第27話 クレイーノ・ローゼンベルグ⑤
エリックの言葉で、食堂の騒ぎに集まっていた野次馬たちも、一瞬全員が黙り込んでしまう。
ジョンやアルジーノたちも、エリックが勢いで放ったであろうその言葉に、驚きを隠しえなかった。
「『決闘』……? くくっ……あははははは!」
エリックの言葉に、クレイーノと彼の取り巻きは大笑いを始める。
「ついに気が触れたか? 『決闘』でこの私に勝てると思っているのか?」
野次馬の生徒たちは『決闘』という言葉を聞いて次第にざわつきだしていた。
学内でも『決闘』は滅多に行われることではなく、新入生たちであればそれを見た経験がある者は少ない。
「エリック、確かに私が軽はずみに『決闘』とは言ったけど、それはあくまで選択肢の一つで……」
「いえ、もう決めたんです。僕がどれだけ痛めつけられようと構いませんでしたが、兄が傷つくのは許せない……。これまでの痛みを知っているからこそ、兄がそれを受けることが耐えられない……」
ミアの言葉を遮ったエリックの目は、昨日部活で暴行を受けていた時とは違い怒りに満ちている。
「で、でも、『決闘』は……」
ミアがエリックの肩に手を置いて彼の説得をしてると、クレイーノがゆっくりと近づいてきた。
「『決闘』をして、お前は何を望むんだ?」
「今後、兄さんや僕に……一切の手出しをさせない! こんなこと、許されていいはずがない!」
「おかしいなぁ? 先に手を出してきたのは、お前の兄の方なんだが……まるで俺たちが悪者みたいな口ぶりじゃないか」
クレイーノは食堂にいる他の生徒たちにわざと聞こえるような大声で話す。
昨日、作戦会議でクレイーノに先に手を出してしまうと不利になることを話していたのは、こういった状況に落とし込まれてしまうからである。
弟を想ったモビーの行動は勇敢ではあったが、今回に限っては軽率だったと言わざるを得ない。
「『一切手出しをさせない』……? そもそもお前たちが手を出さなければいい話なんじゃないのか?」
クレイーノは、昨日部活の休憩中にエリックに暴行を加えていたことなど棚に上げ、モビーが先に手を出したことに周囲の生徒の注目を集めさせている。
このままでは、『決闘』を受けてもらえないどころか、クレイーノの思い通りにモビーが悪者になってしまう。
「それに、俺がこの『決闘』を受ける理由がどこにある? 俺が欲するようなものを、お前が報酬として提示できるのか?」
「それは……」
エリックもミアも、目の前で見下してくるクレイーノに対して言い返すことができない。
彼の言うように、そもそもこの『決闘』はクレイーノが一方的に不利な条件になってしまっている――『決闘』とは本来、互いに提示した報酬に双方が合意した上で初めて実施されるものであるため、クレイーノが同意する理由は現状どこにもない。
今、クレイーノが『決闘』を受けてもいいと思うだけの報酬を、その場にいる全員が提示できない状態であった。
「ほらどうした? 自分から啖呵を切っておいて、もうおしまいか?」
クレイーノに煽られたミアとエリックは、共に歯を食いしばっていたが、この状況を打開する術は思いつかない。
その時――
「おい、アル……お前がどうして割り込んでくる?」
エリックとクレイーノの間に、突然アルジーノが立ち塞がる。
昨日の会議の様子からも、アルジーノはエリックに対して冷たい態度であったため、意外な彼の行動にミアも驚いていた。
「この『決闘』……受けてもらう」
アルジーノが一言そういうと、クレイーノはそれを鼻で笑う。
「さっきも言ったろう? 俺にこれを受ける理由など……」
「あんたがエリックに勝ったら、
「なに……?」
エリックとミア、そしてジョンも、意味が分からずただアルジーノを見つめており、それはそこに集まった全生徒が同じだった。
しかし、しばし考えたクレイーノはその言葉の意味を理解する。
「まさか……」
「この『決闘』……」
アルジーノは一度大きく息を吸いクレイーノに言い放つ。
「あんたが勝った時の報酬は、『アルジーノ・ローゼンベルグの秘密』だ――」
アルジーノの言葉は食堂の全体に響き渡り、先ほどエリックが『決闘』を申し込んだ時と同じような沈黙が訪れる。
最初にそれを破ったのは、クレイーノの取り巻きの笑い声だった。
「おいおい、何言ってんだこいつ!」
「自分の弟の秘密って……クレイーノ様がそんなもんのために『決闘』を受けるわけねぇだろ!」
彼の取り巻きの表情に対して、クレイーノの顔は実に真剣だった。
それと同じように、話を聞いていたジョンや食堂に居合わせた同級生たちは、彼の言葉の意味と、その意図を理解しているようだった。
「ローゼンベルグの秘密……間違いなく、『どうやって魔法を使えるようになったか』ってことだ……!」
「それも、五年で魔法科トップの兄貴をぶっ飛ばせるだけの強さを急に身につけた、その方法……」
「クレイーノ・ローゼンベルグって、剣術の成績はすげぇけど、魔法はいまいちなんだろ? 確かそのせいで騎士科のトップには絶対なれないとか……」
「あぁ――。つまり……」
――クレイーノ・ローゼンベルグは、弟が強力な魔法を使えるようになった方法を知りたがっている可能性が高い……!
四年生以外の学年も、『美術室爆破事件の救世主』としてアルジーノのことを認識してはいたが、彼がそれまで魔法を一切使うことができなかったという情報を知っている者はそれほど多くない。
クレイーノの取り巻きもそれを知らなかった生徒であるためアルジーノの発言を笑って聞いていたが、野次馬の中にいる事情を知る生徒たちは固唾をのんでクレイーノの返事を見守っている。
「へぇ……昨日の朝は答える義務などないと言ったのに、こんなことで教えてしまっていいのか……?」
クレイーノも弟の発言の意図を理解しており、屋敷の前で弟に詰め寄った時のことを引き合いに出す。
表情も変えず黙ったままの弟にクレイーノは続ける。
「そもそも、この『決闘』はお前自身がするものじゃない――戦うのは、そこの落ちこぼれだ。関係のない奴が負けて、自分の秘密をバラされても良いってのか?」
クレイーノが顎でエリックを指し示すと、彼は力強くクレイーノを睨み返した――アルジーノも、兄を睨みつけたまま一切視線を逸らさない。
そんな二人を見たクレイーノは、呆れたように笑った。
「いいだろう――その『決闘』、受けてやる。日時は、明後日の授業終了後すぐだ。場所は追って決めよう」
クレイーノの言葉に、エリックが大きく息を吸い込んで答える。
「分かりました。絶対に……負けません」
「こちらの台詞だ。それじゃあアル――明後日まで、楽しみにしてるよ」
そう言ってクレイーノがその場を去るのを、取り巻きたちが納得いかないといった表情で付いていく。
彼らには、どうしてクレイーノが『決闘』を受けたのか、理解できないのだろう。
そして、彼らが去った途端、食堂が大騒ぎになり、モビーやエリックの友人が彼らのところへ駆け寄ってくる。
「大丈夫かお前ら……てか『決闘』って! 大事になりすぎだろ!」
「しかも明後日だぁ!? もっと準備期間があっても良かったんじゃ……」
エリックの友人の言葉にミアもハッとする――『決闘』を言い出したのは自分だが、エリックをどうやって勝たせるかまでは考えられていなかった。
しかし、『決闘』の相手がアルジーノであったなら、そもそも向こうが受けてくれていなかったかもしれないと思うと、この状況に持ち込むことができる人物はエリック以外にはいなかったのかもしれない。
――それにしても……
ミアも、アルジーノが口にした
――確かにアルは、どうやって魔法を使えるようになったの……?
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