第24話 クレイーノ・ローゼンベルグ②

「おいエリック、お前がミスばっかするせいで練習にならねんだよ」


 三人が校舎の陰に隠れ給水場の様子を覗いていると、エリックが他の部員たちに囲まれて地面に倒れ込んでいた。


 どうやら、モビーの言っていたことは本当だったようだ。


「しかもお前、将来騎士科を志望しているらしいな? だったら騎士科でも成績優秀者であるクレイーノ様に、迷惑かけるべきじゃないことくらい分かるよなぁ?」


 クレイーノの取り巻きがエリックの腹部を蹴飛ばし、彼は痛さで持っていたラケットを落とし、地面にうずくまってしまう。


「俺やアルがジーグにやられていた時もあんな風だったのか……。結構見てらんねぇな」


「実際誰も見ていなかったしな――いや、見てないフリをしていた」


 アルジーノがジーグを火の玉で焼いた日から二週間以上経過しているわけだが、あれ以降ジーグと教室で顔は合わせるものの、以前のように絡んでくることはなくなっていた。


 その間にもアルジーノの名前が学内でも有名になっていったので、さらに手を出しづらくなっているのかもしれない。


「クレイーノ、もうすぐ休憩終わるから戻らねぇと」


 取り巻きにそう言われたクレイーノは、痛む腹部を抑えながらも自らのラケットに手を伸ばすエリックを見下す。


 そして、エリックがラケットを手に取った瞬間、彼の手首を力強く踏みつけた。


「いっ……」


「貴様のような『選ばれていない者』が、気安く騎士科に入ろうなどと考えるな。 騎士の品格が損なわれる……」


 そう言いながらクレイーノはエリックの手首をさらに強く踏みにじる。


 すると、それを見ていたジョンとアルジーノの眼前に、突如ミアが躍り出た。


「あなたたち! やめなさい!」


「いや、ちょっ、ミア……! 何やってんだよ!」


 慌ててジョンがミアの手を引っ張るが、テニス部員たちは全員ミアの方を凝視しているため既に手遅れだった。


「何よ! 黙って見てろって言うの? 『正義の味方』が、聞いて呆れるわね」


「いや、それとこれとは……相手は先輩だし」


「ちょっと、クレイーノ・ローゼンベルグ!」


 ジョンの言葉など無視し、ミアがアルジーノの兄の名前を呼ぶ。


 クレイーノはエリックの手首を踏むのをやめて取り巻きたちの間から顔を出すと、ミアの顔を見て鼻で笑う。


「ふん、何かと思えば、キングーノに襲われた四年のお嬢様じゃないか。流石、優等生はその行動もご立派なことで」


「何が、騎士の品格よ! 後輩に対して暴力を振るうなんて、騎士科にいるあなた自身こそ、その品格を損ねていると気づかないの!?」


「騎士の品格とは、その人物が持つ強さのことだ。弱い者は騎士に非ず、そしてそれを目指すこともおこがましい。己が実力すらも見誤る人間に、騎士を目指すことなどできはしない。その点、お前はまだ賢明だったなぁ? アルジーノ」


 クレイーノはまだ校舎の裏に隠れていたにも関わらずアルジーノの存在に気づいていたようで、名前を呼ばれたアルジーノは大きくため息を吐くと、呆れた表情で姿を現しそのままミアの隣に立った。


「アルジーノ……? まさか、あれがクレイーノ様の弟だという……」


「美術室事件の救世主か……」


 アルジーノの登場で、クレイーノの取り巻きが一斉にざわめきだす。


「……おいおい、すっかり有名人だなお前も」


 ジョンがニヤニヤしながら耳元で囁くので、左手でその顔を押しのける。


「アル……魔法が使えるようになったからと言って、キングーノだけでなく俺に対しても歯向かうつもりか? あまり調子に乗るなら、今までは容認してきたがお前にも躾が必要だな……」


 エリックへの暴行を邪魔した生徒が、弟の取り巻きであることが分かったクレイーノは苛立ちを露にする。


 彼が自らの取り巻きに合図をすると、彼の周りに立っていた六人の男子生徒がゆっくりとアルジーノたちに近づいてくる――体格から見るに、おそらく上級生である。


「他の生徒に対する暴行を、学園が黙っているはずがないわ! ジョン、このことを先生に……」


「――報告すればいいさ。それで解決すると思っているから、優等生は『品格』に欠ける」


 ミアの言葉にクレイーノは全く動じず、三人を見下したかのように言った。


 取り巻きたちとの間合いが詰まってきたところで、校舎の影から別の人物が顔を出した。


「おい! もう練習再開するから戻れ!」


 テニス部の顧問だった。アルジーノたちに今にも殴りかかりそうになっていた先輩たちが、舌打ちをしてコートへ戻っていく。


 あれだけ息巻いておいて、教師から注意を受けると即座に従うのは、何だか不思議な光景だった――ジーグだったら、何も気にせずアルジーノのことを殴っていただろう。


「運が良かったな、アル。今後も痛い目にあいたくなければ、首を突っ込まないことだな。今まで通り、自分の立場を弁えて生きろ」


 そう言ってクレイーノもコートへと戻っていった。


「大丈夫?」


 ミアとジョンは給水所で倒れているエリックのところへ駆け寄ると、彼が立ち上がるのを支えてあげていた。


「あの……ありがとうございました。助けていただいて……」


「いいのよ。私、あなたのお兄さんのクラスメイトで、弟が先輩に乱暴されてるって相談受けて」


「なるほど、そういうことだったんですね。でも、あの、すみません……僕も戻らないと怒られちゃうので……」


 エリックは申し訳なさそうにコートの方を指さし、二人に頭を下げて駆けて行った。


「部活終わったら! お兄さんと一緒に待ってるから!」


 ミアがそういうと、エリックはもう一礼して校舎の影へと消えていった。


 彼の話し方から、きっとエリック・テンダーが素直で優しい人物なのだろうとミアは思った。


 そんな彼を痛めつけていたクレイーノ・ローゼンベルグ――アルジーノからすれば、それはいつもと変わらない彼の姿なのだが、ミアとジョンは彼に対して、静かな怒りを燃やしているのだった。

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