第21話 ミア・ワトソン⑥

――騎士と魔法師はこの国で最も誉れ高き職業だ。騎士になること、魔法師になることが、お前たちの人生を充実したものにしてくれる。 


――遊び呆けている他の連中とお前たちは違う。優秀な人間であるという自覚を持て!


――なんだこの成績は!? こんなことで将来騎士が務まるものか!


――魔法師になるには、学校以外でも地道に勉強をするのが当然だろう!


――騎士科に入る前でも、私は毎日剣を握っていた。私より剣技で劣るお前がそれをしなくてどうする!




「――父親って奴は……どいつもこいつも子供に自分勝手な理想を押し付けて……」


 杖を構えたアルジーノは、娘のためであると口にしたミアの父を見て、幼い頃屋敷で父に叱られていた兄弟たちの姿を思い出していた。


 当時は父のことが怖いとしか思っていなかったが、今思い出すと歯ぎしりをするほど胸糞の悪い光景だ。


「――自分勝手だと? 優秀な人間の人生が、そうでない人間の人生よりも豊かであることは貴様だってわかっているはずだ。それを実現するための努力を子供に強いるのは、親として当然の責務だ」


「何が当然だ……。お前みたいな奴のせいで、子供の性格はどんどん歪んでいく……あんたの娘を監禁した俺の兄もその一人だ!」


 杖を握る手に力が入り、声も思わず上ずってしまう。


「こういう人生が正しい、こういう人間が正しい、そうじゃない人間は間違っている……そうやって育てられた末に、幸か不幸か、あの人は同世代のトップにまで登りつめてしまった――そのせいで、父の教えに間違いはなかったと勘違いしてしまったんだ」


 ミアの実力も、同世代のトップとまではいかないが、限りなくそれに近しいところにある。


「だからこそ、自分を否定する人間は間違っていると錯覚していたあの人は、あんたの娘への想いが果たされなかった怒りから、あんな事件を起こしてしまったんだ」


「ふん、何を言い出すかと思えば……。あれだけのことをしておいて、自分の兄がさも被害者だったかのように語るな! 生憎、私の娘はあんなクズとは天と地ほども違う――自身の才能には決して自惚れず、日々の努力を惜しまない。才能の劣る者たちも決して見下さず、誰に対しても分け隔てなく接する――素晴らしい娘だ!」


 これまでアルジーノが見てきたとは、兄たちのことだった。


 誰もが自身の才能に酔いれ、自分にへつらう人間を友人と称し、才能に乏しい者たちはしいたげられて当然であると考えている――そのためアルジーノはずっと、優秀な人間は謙虚たりえないのだと思っていた。


 しかし、優秀な人間であるはずのミアは、アルジーノの知っているそれとどこか違う――。


 今日研究室で見たミアの屈託のない笑顔を思い出し、兄と形は違えど、自分も勘違いをしている人間の一人だったということにアルジーノは気づかされたのだった。


「……そうだな。確かにあんたの娘は、俺の兄とは違う……いや、それだけじゃない――俺の父とも、俺とも、そして……あんたとも違う! だから彼女に感謝しろよ――『俺に似なくてありがとう』ってな」


 ミアの父に対してアルジーノが鼻で笑うと、一旦落ち着いていた彼の心が再び沸騰しだす。


「貴様……! どこまで馬鹿にすれば気が済む……!」


 その言葉に合わせて双方が再び杖を構えると、二人の体から先ほどと同じような稲妻が走り出す。


 アルジーノも次の攻撃を防ぐつもりはない――ジーグやキングーノの時と同じように、自分の魔法の威力で相手の魔法を消し去るのだ。


 アルジーノは、先ほどミアの父が使用した魔法と同じ属性の呪文を詠唱した。


「――『大電塊グランドボルト』!」

「――『電塊ボルト』!」


 二人から空気中へ放電していた稲妻が構えた杖の先端に収束していき、それが相手に向かって放たれる――そう思った瞬間の出来事だった。


「やめてえええ!」


 なんと、二人の間にミアの母親が割って入ったのだ。


 彼女は夫のほぼ目の前に横から飛び込んできたため、彼が慌てて照準を変えようとするも、魔法は今まさに発動しようとしており、とても間に合わない。


 ミアの母が夫の後ろから割って入ろうとしているのを先に視界に捉えていたアルジーノは何とか魔法の軌道を逸らし、続けて彼女の前方に『障壁バリア』を生成しようと試みる。


 しかし、既に詠唱が完了しているミアの父の魔法に対して、今から詠唱するのでは既に手遅れである。


――くそっ……! この人を巻き込むわけには……!


 アルジーノが必死にミアの母へ手を伸ばす――その時不思議なことに、詠唱していないにも関わらず彼の杖の先端に小さな六角形の光が生成されていたが、アルジーノがそれに気づくことはなかった。


 そこにいる誰もが、ミアの母を傷つけまいと咄嗟に動いたが、無情にも稲妻はミアの母へ向けて放たれてしまう。


 しかし――


「ぐっ……!」


 標的に命中した稲妻が音を立てて激しく四散すると、その場にジョンが倒れ込んだ――ミアの父から魔法が放たれるその刹那、彼は魔法を自らの体で受け止めることでミアの母を庇ったのである。


「フォーバー君!」

「ジョン!」


 地面に倒れたジョンにアルジーノとミアは慌てて駆け寄る。


 稲妻に驚いたミアの母も腰が抜けて地面に尻餅をついてしまったが、咄嗟に自分を庇った少年の手を取る。


「あぁ、どうしましょう……!」


「――『治癒ヒール』!」


 ミアがすぐさま治癒術をかける。


 受けた電撃によってジョンの体は痙攣が収まらず、体のあちこちに火傷のような外傷も見られる――その目は虚ろに一点を見つめており、とても意識があるようには見えない。


「ジョン! しっかりしろ!」


 ミアの治癒術で柔らかな光に包まれるジョンに対して、アルジーノが懸命に呼びかける。


 自身の魔法で無関係な生徒を巻き込んでしまったミアの父は、目を開けたまま倒れる自分の娘の同級生を見て恐怖に襲われる。


 自分が散々クズだと罵ったキングーノでさえ、ミアに対して外傷を負わせるようなことはしなかった――それにも関わらず、優秀な人間であるはずの自分が無関係な子供を傷つけてしまった。


 その事実が、恐怖と絶望を自身の体に満たしていくのを、彼ははっきりと感じ取れた。


「ごほっ! あぁ……」


「ジョン! 大丈夫か!?」


 名前を呼ばれたジョンがゆっくりと目を動かしアルジーノを見た――無事に意識が戻ったようだ。


「よかった……! よかったわ……!」


 心配で手を握っていたミアの母が涙をこぼしながらその手をさすった。


 その様子を見て、ジョンは優しく微笑んでいる。


「私は……私は……!」


 杖を落としたミアの父は、倒れたジョンを見ながら力なく地面に座り込む。


「私は……悪くない……そ、そいつが勝手に……!」


「てめぇ……散々言っておいて、今度は自分が被害者面か……!?」


 アルジーノが怒りのままに杖を構えてそのまま立ち上がろうとする――しかし、咄嗟に彼の手をジョンが掴んだ。


「アル……やめろ」


 突然手を掴まれ驚いたアルジーノがジョンの顔を見ると、魔法を受けたことでボロボロになっているにも関わらず、その顔は実に優しげだった。


 途端にアルジーノもなぜか怒りが収まっていき、それが分かったジョンは首を回してミアの父を見る。


 背中も縮こまり地面を見ている彼に、そっと上着をかけるようにジョンは言葉を紡ぐのだった。


「ワトソンさん……娘さんの夢って、聞いたことありますか?」

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