第13話 キングーノ・ローゼンベルグ③
校舎四階の端に位置している美術室の前には、ミアの友人たちが既に集まっていた。
中に入ろうと試みているようだが、ドアに鍵がかかっており開かないらしい。
「ライバ! ようやく来たか……ミアが……!」
「話は聞いた! 入れないのか!?」
「それが……」
ライバが美術室の前に着くと、中から男の声が聞こえてくる。
「ライバ……? まさか、ライバ・ルートヴィヒ・アインホルンか? 悪いが、お前の大事な幼馴染は、今俺と一緒だ」
ライバはアルジーノたち四年生の中で成績トップの優等生であり、ミアの幼馴染でもあった。
魔法にも剣術にも長け、スポーツもできる上、女子生徒の誰もが憧れる外見の持ち主でありながら、その内面も友達想いで決して他人をバカにしない素晴らしい学生だった。
ミアとライバは二人とも多数の生徒から交際を申し込まれているにも関わらず、それらをすべて断っており、それはお互いに好意を抱いているからではないかと噂されている。
実際、二人が交際を始めることに期待している生徒も多く、今回ミアのピンチに際してライバが呼ばれたのも、真っ先に彼に伝える必要だとミアの友人が判断したためである。
「ミア!」
「ライバ! 来ちゃダメ! 危ないわ!」
ライバの呼びかけに中にいるミアが答えた。美術室のドアには確かに鍵がかかっているようで、ライバは杖を取り出しドアを破壊しようとする。しかし――
「これは……!」
「……そうなんだ、ライバ。 俺たちも開けようとしたんだが……」
美術室のドアを見ると、魔法で施された光の模様が浮かび上がっており、扉を開けることで魔法が発動するようになっていることが分かる。
模様の形から、扉を開けると『
「くっ……! どうにか開けるしかない! 時間はかかるだろうが、『
「せいぜい頑張れよー優等生。 その間に、こっちは楽しませてもらうことにするぜぇ……」
「卑怯者め……! ミアに手を出すな!」
ライバの言葉に中の犯人は高笑いをする。
「この女は、俺に恥をかかせた……。 将来のエリート魔法師であるこの俺の告白を、大勢の前で断りやがった! その罪を、ここでゆっくりと償ってもらうのさぁ……」
そのねっとりとした口調で、犯人はミアのことを舐めるように見ていることが想像できた。
「この女……これだけ美しいんだ……男なら誰でも、独り占めしたくなるよなぁ。 俺がここでじっくり楽しんでやるよぉ……」
「いや! やめて……!」
犯人は自らがキングーノ・ローゼンベルグであることを隠すつもりはないようで、犯行の理由も、昨日ミアに振られたことであることを白状した。
そうこうしているうちに、美術室の周囲に集まった生徒たちをかき分けて、オレンジ色の髪の若い教師が美術室の前に立つ。
魔法科の教師であるレオンハルトだった。切れ長の目に黒い眼鏡をかけ、ローブを羽織ることが多い魔法使いが多い中で、年中スーツを羽織っている珍しい人物だ。
「どきたまえ――。 ……ローゼンベルグ君! 中にいるのは、本当に君なのか?」
レオンハルトの声に、キングーノは返答しなかった。
魔法科にトップで進級したキングーノにとって、魔法を専門とする教師のレオンハルトは、これまでもこれからも彼の恩師と言える存在だ。
そんな彼に、今回の事件の犯人であることを知られてしまったことは、キングーノにとっても少なからずショックだったのだろうか、それまで流暢にライバを挑発していたキングーノは黙っている。
「どうなんだ! 返事をしなさい!」
他の教師たちも美術室の前に集まってきて、生徒たちを美術室から離れるように促している。
少し間を空けて、中にいるキングーノがようやく口を開く。
「じ、自分の立場を
そう叫ぶと、椅子か机を蹴り飛ばしたのだろうか、美術室の中で何かが倒れる大きな音が鳴り響いた。
音に驚き廊下にいた生徒たちは一歩後ろに下がるが、レオンハルトは一切動じない。
「俺は魔法科トップだぞ! 将来のエリートだぞ! 騎士団副団長の息子だぞ! そんな俺を、落ちこぼれのクズどもがバカにする権利があるはずないだろ!? 調子に乗った罰だ! 全員に分からせてやるよ! この俺が、一番優秀なんだってな!」
キングーノは完全に錯乱しているのか、その主張はまるでテロリストのようだとライバは思った。
このままでは、なりふり構わず中にいるミアに怪我をさせかねない――最悪の場合、命すらも……
ミアのことが心配で冷や汗をかいてきたライバとは対照的に、起爆魔法が施されたドアの前に立ったレオンハルトはとても冷静だった――いや、冷静すぎた。
その切れ長の目のせいか、普段から冷たい人という印象を受けることが多かったが、今のレオンハルトの目はいつもよりさらに冷え切っている。
「そうか――実に残念だ」
キングーノの言葉を聞いて、レオンハルトが答える。彼の言葉には全く感情の起伏が感じられず、ライバは彼の横顔を見ながら少し怖いという感情すら覚えた。
そして、レオンハルトは独り言のように小さく呟く。
「君はまだ、存在する価値のある生徒だと思っていたんだがね……」
――存在する価値……?
レオンハルトの言葉に、ライバは眉の皺が寄る。
教員の生徒に対する言動ではないと思ったライバであったが、ミアの命が危険に晒されている今はそれどころではない。
独り言を呟いたレオンハルトがドアの魔法を解除しようと杖を取り出した瞬間――
ドゴオオオオオン
突然、美術室の内部で爆発音が響き、その振動が廊下にも伝わってきた。
「――なんだ!?」
驚いた生徒たちからは悲鳴が上がり、廊下は一時パニックになる。
「離れていろ! 強制的にドアを開けて、発動した『
「先生、少しでも被害を小さくするよう、僕も手伝います」
「お前は、アインホルンか……頼む――」
そう言ってレオンハルトとライバは杖を構え、美術室のドアに手をかけるのだった。
「あんだけ人がいたら、まぁ美術室までは辿りつけねぇよなぁ」
ちょっとがっかりした様子のジョンは、四階の美術室の窓が見える、校舎の裏側に来ていた。
校庭と町の景色を一望できる窓が美術室前の廊下に設置してあるのに対して、二人がいる校舎裏にあるのは美術室に直接繋がっている窓だった。
ライバのことを追いかけて美術室に向かっていた二人だったが、あまりの野次馬の多さでそれを断念――代わりに、美術室の窓から様子を見ようということで、校舎裏に来ていたのだ。
「魔法を使えばすぐに行けるけど……四階は流石にちょっと高さが怖いな」
窓を見上げながらジョンが呟く。
高所へ登ることは、魔法を使用すればそれほど難しくない――一時的に脚力を上げる魔法である『
魔法科にも所属していない二人にはまだ『
「とりあえず、俺は『
「――『
ジョンの質問に対して魔法を詠唱することでアルジーノは答える。
途端に風が巻き起こりアルジーノの体を包んだかと思うと、そのまま四階を目指して昇っていく。
「ったく、いつの間にそんなに魔法を使えるようになったんだよ……。 まぁいいや――『
杖を取り出したジョンも呪文を詠唱すると、ほのかに両足が光ったあと、体重が軽くなったように感じられる。
――よっ、といってその場で飛び跳ねると、体はちょうど二階の高さまで飛び、校舎の梁に着地すると柱をしっかり掴む。
そこからもう一度飛び、アルジーノの足元である三階まで辿り着いたところで、アルジーノが突然呪文を詠唱した。
「――『
「ちょっと、お前なにして……!」
ドゴオオオオオン
ジョンが叫ぶ間もなく、轟音と共に美術室の窓が吹き飛び、アルジーノはその中へ入っていってしまったのだった。
「いや、あぶねぇだろ! おい、アル!」
そう言ってジョンも、割れたガラスの破片に気を付けながら、アルジーノの後を追って美術室に入っていくのだった。
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