第14話 キングーノ・ローゼンベルグ④
『
電気が消えた薄暗い美術室の中で、ミアは椅子に拘束され動けなくなっており、キングーノが杖を構えて何かをぶつぶつ話している。
そして、彼は突然叫んだかと思うと、ミアの隣にあった椅子を思い切り蹴飛ばした。
突然の行動に、ミアが怯えて震えている。
ローゼンベルグの屋敷では散々弟のことをバカにし、振られた腹いせに女子生徒に暴行を加えることも厭わない――アルジーノは、美術室にいる小太りな男に対する苛立ちが胃の中で沸騰するを感じ、その熱量を込めるかのように呪文を詠唱する。
「――『
杖の先端から放たれた火の玉は、美術室の窓に直撃し爆散する。
中にいた二人が慌てて目を瞑っている間に『
突然窓が爆発し、そこから入ってきたのが自分の弟だと気づいたキングーノは、ひどく狼狽していた。
「な、アルジーノだと!? お前、どうやって窓から!」
「うるさいよ、兄上。くだらない復讐なんか考えてないで、さっさとそいつの拘束を解け」
学年でも魔法の成績が優秀であるミアも、杖を持てず拘束されては抵抗することもできない。
そんな彼女に対して良からぬことをしようと企むなど、兄としてだけでなく、人として許すわけにはいかない。
「てめぇ……誰に向かって口を利いているのか、わかってんだろうなぁ?」
「何度も言わせるな。そいつの拘束を解け!」
「だまれ! 魔法も使えない無能が、出しゃばるな――『
キングーノは怒りにまかせてアルジーノの足元に向けて火の玉を放つ。
床で爆散した火の玉に、思わずアルジーノも一歩退く。
「アル! 大丈夫か?」
後ろからアルジーノを追って入ってきたジョンが下がってきた彼の背中を支える。
ミアが椅子に縛り付けられている状況を見て、呆れたようにキングーノのことを見た。
「いや先輩、流石に趣味悪すぎ。振られたからってこういうことするの、まじダサいっすよ?」
「どいつもこいつも……」
杖を持つキングーノの手が震えており、その杖に向かって周囲から風が流れ込んでいるのが分かる。
「だまれと言っているんだぁ!」
叫んだキングーノが杖を構えると、途端にその周囲に巨大な炎の竜巻が出来上がったのだ。
それは先日アルジーノが体育館裏で発生させたそれと、非常によく似ていた。
美術室に飾ってある絵画や彫刻が、その竜巻に巻き込まれ焼失していく。
「きゃああああ!」
キングーノの近くに拘束されていたミアも、あまりの熱量に悲鳴を上げてしまう。
彼の生成する炎は次第に大きくなっており、美術室を焼き払ってしまうほどの勢いになりつつあった。
「やべぇよ、アル。このままじゃ……!」
ジョンがそう言ってアルジーノを見ると、彼は杖を顔の前で構えて目を瞑っている。
一瞬何をしているのかと思っていたら、突然彼が目を見開き、右手に持った杖を勢いよく下へ払った。
「……黙るのは、てめぇだ!」
次の瞬間、アルジーノの足元から水の柱が激しい勢いで何本も噴き出したかと思うと、それが彼の周りで渦を巻き天井まで伸びていく。
噴出した水の勢いに押されたジョンは床に倒れ込んでしまい、美術室の中に出来上がった、炎と水の二つの竜巻を見て、呆気に取られてしまっていた。
「なんで……どうしてお前が魔法を使える!?」
炎の竜巻の中で、キングーノが叫ぶ。
先日まで魔法が使えなかった弟は、自ら生成した水の竜巻の中心で目の前にいるキングーノを討たんと杖を構えている。
「ありえねぇ……そうだ、俺は魔法科トップだぞ……! たとえ魔法が使えるようになったところで、てめぇごときに負ける訳ねぇんだよ!」
キングーノの周りを覆っていた炎が、彼の構えた杖の先端に集まっていく――アルジーノがジーグに放った時と同じように、先ほどよりもずっと威力の高い火の玉が飛んでくるだろう。
「アル!」
身の危険を感じて思わず叫んだジョンであったが、彼が見たアルジーノの顔はとても冷静だった。
確かに、その冷静さの下に、兄に対する激しい怒りを垣間見ることができたのだが、キングーノのように取り乱しているわけではなく、ただ目の前の
アルジーノも兄と同じように相手へ杖を構えると、その先端に水が収束していく。
そして、二人同時に、呪文を詠唱するのだった。
「――『
「――『
二人の杖の先端から同時に火の玉と水の玉が生成され、相手に向かって飛んでいく。
しかし、キングーノが放った火の玉は、その大きさ、勢いともに、以前アルジーノが生成したものよりも劣っているとジョンは瞬時に思った。
それに対して、アルジーノが放った水の玉はキングーノの作った火を飲み込んでしまうほどに大きく、その勢いで火の玉を消し去ってしまう。
「そんな……!」
キングーノは自らの火の玉が消されてしまったことへの驚きで反応が遅れ、水の玉を腹部へもろに受けてしまった。
「ぐふっ」
呻き声とともに宙を舞ったキングーノの体は、美術室の端にある備品などがしまわれた棚に激突し、大きな音を立てて、棚は壊れてしまうのであった。
床へ倒れ込んだキングーノは、立ち上がろうともがいているが、体が痛むようで思うように動かせないらしい。
また、キングーノに激突して水の玉が弾けたことで、美術室内は水浸しになってしまっていた――キングーノの炎によって燃やされたものを消火できたため、結果的には良かったのかもしれない。
アルジーノとジョン、そしてミアも、上から下までびしょ濡れになっていた。
「ありがとう……」
紐で椅子に縛られていたミアをジョンが助けると、立ち上がったミアが礼を述べる。
「いやいや、俺は、何もしてないですから……」
すると、美術室前方のドアで大きな爆発が起き、三人は驚きのあまり顔を覆った。
キングーノの仕掛けた魔法が発動してしまったらしい――しかし、目に見えない壁のようなものに阻まれて爆発はドアの周囲に閉じ込められており、次第に炎の勢いが小さくなっていく。
「いくぞ、ジョン。ここにいると色々面倒だ」
アルジーノはそういうと、来た時と同じように『
「ちょっと待って!」
救出されたミアが、立ち去ろうとする二人を呼び止める。
「あなたたちも事情を説明すべきだわ。どこのクラス? 同じ学年よね? 見かけたことがあるもの。どうして助けてくれたの?」
ミアの言葉に一瞬二人は動きを止めるが、アルジーノはだんまりを決め込んでいる――代わりに、ジョンが
「どうしてかって、そりゃ……『正義の味方』だからさ――」
ミアにウインクまでするジョンの頭を、アルジーノが一発叩いた。
「いてぇな! 何すんだよ」
「……行くぞ」
そう言って二人は、美術室の窓から消えて行ってしまった。
二人が出て行った直後、先ほど爆発したドアからレオンハルトとライバが美術室に入ってきて、ミアのもとへ駆け寄った。
「ミア! 無事だったのか! 本当に良かった……!」
ライバが思わず全身ずぶ濡れになったミアの手を取る。
――ありがとう、とミアが安心しているライバに対して答えていると、前方のドアから次々と先生が入ってくるので、ミアはライバと手を繋いでいることが恥ずかしくなり、咄嗟にそれを振り払う。
「心配したよ。中で爆発音が聞こえたものだから……というか、これ何があったの?」
ライバだけでなく、水浸しになった美術室を見た全員が同じ疑問を持っていた。
名前も知らない、おそらく同級生である二人の男子生徒が去っていった窓を見て、ミアは答えた。
「私も……よく分からないの――」
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