第56話 スラム街の子供

 「黒の女魔道師殿。街の衛士達を賊の引き取りに向かわせた。これで宜しいかな?」


 「カロリング伯爵。それで結構よ。

 彼等の動機は報告した通りだけれど、剣聖ロベール殿が調べた内容を、ご自身で再検証すれば宜しいでしょう。」


 俺は今、ベル・フィンウェルさんと一緒に、イースとコロンを連れて副都カムランの執政院に来ていた。もちろんゴンも一緒だ。


 現在の副都カムランは、封建領主の統治下ではなく、国王に任命された3人の執政官による合議制で運営されているそうだ。


 「さて、黒の女魔道師殿よ。私の治める街で、まさか貴殿の宿が賊に襲われる事があろうとは。全くもって面目ない。陛下に叱られてしまいますな。」


 彼女はそれを聞き流した。


 「賊は皆王国西域から流入した者達。そしてこのカムラン周辺の東域は、塩不足も相まって治安に乱れが散見されます。どうかお気をつけになって、カロリング伯爵。」


 「はっ。御助言ありがたく承りました。」


 伯爵は俺の事を気にしながら、ベル・フィンウェルさんに一礼した。


 俺は軍人なので、出来る限り政治の世界には関わりたくないのだが・・・


 「伯爵。それではこれにてお暇させて頂きます。」


 「なんのおもてなしも出来ず。失礼致しました。改めて夕食に招待させて頂きたい。」


 そして俺たちは、カロリング伯爵の執務室を出た。


▽▽▽


 執政院の建物を出て、俺たちはJLTVに乗り込んだ。

 街中で、白昼堂々“守人”みたいな化け物に襲われたんだ、最早出し惜しみなんてしてられない。

 IED爆弾や至近距離での榴弾砲の爆発に耐えられる設計になってるJLTVだ!守人の剣でJLTVの装甲が切れるものなら切ってみやがれぃ!


 上空ではPumaIVがしっかり哨戒している。


 車を出した後、運転席の後ろに座ったベル・フィンウェルさんに話しかけた。

 

 「でも、宜しかったんですか?

 賊達は皆同じ答えしか回答しないと伝えなくて。尤も俺にはその“精神支配”ってのがよく分からないのですが。」


 「捕らえた18人が皆昨日の午後に街に到着して、同じく裏道で犯行を持ちかけられたなんてあり得ますでしょうか?

 しかも、一言一句同じセリフ。

 皆何者かに意図的に記憶を植え付けられたのです。

 それを行うのか“精神支配の魔法”なのです。」


 魔法ですか。さっぱり分からん。


 「ところで、コロンとイース。これからちょっと治安の悪い所へ行くから、警戒よろしくな!

 それと、ベル・フィンウェルさん。この車はディーンやワルレンの剣戟位ではビクともしない程頑丈ですから、ご安心下さい。

 尤も剣聖様だったらどうかはやって見ないと分かりませんが。」


 「ダイチ。何でフィンおばさんにだけは、そんなに優しいんだ?ボクへの態度と全然違うんだけど!」


 「イースもコロンもこの車に慣れてるだろう?それに引き換えベル・フィンウェルさんはこれに初めて乗ったんだ。気を使うのは当たり前じゃないか!」


 「なーんか、腑に落ちないなぁー!

 やっぱり、おっぱいか?おっぱ・・・」


 「ちょー、ちょちょ!イース!何言ってんだ!

 いいか、イースとコロンは俺の仲間!パートナーだ!相棒だ!

 相棒!警戒任せたぞ!」


 「へへへっ!任された!相棒!」


 チョロくて助かったよ。


▽▽▽


 30分程JLTVを走らせると、カムランの街の東の端にある城壁に隣接したスラムに到着した。


 スラムの中をゆっくり進んで、道端でぼーっと座っている男の子の前にJLTVを停車した。


 「よう、坊主。お前達のリーダーに話があるんだ。連れて来てくれ。これは駄賃だ。」


 車から降りて、座っている“見張り”の男の子に銅貨1枚と棒付きキャンディーを渡した。


 男の子は素早くそれを引ったくって、バラックの中に駆け込んで行った。


 「ダイチ、大丈夫?あの子戻って来ないんじゃ?」


 ヘッドセットにイースの声が聞こえて来た。JLTVの中の3人もヘッドセットを付けて、俺の会話を聞いている。


 「いいや、大丈夫さ。ほら、もう戻って来たぞ。」


 先程の男の子が、ボサボサ髪の男の子を連れてきた。

 その子の後ろには、小さな女の子が後をついて来ており、その女の子はさっきの棒付きキャンディーを舐めていた。


 よし!コイツらは自分より弱い者に物資を優先させる良心がある。

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