第23話 クレイーノ・ローゼンベルグ①
キングーノ・ローゼンベルグが女子生徒を美術室に監禁し立てこもった事件から、既に二週間が経過しようとしていた。
通常であれば即退学レベルの事件だったところを、被害者であったミア・ワトソンが学園へ退学をさせないよう自ら進言したことで、二週間の停学という形で事件は収まった――ということになっている。
彼女自身に直接的な外傷がなかったこと、加害者であるキングーノの弟が彼女の窮地を救ったこと、そして加害者が十分に反省していることが主な理由だった。
これに対して、騎士団副団長を務めるベイターノ・ローゼンベルグが権力にものを言わせて息子の退学を回避していた――という話や、その他のローゼンベルグ家の人間も学園で不祥事を起こしているがすべて金で解決されている――など、様々な噂や憶測が学園の内外で飛び交った。
そのため、ローゼンベルグ家に対する世間の評価は以前と比較して着実に落ちている。
今、学園へ登校しようとローゼンベルグ家の屋敷の玄関へやってきたアルジーノとクレイーノも、そのことは十分に理解しているのであった。
「お先にどうぞ?」
「そっちからどうぞ。俺は寄り道するから」
アルジーノにそう言われたクレイーノは、テニス部の朝練のためにいつもより早めに玄関を出る。
――テニス部の朝練がある日は、面倒だけどもう少し後の時間に家を出るようにするか……
クレイーノと玄関で鉢合わせることが多くなってきたと感じたアルジーノがそんなことを考えながら玄関を出ると、先に出たクレイーノが立ち止まって話しかけてくる。
「どうやら、魔法が使えるようになってから、随分と学園生活を楽しんでいるようじゃないか、アル」
「……なんの話?」
「とぼけるなよ。最近では俺たち六年生の教室でもお前の名前を耳にすることが多くなった」
確かにアルジーノはこの二週間、これまで必要ないと無視していた魔法に関する勉学に励んでおり、授業でその片鱗を見せる機会が増えていくと、自然と同期たちの間で彼の名前が話題に上がることが多くなっていた――とはいえ、『魔法が全く使えない』という珍しい体質から、アルジーノは元々名前だけは同期によく知られていた。
それに加え、学園が詳細を公表していないにも関わらずどこからともなく広まった、美術室監禁事件の犯人の弟であり事件解決の立役者である――という情報で、『アルジーノ・ローゼンベルグ』という名前は今や学園全体に轟いているのだ。
「別に――。名前だけ有名になったところで、無駄にハードルが上がって面倒なだけだ」
「噂を耳にした多くの人間が考えているだろうねぇ……魔法を使えなかったお前が、どうやってそれを可能にしたのか――」
そう言ってクレイーノはゆっくりとアルジーノへ歩み寄る。
「何をした? まさか、お前一人で実現したわけではあるまい?」
「答える義務はないし、そもそも誰もそんなことに興味ないでしょ」
「他人の興味など関係ない――答えろ。特殊な杖を用いた魔力の増強か? もしくは、使い切りの魔道具を用いた、ある種の手品のようなものか?」
――部活の朝練じゃねぇのかよ……やけに絡んでくるな
「言っただろ――答える義務はない」
そう言ってアルジーノはいつも通り母の墓へと向かう道を歩き出す。
そんなアルジーノの背中を、クレイーノが憤怒に満ちた表情で睨みつけているのであった。
「ミア……それ身につけてる意味ある?」
パエリアを運んで机に置いたミアが手首に、『魔力マッサージ装置-改2-』を着けているのを見たジョンは、怪訝そうに彼女に尋ねる。
いつものように食堂でジョンとアルジーノが昼食を取っているところに、ミアとバレーボール部員たちが合流してきたのだ。
この二週間で、ミア以外の部員たちとも随分仲良くなり、かつては二人だけだった食堂の隅の机も、最近は常に満席になっている。
「あぁ、これ? 確かに、マッサージ装置としては全く意味を成してないけど、感度が高いから魔力コントロールのいい練習になるのよ」
「はぁ……。ストイックなことで……」
――やはり優秀な人間の考えることは分からん、とジョンは呆れたような返事をミアに返すのだった。
しばらくして、昼食の後片付けをしようと席を立ったミアのところに、一人の男子学生が駆け寄ってきた。
「ワトソン! 悪いんだけど、今日の日誌書いといてもらってもいいかな?」
「あら、了解。やっとくわねー」
「ありがと……って、アルジーノ・ローゼンベルグか……!?」
ミアに話しかけてきた男子生徒はアルジーノを見ると、あからさまに嫌悪の目を向けてくる。
キングーノの事件以降、こういった反応が多いためもはや慣れてしまっていた――ローゼンベルグはもはや悪名になりつつある。
「どうせこいつもロクな人間じゃないんだろ? ローゼンベルグって奴は……」
「ちょっと、いきなりそれは失礼じゃない? 彼は先輩とは違うわ」
「ミアが言ってるのは、五年生のローゼンベルグだろ? こっちは六年生の方のローゼンベルグのせいで、ひどい目にあってんだよ」
「六年生……」
――クレイ兄のことか
「どういうこと? 何かあったの?」
「ミア、俺たち、先に戻るから」
男子生徒に事情を聞こうとするミアに対して、相手から嫌悪感を持たれているアルジーノはジョンと一緒に早々にその場から離れることを告げた。
しかし、その腕を掴んでミアが引き止める。
「何言ってるの? あなたも聞くのよ」
「はい……?」
「なっ、ミア! こいつと話をする気は俺もないぞ!」
男子生徒もミアの提案を不服がっている。
「これはローゼンベルグ家そのものの問題よ。父さんの調べで、あなたのお兄さんたちの素行がひどすぎることは分かっているの。アル、あなたも家族として、逃げるんじゃなくて問題に耳を傾けなさい」
「いや教師かお前は……」
呆れたアルジーノだったが、結局授業が始まるまでの間に、男子生徒の話を聞かされることになってしまったのだった。
放課後、授業が終わったジョン、ミア、そして無理やり連れてこられたアルジーノの三人は、テニス部が練習しているコートへやってきていた。
「あれね、エリック・テンダー」
昼休みに食堂に残ったミアたちは、彼女のクラスメイトであるモビー・テンダーから話を聞いていた。
彼の話によれば、一つ下の学年である三年生にエリック・テンダーという自身の弟がおり、彼が所属しているテニス部において、六年生のクレイーノ・ローゼンベルグから暴力を振るわれているという話であった。
「それで……いた! あれがクレイーノ・ローゼンベルグね……た、確かに、結構イケメンかも……」
「ミア、クレイーノさん見たことなかったの? 四年生でも女子に結構人気あるって聞いてたけど」
「ま、まぁ、名前くらいは……」
学内でも有数のイケメンがテニス部の先輩にいるという噂はミアも耳にしたことがあったが、左右に分けた金髪の間から覗く彼の風貌を見て、噂が立つのも納得できるとミアも思ってしまった。
一見、普通にラリーの練習をしているだけにしか見えないが、モビーの話によると、練習の合間の休憩中に弟がクレイーノに暴力を振るわれているという話なのだ。
「とても暴力を振るいそうな人には見えないけど……」
ミアが珍しく男子生徒の風貌を褒め続けるので、屋敷での自分に対する態度を見たらどう思うのだろう、とアルジーノが考えていると、いつの間にかテニス部が休憩に入る。
エリックとクレイーノがその他の男子生徒数人と一緒にコートを出て給水場に向かうようで、三人もそれを追いかける。
「行くわよ……! 必ず尻尾を掴んでやるわ……!」
「もちろんだ! 俺たち、『正義の味方』だからな!」
――なんでそんなにやる気なの……?
納得がいかないながらも、アルジーノも二人の後ろについて兄のことを追いかけるのだった。
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