第20話 ミア・ワトソン⑤
「そもそも、どうして貴様が娘と一緒にいる……? ミア、どうしてこのクズと一緒にいた……? 答えろ!」
完全に頭に血が上ってしまったミアの父親は、杖をアルジーノに構えたまま邸宅の庭で喚き散らしている。
娘を襲ったキングーノの弟――昨日直接近づくなと警告したその人物がミアと一緒にいた上、自分に対して反抗的な態度を取ってきたため我慢の限界を迎えたようだ。
「父さん! 彼は先輩みたいにひどい人じゃない! 杖を向けないで!」
「離せ!」
ミアが父親の腕を掴みアルジーノに危害が及ぶのを止めようとするが、成人男性の腕力に勝てるはずもなく、振りほどかれた勢いで母親と同じように転んで手をついてしまう。
「お前……こいつを庇うのか……? あのクズの弟だぞ? ローゼンベルグの人間なんだぞ……?」
怒りに満ちた目をミアに向けたあと、彼女の父は杖を構えたままゆっくりとアルジーノに近づいてくる。
杖でアルジーノの顎を持ち上げた彼は、その顔を隅々まで観察している。
「本当に汚らわしい……! 決して似てはいないが、お前にもあのクズと同じ血が流れている。他にも、ローゼンベルグの人間は学園に大勢いるそうじゃないか……なぜ学園は全員を学園から追放しない? いずれはあのクズも停学が解除され、我が物顔で再び学園へ通い出し娘と同じ空間で息をするようになるんだ……。ありえない……! 決して許されるはずがない……!」
今この瞬間にも眉間の
「あなた、やめなさい! 相手は子供なのよ!」
転んでしまったミアを支えて立ち上がらせた彼女の母親が夫を説得するが、もはや彼にはその言葉も響かない。
「ミアを襲ったあいつだって子供だ! 大切に育ててきた娘を、あんなガキ一人に奪われるところだったんだ! 俺の手で殺してもよかったくらいだ……娘の命を危険に晒した罰だ!」
叫びながら杖を振り回す父の姿に、妻と娘は完全に怯えてしまっていた。
「学園も同罪だ……優秀な生徒を輩出すると謳いながらその内部ではクズを生み出し、あまつさえ本来育てるはずの優秀な生徒をそのクズに殺されるところだったんだ! ……そう、貴様もそのクズの一人だなぁ、
振り回していた杖を父が再びアルジーノに向けるので、咄嗟に彼と父の間にミアが割って入る。
「ミア……なぜお前がクズの味方をする……? こいつらは優秀なお前と関わっていいような人間じゃないんだぞ!」
「クズなんて言わないで……彼らは、命の恩人なのよ!?」
「あぁそうだったな。だが、そいつは血のつながった兄弟に対しても、躊躇することなく魔法を放つような人間だ……人を傷つけることなど、何とも思っていない! そう、君は以前にも、他の生徒に対して魔法を使用し怪我をさせているなぁ? どうやら学園には認知されていないようだが……」
「何を言っているの……?」
ミアの声色から、父の言葉に強い疑念を抱いていることが分かる。
アルジーノは彼が何を言いたいのかすぐに理解した――ジーグとの一件についてだ。
「この間お前が『痕跡』を採取した体育館裏での爆発事件――爆発に巻き込まれ重軽傷を負った生徒が近くの茂みから発見されたそうだが、その『痕跡』と今回美術室で採取された『痕跡』が、きれいに一致したのさ……」
アルジーノも『痕跡』についてはまだ勉強不足だったが、体育館裏でジーグを吹き飛ばした時と美術室でキングーノを倒した時に使用した魔法はそれぞれ異なっていたことから、どうやら使用者に依存する形で『痕跡』というのは現場に残されてしまうらしい。
「もう一つ面白いことに、君は以前まで魔法を使えなかったそうだね? それが原因で、家でも学校でも、バカにされ続けてきたらしいじゃないか」
昨日が初対面だったはずなのに、ミアの父はアルジーノの個人的な情報にかなり詳しい。
おそらくは、娘を襲ったキングーノに対して抱いていた憎悪をローゼンベルグ家そのものに対しても向けるようになり、家族構成や兄弟の私生活などを隅々まで調べさせたのだろう。
「爆発事件の前日にも、教室でクラスメイトに対して魔法で暴力を振るったと噂されていたようだが、おそらくそれも本当だろう? 手に入れた力を誇示したくなったか? これまで自分を虐げてきた人間に復讐したくなったか? いかにもクズが考えそうなことだ……」
挑発的な言い方がひどく癪に障るが、彼の言っていることが間違っていないことにもアルジーノは少し苛立っていた。
「ミア――そんなクズとお前はどうして今日一緒に行動していた……? 返答によっては、お前には罰を与えないといけない……。これもお前のためなんだ」
事件以降、ミアの口からも過保護であるということは聞いていたが、これは完全に行き過ぎている。
アルジーノの中で静かに、だが着実に、ミアの父に対する憤怒と嫌悪が渦巻きだす。
「私は……ただ……」
これまでミアの父親がどういった人物だったかは知らないが、今の彼がやっていることは娘に対する恫喝である。
アルジーノからは自分の前に立つミアの表情は見えなかったが、俯いて肩を震わす彼女はその瞳に涙を浮かべているであろうことが容易に想像できた。
「ただ今まで通り……過ごしたいだけ!」
「そんなことが……もう許されるはずがないだろ!」
――『
呪文を聞いたミアは驚き顔を上げるも、父から受ける仕打ちに対する絶望感からか、身動きを取ることができない。
制服のポケットから杖を取り出したアルジーノは、咄嗟にミアの前に飛び出し彼女のことを庇うのだった。
「――『
呪文を唱えた瞬間、アルジーノの杖の先端に拳ほどの六角形の光が生成され、ミアの父が放った魔法をその小さな光で受け止め、地面へと弾く。
「――『
間髪入れずにアルジーノが呪文を詠唱すると、六角形の光は消失し杖の先端から風が吹き荒れ、ミアの父の態勢を崩した。
「くっ……貴様、邪魔をするなあ!」
ミアの父が叫ぶと同時に、彼の杖の周りに小さな稲光のようなものが瞬きだす――それは次第に大きくなって広がっていき、ついには彼の全身を覆い、激しく光り始める。
バチバチと大きな音が辺りに響き渡り、夫が娘の同級生に対して本気で魔法を放とうとしている姿を目の当たりにして、ミアの母が悲痛な声を上げていた。
「――『
「――『
ミアの父の杖からまるで稲妻のような光が瞬いたかと思うと、目にも止まらぬ速さでアルジーノへと伸びていく。
先ほどと同じ呪文を詠唱したアルジーノだったが、今度は全身を守れるほど大きな光の壁がミアの父との間に生成され、彼の放った稲妻は壁に弾かれて地面へと流れていく。
少しの間、ミアの父はアルジーノ目がけて稲妻を放ち続けたが、壁を破ることができないと見るや杖を下ろした。
アルジーノも同じように戦闘態勢を解くと光の壁が消失する。
「くふふ……嬉しいか? 手に入れた力を振るうのは。だが、これは我が家の教育方針の問題だ。部外者が……ましてやお前のようなクズが、首を突っ込むな!」
叫ぶミアの父に対して、アルジーノはまっすぐに軽蔑の眼差しを向けるとゆっくりとその口を開いた。
「あんたの言う通りだ」
「なに……?」
「俺の目的は復讐だった――体育館でジーグを吹き飛ばしたのも、美術室で兄上を壁に叩きつけたのも、俺の個人的な恨みを晴らすためだ。あんたの娘を救うなんてのは、ただの口実だった。結果的にそうなっただけだ」
――そんな……、とアルジーノの後ろでミアが小さく声を上げる。
「ふふ……あははははは! ようやく自分が兄と同じクズであることを認めたか。だったら、これ以上娘に悪影響を与えぬよう、さっさと消えてもらえるかな?」
「……消えねぇよ」
そう言ってアルジーノはもう一度ミアの父に杖を向ける。
「お前みたいな奴がいると、またクズが生まれちまうからな」
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