第12話 キングーノ・ローゼンベルグ②
サッカー部が練習に励んでいる傍らで、校庭に生えた青々と葉をつけた木の周りに、大勢の野次馬たちが集まっている。
彼らの中心、その木の下には、ダークブラウンのロングヘアを後頭部の下の方でふわりと団子にまとめた女子生徒と、小太りな黒い短髪の男子生徒がいた。
女子生徒は、アルジーノやジョンと同じ四年生たちのマドンナ的存在である、ミア・ワトソン。男子生徒は、アルジーノの実兄であるキングーノ・ローゼンベルグだった。
「キングーノさん、ここ数日ミアに猛烈アプローチかけてたらしいけど、もう告白かよ」
「魔法科期待の新星、騎士団副団長の息子――肩書だけはすごいよな、あの人。 でも、ミアがキングーノさんと並んで歩くの、想像できないかも……」
「確かに。 流石に振ってくれないと、ちょっとショックかもなー」
野次馬は主に四年生の男子生徒が多く、告白が成功する可能性は限りなく低いと考えていた――しかし、もし万が一、学年でも注目の的になるほどの美女であるミアが先輩に取られてしまうかもしれないと思うと、気が気ではなかった。
それ以外にも、面白がったミアの友人が遠くから様子を見守っていたり、キングーノの友人たちが大声で煽ったりしている。
そんな野次馬の中に、昼から少しだけ腹痛が回復したジョンの姿もあった。
「あ! ジョン、こっちこっち! お前、腹もう大丈夫なの?」
野次馬に参加しているクラスメイトに呼ばれ、ジョンはミアとキングーノが見える位置に移動する。
「まだ痛いけど、こんな一大イベント、見逃すわけにはいかないだろ」
ジョンは周囲を見渡して、アルジーノがいないことを確認していた――流石に仲が良かったとしても、実の兄弟が告白する現場にわざわざ居合わせないだろうし、仲が悪ければなおさらか、と勝手に一人で納得する。
「――ミアさん!」
満を持して、キングーノが口を開いたので野次馬たちは一斉に静かになる。
――やめてよ、と遠くから野次を飛ばしてくる友人たちに口の動きだけで伝えていたミアは、急に呼ばれたので慌ててキングーノに向き直る。
彼女も少し緊張しているのか、普段よりも姿勢が強張っているように見える。
みんなの前で告白されるという緊張や恥ずかしさからか、少しばかり顔が赤くなっており、あまり見ないミアの表情に、ジョンも含めて野次馬たちは盛り上がる。
「君のように美しく、賢く、強い女性を私は他に知らない。 そんなあなたの魅力に私は惹かれてしまった……。 どうかこの、五年生で魔法科トップの、未来のエリート魔法師であるキングーノ・ローゼンベルグと、交際をいただけないだろうか――」
そう言ってキングーノはミアに手を差し伸べる。
――自分で将来のエリートとかよく言えるな、とジョンの近くにいた男子生徒の声が四年生の総意だった。キングーノの言葉に大きく頷いている彼の取り巻きたちは、どうやら違うようだ。
「――ごめんなさい」
ミアが小さく頭を下げる。それまで緊張で強張っていたのが嘘のように、その姿からは気品が感じられた。
「告白されたことはすごく嬉しいです、ありがとうございます。 でも、今は誰かと交際するよりも、勉学や部活動に励みたいと思っておりますので」
ミアはまっすぐにキングーノの目を見つめている。
野次馬に集まっている自分たちなどより、遥かにカッコいい目をしているなと思ったジョンは、途端にその場にいることが恥ずかしくなってくる。
「そんな……」
先ほどまで自信に満ち溢れていたキングーノの表情は、一転して絶望へと変わっていく。
――ごめんなさい、ともう一度だけ頭を下げたミアは、脇に置いていた鞄を持って、遠くからからかっていた友人たちの所へと駆けていった。
「よしよしよし、高嶺の花が取られたらどうしようかと思っていたけど、大丈夫だったな」
「まぁ流石にあれとは付き合えないよな、ワトソンさんも」
キングーノに聞こえないよう口々に感想を言い合いながら、野次馬たちが散っていく。
肩を落として取り巻きたちに励まされているキングーノを見ながら、ジョンもその場を後にするのであった。
「――ちくしょう!」
学園から早めに帰宅したアルジーノがお茶を入れてキッチンから部屋に戻る途中で、誰かが叫んでいるのが聞こえてきた。
「生意気な女め……五年でトップの俺のことを振るなんて!」
玄関の方から声がするので顔を覗かせると、どうやら叫んでいるのはキングーノのようだ。案の定、ミア・ワトソンに振られたらしく、そのことに激怒しているようだ。
帰ってきて早々、怒りのままに大声を上げるだけでなく、荷物を運んでくれている召使にも当たり散らしている。
「ただじゃおかねぇ……覚えておけよ、あの女ぁ……!」
すると、顔を覗かせていたアルジーノと目が合い、キングーノが大股でこちらに近づいてくる。
――しまった、とアルジーノが思った時にはもう遅く、胸倉を掴まれたアルジーノは先ほど入れたお茶が服にかかり、火傷しそうになる。
「てめぇ! 何見てんだ?」
「あっつ……! お茶がこぼれただろ!」
「知るかそんなこと! 俺がイライラしている時に、視界に入ってくるんじゃねぇ! 失せろ!」
そう言ってアルジーノを突き飛ばすと、キングーノは自分の部屋へ戻っていった。
アルジーノはその場で魔法を使いキングーノに制裁を加えようかと考えたが、自分を心配した召使が駆け寄ってきたのでまたの機会にすることにした。
ああなったキングーノは、しばらく機嫌が直らない。怒りのままに暴れまわり、周りを巻き込んでトラブルを起こすのだけはやめてほしいと、アルジーノは切に願うのだった。
アルジーノの心配は、早速その翌日に現実のものとなる。
事件が起きていると分かったのは、昼休みにジョンと一緒に食堂へ向かっている時だった。
「ライバ! お願いなの、助けて……!」
数人の女子生徒がアルジーノたちの横を通った後、二人の前方を歩いていた男子生徒のもとに駆け寄った。
ライバと呼ばれた金髪の男子生徒は、その青い瞳で泣きそうになっている女子生徒たちを見る。
「どうしたの? そんなに慌てて」
「ミアが……ミアが大変なの……!」
昨日の今日でミア・ワトソンが何かトラブルに巻き込まれているようで、話が聞こえてしまったジョンは興味を示す。
女子生徒の言葉を聞いて、ライバは驚きで目を見開く。
「まさか……先輩か……?」
「そう、昨日告白してきた先輩がさっきミアのところに来て……突然怒り出して、ミアを連れてっちゃったの……!」
話している途中、女子生徒の目からは涙がこぼれていた。昼休みの廊下であったため、他にも彼女の話を聞いた生徒が多数いたが、その全員が考えていることは同じだった――昨日ミアに振られたキングーノが、何らかの仕返しをしようとしている可能性が高い。
「連れていかれた場所は? 先生には話したのか?」
話を聞いているライバという生徒も、多少取り乱してはいるようだが、事を冷静に対処しようと努めているようだ。
「美術室にいるの……今、別の子が職員室に伝えにいってる」
「よし、行こう」
そう言って彼らは走り出し、アルジーノとジョンの横を通って美術室へ向かっていった。
野次馬根性でライバたちを追う生徒たちがいる中、二人は顔を見合わせると、同じように走り出す。
「珍しいじゃん、アル。 お前、こういうのには普段首突っ込まないくせに」
ジョンの言う通りだった。普段ならこういった面倒ごとは絶対に避ける――ましてや、今回は大嫌いな兄の一人であるキングーノ絡みの事件だ。
だが、だからこそ最悪の事態は回避しなければならない。
「あのくそ野郎のせいで、弟の俺まで白い目で見られるのはごめんだからな」
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