れ替わりに風呂に入る。

 有沙とは別に同棲してるわけではないが、もはや同棲してるようなものだ。

 有沙の親にも公認されているし、むしろ歓迎されていたりする。

 有沙の家族とは昔から仲が良くて、有沙が小さい頃から一緒に遊んでいた。


「……そろそろ出るか」


 自他ともに認める烏の行水の俺はすぐに上がる。

 するとそこにはパジャマ姿の有沙がいた。

 髪はまだ濡れていて、少し火照った顔が妙に色っぽい。


「……あんまりジロジロ見ないで」

「あ、悪い……って元に戻ったか」

「……元に戻ったって……何?」

「いや別に」


 どうやら元の人格に戻ったらしい。

 人格の変わるタイミングというのもよくわかってない。

 というか有沙は自分が多重人格だということもわかっていない。


「……なんでココにいるかわからないけど、私帰るね」

「おう、おやすみ」

「……おやすみ」


 そう言って有沙は玄関に向かった。

 ……俺は、こっちの有紗が好きだ。

 昔からずっと一緒にいる、大事な幼馴染の有紗のほうが。


「……ねえ、私の靴どこ?」


 ……そういえば窓から飛び込んできたから靴はいてきてないじゃん!


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設定


・亜飛夢は料理が好き。

・有沙は亜飛夢に好きと伝えられない自分が嫌いでもう一つの感情を作った。

・結局、亜飛夢のサンダルで家に帰った。

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