第25話 クレイーノ・ローゼンベルグ③

 エリックの部活が終わった後、ジョン、ミア、モビー、エリック、そしてアルジーノの五人で、学園近くの喫茶店で作戦会議をすることとなった。


 基本的に全体の進行はミアが行っており、ジョンに強制的に連れてこられて、納得しないままアルジーノも会議に参加していた。


「エリック、ひとまず、今の状況を」


「あ、うん……」


 兄のモビーに促されエリックが制服のシャツを上げると、ミアとジョンは思わず声を上げてしまう。


 彼の体は大量のあざで青く染まっており、とても痛々しい――これでは、部活動や普段の生活に支障が出ていることだろう。


「これ……! まさか、全部あの人たちに?」


「ローゼンベルグ先輩は、基本的に手を出しません……普段はあの人を慕う先輩たちに暴力を振るわせているんです」


――ひどい、とミアがいうと、納得しないながら座っていたアルジーノも、心の中で強く同意した。


 二つ年上の兄であるクレイーノのアルジーノに対する横暴は、一つ上のキングーノに比べるとまだ寛容だった――これはキングーノが、普段の鬱憤をアルジーノ一人で晴らしていたことが大きかったのかもしれない。


 クレイーノはどうやら、自らのストレスを発散する場所を学園の後輩たちに見出したようで、エリックはその被害を最も受けている生徒の一人のようだ。


「その体の傷と、今日の部活を見れば状況はよくわかったけど、どうして顧問はこんなことを黙認しているの?」


 先輩生徒たちがジョンたちを殴ろうとしていた時、明らかに顧問はその様子を目撃している。

 

 しかし、何事もなかったかのように彼らへ部活動に戻るよう伝えただけだったのだ。


 その理由については、エリックが悔しそうな口調で話し出す。


「昔、先輩のグループと揉め事になった人たちがいたらしくて、結局、先輩たちのグループが相手をボコボコにして倒しちゃったんだ。それを問題だと思った学園は、先輩たちのグループ全員を停学処分にしようとしたらしいんだけど、その中に帝国大臣の息子がいたらしくて……」


「なるほど……権力によって、それはなかったことにされちゃったってことね」


「はい……もちろん、先輩たちも数日停学処分は受けたんですが、大臣の喧嘩両成敗だろうという一言で被害者側の生徒も同じ罰を受けさせられちゃって……。おまけに、それから何週間か学園に対して抗議の電話が殺到したり、あらぬ噂を流されて、学園は散々だったらしいです……」


 確かに、一年ほど前に学園の不祥事に関する情報が新聞に取沙汰されており、校門の前で生徒や教師を待ち伏せした記者がしつこく質問をしてくるという期間があったのを、アルジーノらは思い出していた。


 結果的に情報はデマだったのだが、どうやらあれは息子を停学にされた大臣の腹いせだったということなのだろう。


「だから学園は動かないってわけ? そんな権力に怯えていたんじゃ生徒なんて守れないじゃない」


 ミアが憤慨したように言う――優等生の言うことはいちいちもっともだ。


「それと、先輩に暴力を振るわれた生徒の中にも、やっぱり耐えきれなくなって逆らおうとした人がいたみたいなんだ。過去に二人だけらしいんだけど……」


「いいことだわ。それで?」


「二人とも魔法で先輩に挑んだんですけど、一人は単純に先輩に負けてしまって、それ以降も暴力を振るわれてるって聞いています。もう一人は魔法がそこそこできる人だったんですけど、結局先輩の仲間にもっと強い人がいて、その人に倒されちゃって……」


「学内で魔法を使った喧嘩なんて起こったら、それこそ学園が黙ってなさそうだけど」


 ミアの言葉を聞いてジョンが煽るようにアルジーノの顔を見てきたが、無視してエリックの方を向く――ジーグとの戦闘に関する情報が噂レベルで止まってくれていることで、アルジーノの学園生活はさほど不自由にならずに済んでいるのは間違いない。


 事実を知りながら、それを学園には伝えずに黙っていてくれているミアの父には感謝しなければならない。


「結局、ローゼンベルグ先輩が倒した人については、最初に手を出したのが倒されたその人だったから、先輩には注意だけで特にお咎めもありませんでした。もう一人はそもそも先輩が喧嘩に参加していたわけではないので……」


「なるほど……うまいこと逃げ道を作られてしまったわけね。自分は常に安全なところから攻撃を仕掛けてくるから、これは厄介な相手ねぇ」


 ミアの言葉に、アルジーノがすかさず問いかける。


って、まさか兄上と戦うつもりじゃないだろうな?」


「何言ってるの? 倒して黙らせるに決まってるじゃない――私たち、『正義の味方』よ?」


 そう言ったミアがジョンと目を合わせると、二人は何故か互いにガッツポーズを決めた。


 それを見て苦笑いをしているモビーとエリックの隣で、アルジーノは呆れて大きなため息を吐き、机に額を当てるのだった。






「正面から向かっていったとしても、彼に倒され先に手を出したこちらが悪い事にされて罰を受けてしまう。彼に勝てるような強力な魔法を使ったとしても、さらに強力な魔法を使う彼の仲間に倒されて、結局クレイーノ・ローゼンベルグ自身は何も罰を受けずに終わってしまう……」


 エリックから聞いた話を復唱していたミアは、ある疑問に辿り着いた。


「そもそも、クレイーノ先輩って騎士科でしょ? 魔法を使う相手にはどうやって対抗しているの?」


 アルジーノが返答することもできたが、これにはエリックが答える。


「先輩は、防御魔法である『障壁バリア』と剣術を組み合わせることにとても長けているんです。剣術の腕だけなら、六年生でもトップクラスと言われていますから、そこに魔法が組み合わさると、もう手も足も出ません」


「そんな強力な魔法を持っているなら、どうしてわざわざ彼の仲間が出てくる必要があるの? 自分で倒しちゃえばいいのに」


「それはおそらく……『障壁バリア』に限界があるからです」


「限界……?」


 頷いたエリックが話を続ける。


「これは、あくまで噂ではあるんですけど、先輩はあんまり魔法が得意ではないらしくて、『障壁バリア』で防ぐことができる魔法も、ある程度の火力までに限られているという話を聞いたことがあります」


「魔法が得意じゃない……そうなの?」


 ミアは、今この場にいる全員の中で一番クレイーノの事情に詳しいであろう彼の弟に尋ねる。


「確かにクレイにいは剣術だけなら兄弟の中でもトップレベルだけど、魔法はそれほど優秀じゃない」


――って呼んでるんだ……、とジョンとミアは心の中で意外に思ったが、口に出すと拗ねたアルジーノが話をやめてしまいそうなので黙って話を聞く。


「騎士科でも、強力な魔法を併用できる生徒が成績トップらしいから、キング兄みたいに、同期でトップみたいな成績は難しいみたいだな」


「なるほどねぇ……」


 クレイーノは魔法がそれほど得意ではないこと、そして、アルジーノが嫌っている兄弟を意外にも愛称で呼んでいることに対して頷いたミアは、そこからクレイーノに一杯食わせるための方法を模索する。


「そうね……一つ方法があるとすれば、『決闘』ね」

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