第26話 クレイーノ・ローゼンベルグ④

――『決闘』……てなんだ?


 初めて聞く言葉に、アルジーノとジョンはただミアの顔を見つめることしかできない。


 ミアの発言を理解したモビーとエリックがすぐさま彼女の意見を否定する。


「そんな、決闘で勝とうなんて、とても無理ですよ!」


「そうだミア。そもそも、先輩が受けてくれるわけが……」


 ジョンとアルジーノが完全に置いてきぼりにされていることを察したミアが、二人に対して説明する。


「『決闘』っていうのは、この学園に昔からある伝統的な制度の一つなの。元々は騎士科でだけ使われていたものみたいだけど……」


 ミアの説明によれば、日時、および勝敗による報酬または罰を決めた生徒同士が、一対一で戦闘を行うというものらしい。


――物騒な制度だな、と思いながらジョンとアルジーノが話を聞いているとそれは本当に物騒で、教師立ち合いの下、『殺さない限りは何でもあり』の戦闘が行われるということらしい。


 勝敗は、相手を戦闘不能にするか、降参をさせることで決するとのことだ。


「もちろん、『決闘』に参加する人は剣でも杖でもその他の魔道具でも、何でも持ち込んで問題ないわ。昔爆弾を持ち込んだなんて話もあったみたいよ」


「ば、爆弾!? それ本当に死人がでちゃったらどうするのさ……」


 ジョンの心配はもっともである。いくら教師が立ち会っているからと言って、そんなルール無用の戦いで死者が出てしまうことは容易に想像できる。


「その場合は、殺すほどの攻撃をしてしまった方の負け。そういう時に備えて、『決闘』を行う生徒二人は必ず『自動治癒機オートヒーラー』を身につけるの」


――『自動治癒機オートヒーラー』とは……、とジョンとアルジーノがまた怪訝そうな顔をするので、モビーがすかさず補足する。


「それを持っていれば、致命傷を受けた際に自動的に『障壁バリア』と『治癒ヒール』が発動して、死亡することを防いでくれるんだ。もちろん、攻撃を受けた痛みは感じるがな」


「ひ、ひえぇ、恐ろしい話だな……」


「そうね。でも、これが一番分かりやすい気がするわ。先輩と一対一の勝負に持ち込めれば彼の仲間の援護もないし、勝てれば学園が直々に彼の横暴を止めてくれるようになる方法だから」


 そう言われると、正解とは言えないが意味のある選択肢のように思えてくる。


「こちらの勝利報酬は、そうねぇ……たとえば、『クレイーノ・ローゼンベルグは今後エリック・テンダーと一切関わらないこと』とかにしておけば、少なくとも学園内ではあの人に好き勝手されることはなくなるはずよ」


「それ、勝算があって言ってんのかよ」


 口を挟んだのはアルジーノだった。


 一対一で戦闘を行うのであれば、誰かがクレイーノと戦う必要があるということだ。


 父のベイターノに鍛えられ、騎士を目指している兄弟たちの剣技は実に優れており、その中でもトップクラスの実力を誇るクレイーノを倒すのは容易なことではない。


「それは……これから考えるわよ。一瞬でも彼の隙をついて、一撃で仕留めるような作戦が必要だろうけど……」


「仮にそれが考えられたとして、誰がクレイ兄と決闘に参加するんだよ」


「それは……」


 ミアは咄嗟にエリックを見る。


「え……えぇ!? ぼ、僕ですか!?」


「まぁ、一応エリック自身の問題だからなぁこれは」


 ジョンの言葉にミアも頷いている。


「いや、決闘で勝てるんだったらそもそも暴力の対象になんかなってないですよ……」


――そりゃそうだ、とアルジーノが思っていると、ミアがとんでもないことを言い出す。


「じゃあ、アル――あなたがやってみたら?」


「はい……?」


「お兄さんの戦い方や特徴はあなたが一番よく知っているでしょ? それに、キングーノ先輩を倒した時の魔法は、他の上級生に対して十分通用する威力だったと思うわ」


――そうか、と納得したようにモビーとエリックの兄弟は目を輝かせてアルジーノを見る。


 こうして普通に話しているので忘れてしまっていたが、彼は美術室爆破事件の救世主である――魔法科に成績トップで進級したキングーノ・ローゼンベルグを倒した人物であれば、魔法の実力は折り紙付きといっていい。


「なんで俺がよく知りもしない後輩のために戦わないといけないんだよ」


「あら……クレイーノというお兄さんには、個人的な恨みはそれほど持っていないのかしら?」


「ぐっ……」


 ミアや彼女の父の前で、美術室の一件は個人的恨みを晴らすことが目的だったと話してしまったことをアルジーノは後悔する。


 その場にいなかったモビーやエリックがいる前でそういう話をされるのは、いい気分ではなかった。


「……それとこれとは話が別だろ。 自分の問題は、自分で解決しろよ」


 アルジーノが横目でエリックを見ながら言うと、彼は小さく縮こまってしまう。


 先ほど彼自身も言っていたが、それが出来ていないからこんな事態になっているのだ。


「ま、あんまり遅くなっても家族が心配するから、今日はこの辺にしておきましょう。 とりあえず、私はどうやって『決闘』で彼に勝つか考えておくから、アル、あなたもお兄さんと戦う覚悟決めておきなさい」


「いや、どんだけ考える時間もらってもやらねぇぞ!」


 アルジーノの言葉を無視するように、会議は一旦解散となった。


 他の三人を見送った後、ジョンと別れてアルジーノも家に帰ろうとすると、彼に呼び止められる。


「『決闘』の話、受けてやってもいいんじゃねぇの? 今までお兄さんに散々やられた仕返しもできるし、エリックの問題もついでに解決されるわけだしさ」


「ばか。 ミアの話が本当なら、決闘ってのは学園全体に関わる話なんだろ? そんなことしたら、また学園で名前が広まっちまう」


「爆破事件の救世主様が、今更何言ってんだか」


 呆れたジョンに別れを告げ、アルジーノは自宅へと足を向けるのだった。






 翌日、事件は昼休みに起きた。


「おいおい、なんだお前は」


「これ以上、弟に手を出すなって言ってんだ!」


 男子生徒が大きな声を上げており、食堂が騒がしくなっている。


「なんだ?」


 いつものように列に並んでいたジョンとアルジーノが声のした方を見ると、なんとそこには、モビーとクレイーノが立っている。


 クレイーノの周りにはいつものように彼の取り巻きがおり、そのうちの一人がモビーに歩み寄る。


「おい貴様、クレイーノ様にそんな態度をとっていいと思ってるのか?」


「そっちこそ、ちょっと剣の腕があるからって、後輩に乱暴をしていいと思ってるのか……? 弟に謝れ!」


 そう言ってモビーは、取り巻きの腹部に膝蹴りを食らわした。


「おいおい、まずいぞあれ……!」


 そう言ってジョンがモビーのところへ駆け出したので、ため息を吐いたアルジーノも付いていく。


 その間に、モビーに殴られたクレイーノの取り巻きがニタリと笑う。


「殴ったなぁ? これで先に手を出したのはそっちだ……!」


 そう言うと、彼はモビーの膝蹴りなどまるで効いていないかのように、モビーの腹部へ仕返しのパンチを繰り出す。


「ごふっ……」


 かなり重い一撃だったのか、モビーが床に肘をついて倒れ込む。


 そこに、昨日作戦会議に参加していた四人がほぼ同時に駆け付けた。


「兄さん!」


 エリックが咄嗟にモビーへ駆け寄り、うずくまった彼の背中に手を当てる。


 ジョンとアルジーノも駆けつけると、いつの間にか隣にミアも立っていた。


「ちょっと! 何してるのよ!」


「何してるかって? 急にこいつが絡んできたかと思えば、俺の仲間に暴力を振るったんだ」


 そう言いながらクレイーノはモビーにゆっくりと近づき、倒れ込む彼の左手首を力強く踏みつける。


「ぐあ!」


「先に手を出されたから、仲間は仕方なくやり返した……そうしなきゃ、もっと殴られてたかもしれないからなぁ」


 それを聞いた彼の取り巻きが、後ろでくすくすと笑っている。


 こうやって、敵に先制攻撃されたことを理由に、最終的にはその生徒が悪い事に仕立て上げるのだろう。


 学園が自分たちのことを重く罰することができないことを分かったうえでの犯行だ。


「エリック、こいつはお前の兄貴だったか。じゃあ、これからはお兄さんにも躾が必要かもしれないなぁ」


 クレイーノがモビーの手首を踏みにじりながら笑う。


「あんたたち……これ以上ふざけたことを……!」


「ふざけるな!」


 ミアが怒りのあまり咄嗟にクレイーノの前に飛び出したが、彼女の言葉をエリックが遮った。


 昨日の会議の様子からは想像できないほどの大声だったため、その場にいた全員が一瞬黙り込んでしまう。


「兄さんを……僕と同じ目に遭わせたりしない……!」


 そう言ったエリックは、兄の手首を踏みつけていたクレイーノの足を力強く振り払うと、立ち上がり彼の顔をまっすぐに睨む。


「おいおい、エリック。まさか、俺に逆らう気か?」


 余裕そうな笑みを浮かべるクレイーノに、エリックは大きく息を吸い込んで宣言した。


「……クレイーノ・ローゼンベルグ。僕はあなたに……『決闘』を申し込む!」

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