第28話 クレイーノ・ローゼンベルグ⑥

「なるほどぉ、ここが皆さんの行きつけなんですね」


 博士の家にやってきたエリックは、感心したように壁やら天井やらの木目を見回している。


 明後日に迫っているクレイーノとの『決闘』に向けて、ミアたちはエリックとモビーを研究室に連れてきていた。


「なんでこいつらも呼ぶ必要があったんだよ……」


 いつものソファに座りながら、アルジーノが愚痴を洩らす。


「しょうがないでしょー、時間がないんだから。みんなで作戦考えないといけないし。ほら、あんたどきなさいよ、二人に座ってもらうから」


「はぁ? ここは俺の席だ……っておい!」


 ソファに座ったアルジーノの腕をミアが強引に引っ張り、空いたソファにモビーとエリックを座らせる。


 思いの外ミアの掴む力が強く痛かったので、アルジーノは思わず前腕をさする。


「だいだい、研究室で何を対策しようってんだよ」


 呆れ切ったアルジーノの言葉に、腕を組んだミアが思いの外真剣に答える。


「『決闘』においては基本的にどんなものでも持ち込んで大丈夫だけど、学生の私たちに手に入れられるものは限られてるわ。市販品の魔道具なんて、どれもおもちゃみたいなものだもの。過去に爆弾を持ち込んだ生徒なんかは、市販品を集めて自作したものだったんだと思うわ」


「おいおい……まさか自作しようってのか? それでここに?」


「えぇ。博士も承諾済みよ」


「なんなりと、ミアお嬢様」


「いつの間に……」


 呆れているアルジーノに対して、ジョンはわくわくしたように博士の隣に立っている。


 相変わらずソファ以外に座るところがないので、客を座らせた三人は立ったまま話を進めることになった。


「さて、問題はどうやってあの先輩に勝つかだけど――エリック、あなた魔法と剣術ならどちらが得意なの?」


「その二つなら、やっぱり剣術ですかねぇ……」


 エリックが縮こまりながら答えると、すかさずモビーが補足する。


「こいつ、一応三年生の中だと剣術の腕は上位に入るんだ」


「そう。なら、『決闘』での戦闘も剣術を軸として考えるべきね」


「いや、でも先輩は剣術だけなら六年でトップクラスなんだろ? 多少苦手でも、魔法で戦う方が有利に立ち回れるんじゃないのか?」


 話を聞いていたジョンの提案に対して、ミアは首を振る。


「相手も本気で挑んでくる以上、使い慣れていない魔法を軸に戦おうとするのは危険だわ。自分の得意なものに少しの工夫を入れて立ち回るのが無難だと思う」


――随分知ったような口を聞くな、とアルジーノは思っていた。


「その点でいえば、剣術に魔法を組み合わせるっていうのは工夫の一つにはなってくると思うけど……」


「すみません……剣術の足しになるほどの強力な魔法は使いこなせなくて……」


 エリックが申し訳なさそうに頭を掻いている。


「じゃあ、やっぱり何かしらの魔道具で相手の隙を作りだすしかないわね……そこで――」


 ミアはそう言って博士の発明品が大量にしまわれている部屋へ姿を消すと、中から黒板を引きずり出してきた。


「いや、え? こんなの元々持ってたっけ?」


 研究室に入り浸っているアルジーノも目にしたことがないものだったため、思わず博士に尋ねる。


「いや、持ってなかったんじゃが、ミアちゃんがどうしても欲しいというんでな、新しく買ったんじゃよ」


「いやいや、まず椅子を増やしてくれよ!」


 アルジーノの文句などまるで聞こえていないかのように、ミアは黒板を裏返す――そこには既に、何なのかよく分からない図がチョークで描かれていた。


「昨日皆が帰った後、博士の家にちょっとだけ立ち寄って、二人で『決闘』で使える魔道具について考えていたの」


「え、そうだったの?」


 声を上げたのこそジョンだけだったが、アルジーノやテンダー兄弟も彼女の行動に驚きを隠せずにいた。


 先日まで家に帰るのが遅くて父親に叱られていた優等生とは思えない行動力だ。


「それで、前に博士が作っていた『魔力目覚まし時計』の改良品を応用すれば、もしかしたら、相手の隙を作り出せるかもしれないって博士が言ってくれたのよ」


 ミアの言葉に、博士が誇らしげに笑いながら、『魔力目覚まし時計』をソファの前に置いてある机に出してきた。


 以前アルジーノが見せてもらったものと見かけはほとんど同じで、時計の上に逆さ振り子になった鳥の首が付いている――しかし、振り子の視点の部分に、見慣れない部品があることにアルジーノは気づいた。


「これ……前は付いてなかった気がするが……」


「そうじゃ、そこが『魔力目覚まし時計・改』の違いじゃよ。その部品には、マジシウムという物質が入っておっての。魔力を注ぐと強烈に光りだして、思わず目が覚めてしまうという代物じゃ」


「いや、結局寝ている間に魔力は注入できないっていう問題は解決してないんじゃ……」


「ほっほっほ。流石はアル、鋭いのぉ」


――相変わらずのポンコツ発明だな……、とアルジーノが思っていると、博士がもう一つ、謎の球体を取り出した。


「昨日ミアに、それを用いた別の発明を作ってほしいと頼まれてのぉ。出来上がったのがこれじゃ」


 博士が持っている球体は黒板に描かれたラフスケッチによく似ていた。


「博士……! もう完成しているなんて、流石ね」


 ミアに褒められて得意げな博士は持っていたものを彼女に渡す。


 それを注意深く見たミアは、満足したように頷いて全員に見えるようにそれを目覚まし時計の隣に置く。


「このボール……名付けて、『瞬発式魔力閃光弾・其之壱そのいち』――別名『ピカッとボンバー・バージョンワン』よ!」


 腕を組んで誇らしげに笑うミアを、全員が口を開けて見つめてしまう。


「……ま、まぁ、名前はそれでいいとして……」


 我に返ったジョンはミアが置いたものを手に取り、それを注意深く眺める。


 恐らく市販品であろう透明なプラスチックボールに穴が開けられており、中には先ほど目覚まし時計の横に付いていたマジシウムという物質と同じ色の小さな球状の物体がいくつも入っている。


さらに、ボールからは円柱状の銀色の棒が伸びており、テープで雑に固定されている――どうやら強く押し込むと、棒はボールの中に入れることができそうだ。


「気を付けて触ってよ? 『充魔材』が中に落ちると、貯め込んだ魔力とマジシウムが反応して、途端に光り出すようになっているから」


「じゅうまざい……? これのことか……」


 そう言ってジョンが銀色の棒に触れると、雑に止められていたテープが剥がれ、そのままボールの中へ落ちてしまった。


――あっ、とジョンが口に出すとほぼ同時に、ボールの中にあったマジシウムが恐ろしいほどの光を放った。


「うわっ!」


――ブシュー、という音とともに、研究室の中を直視できないほどの強い光が包み込む。


 ほんの数秒の間だったが全員が思わず目を覆い、音がやんだと思い再びジョンの手にあったボールに目をやると、その内面にはマジシウムが反応することで生成されたのであろう灰色の粉がこびりついていた。


 少しの間全員が沈黙していたが、ジョンが興奮しながら声を上げた。


「すげぇなこれ! こんなの何も知らずに食らったら戦闘どころじゃなくなっちまう!」


「その通り――『決闘』の最中にこれを作動させて、眩しさで目を覆って身動きが取れない隙に先輩を戦闘不能にしてしまえばこちらのものよ」


――すごい、とエリックとモビーも思わず呟いてしまう。


 確かにこれが決まれば、絶望的と思われていたクレイーノとの『決闘』にも希望が見えてくる。


「とりあえず、明日一日これを使うタイミングの練習をして、明後日の本番に臨みましょう。時間もないから、他の手段を考えている余裕もないし、いいわね?」


 ミアの言葉にジョンとエリックは大きく頷くと、博士に新しい閃光弾をいくつか作ってほしいと話し始めた。


 そんな三人を見ながら、モビーは自分の隣に立っているアルジーノに独り言のように呟く。


「ミアって、優等生なイメージだったんだけどなぁ……。あんな危険なおもちゃを平気で作っちゃうなんて……」


 モビーの言葉を、アルジーノは訂正する。


「勉強ができるからこそ為せる技なんだから、そこは誇っていいんじゃないか? むしろ一番問題なのは、あいつも博士みたく、発明品にドヤ顔でくそだせぇ名前つけるような人間だったってとこだ」

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