第23話 逃亡者

◇◆◇


 北方の赤竜山脈と東方にあるカラト山脈に囲まれた広大なオルレバン大森林。

 別名原初の大森林とも呼ばれており、その巨大樹の森は有史以来人の手が入ることを頑なに拒み続け、その中心部に至った人間はいないと言われている。


 西方の嵐の海からの湿った偏西風が東方のカラト山脈で遮られ、それによってもたらせた豊富な雨量が、長い歳月を掛けてこの広大なオルレバン大森林を形作った。

 それ故にオルレバン大森林には、カラト山脈を源とする幾筋もの川が流れていた。


 オルレバン大森林を流れる名もない川の岸辺に、5人の大人と1人の子供が焚火を囲んでいた。


 「御師様が指定されたこの待ち合わせの地で、待つこと5日目が暮れてしまったな・・・」


 顔中モジャモジャの赤髭で覆われた大男がそう言って、太い薪を斧で割って焚火に焚べた。バトルアクスが手斧に見える。


 「御師様がここで待てと仰ったんだ。あと幾日でも待たねばならんさ。

 なーに御師様の事だ、きっと上手くバウドを天空桟道に誘い込んで追い詰めているさ。

 それよりも、なんだディーン、もう待つことに飽きてしまったのかい?

 なら、この賽で相手しようか?ん?」


 焚火の火を見ながら短剣の手入れをしていた人目を惹く大きな鉤鼻の小男が、嬉しそうにローブの懐から賽を取り出して言った。


 「ふん、ロイタール。このコソ泥め!誰がお前さんなんかのイカサマ賽で勝負などするものか!」


 ディーンと呼ばれた赤髭の大男は、鼻を鳴らして鉤鼻の小男をにらんだ。


 「確かに、止めるのが分別というものである。ディーン殿。

 貴殿は既に、世の金貨を収集すると言うアルナルソンの民の原初の欲求に従ったロイタール殿に、十二分に貢献しておられる。」


 古めかしい言い回しで鉤鼻の小男を揶揄ったのは、青銅の胸当てを身に付けた栗色の髪の偉丈夫だった。


 「全部だ、ワルレン。世の中の金貨全部だ。我らアルナルソンの民が求めて止まない物はな。」


 鉤鼻の小男は、ニヤリと笑って栗色の髪の偉丈夫にそう言った。


 「どうぞご随意に。」


 栗色の髪のワルレンはそう言って肩をすくめた。


 「ロイタール達アルナルソン人が集めた金貨をディーン達シンクヴェトリル人が強奪し、ワルレン達ザンベルダン人がシンクヴェトリル人をブン殴る。

 そしてまたアルナルソン人がザンベルダン人から金貨を巻き上げる。


 一体君達は何百年同じ事を繰り返してるんだい?


 元を辿れば皆同じ民族だろうに・・・」


 ハーブティーの入った木製のマグカップを手に持ったエルフの男が、いかにも納得できないと言うように頭を振りながら呟いた。


 「ノルダートのエルドリンクよ。それが西方3公国の民のお気に入りの娯楽なのだから、他所の民がとやかく言う事では無いわ。たとえそれが何百年と続く愚かで野蛮な娯楽であったとしてもね。」


 そう言ってエルフの男を嗜めたのは、美しく艶やかな黒髪を腰まで伸ばした絶世の美貌の女性だった。

 その美貌の女性は、短い銀髪の子供を膝枕していた。


 「深淵なる叡智を求めるベル・フィンウェルにとって、我らの愚行はその様に目に映るやもしれませぬが、当の我らにとっては古き血のなせる技。

 まあ、伝統的民族的習慣みたいなものなのですよ。マイレディー。」


 ロイタールはおどけてベル・フィンウェルに頭を下げた。


 「ロイタール。あなたのその軽薄な仮面が擬態である事は分かっております。ですが、その軽薄な擬態のせいで、いつか手痛いしっぺ返しがあなたに訪れる事になるでしょう。」


 ベル・フィンウェルは真剣な眼差しを鉤鼻の小男に向けてそう警告した。


 「レディー、わた・・・」


 その時河岸の巨木の幹に括り付けた小さな鈴か鳴った。


 ベル・フィンウェルはその麗美な額に指を当てて集中し、突然森の一角を指差した。


 「こちらの方向から、12・3の敵意ある何かが接近して来ます。」


 焚火の周りにいた男達は黙って腰の剣を引き抜き、小男のロイタールは素早く焚火に川砂をかけて火を消した。


 「イース起きなさい。イース。敵です!」


 ベル・フィンウェルはそう言って膝枕していた子供を揺り起こした。





 

 


 


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