第11話 キングーノ・ローゼンベルグ①

 帝都ヘルムントの中心街から少し離れた場所には高級住宅が並ぶエリアがあり、広大な敷地を持った屋敷には、国防に携わる騎士や魔法師の家系が代々住んでいることが多かった。


 アルジーノらが住んでいるローゼンベルグ家の屋敷も、このエリアに昔からある家屋の一つなのだが、他の住民に比べると入居歴はそれほど長くなかった。


 昔から貴族である家系が多く住まう中に、田舎の町から帝国騎士団副団長まで上り詰めた後にベイターノは越してきたのである。


当初は突如貴族が住まう場所に貧民がやってきたと、周囲の住民たちからも見下されていたという。


 それが気に食わなかったのか、ベイターノと彼の前妻は、子供たちに対してより厳しい教育を強いてきたらしい。


――すべては自分が生まれる前の出来事であるため詳細は知らないが、自らが気に食わなかったからと言って子供に厳しく当たるのは、親としてどうなのだろうと、洗面台で顔を洗いながらアルジーノは考えていた。


「やぁ、今日も早いね、君は」


 アルジーノの後ろから、首元まで伸びた明るい金髪を左右に分けた長身の少年に話しかけられる。


 男であるアルジーノから見ても惚れ惚れしてしまうような整った風貌を持った彼は、クレイーノ・ローゼンベルグ――アルジーノの二つ上の兄だった。


「そっちこそ、今日は随分早いんだね」


 アルジーノは召使が毎日洗ってきれいにしてくれているタオルを取ると、洗面台を後にしようとする。


 普段はアルジーノしか起きてこない時間であるため、洗面台で誰かと鉢合わせるというのは珍しい。


 そもそも、兄弟たちが暮らしている部屋にはそれぞれ、専用の洗面台と風呂が備えつけてあるのだが、どうにも最近水の出が良くない。召使が修理を依頼しているようだが、元通りになるにはもう少し時間がかかるらしい。


 そのため、兄弟たちが共用の洗面台に顔を出すことも多く、ここ何日かアルジーノは会いたくない兄弟と顔を合わせる日々が続き、実に憂鬱だったのだ。


「部活の朝練があってね。 後輩たちに、指導を頼まれてしまったんだ。 良き先輩・・・・としては、行かないわけにはいかないだろ?」


 所属しているテニス部で、クレイーノはエース的存在で、後輩からの信頼も厚い――と、先日の夕食で父に自ら報告しているのを聞いていた。


 自分の口で『信頼が厚い』などと口にするなど、自意識過剰もいいところなのだが、クレイーノに関しては昔からそういった態度で変わらないため、家族はそれに慣れてしまっていた。


「学園生活はどうだい? 魔法も使えず剣術の才もない君だ、相変わらず、退屈な日々を送っているのかい?」


 あまりにも自然に嫌味を言うのもクレイーノの癖であるため、いつものように適当に受け流す。


「まぁぼちぼちだよ」


「そうかい。 ま、家にいるのは気まずいだろうから、せめて学校では、楽しい生活を送れるといいね」


――その気まずさを作っている一人が何を言っているんだか


 アルジーノは洗面台を後にして、登校の準備を始めた。






 いつものように母の墓前を後にし、遅刻ギリギリで校門をくぐったアルジーノは、下駄箱で慌てて靴を履き替え、教室へと滑り込む。


 教室に入ると、既に大多数の生徒が自分の席に着いており、滑り込んできたアルジーノを見てひそひそと話している。


 体育館裏の一件から既に三日が経とうとしているが、クラスメイトたちはアルジーノとジーグに関する噂で持ちきりだった。


 予想通り、体育館裏でのジーグらが巻き込まれた魔法による爆発事件の犯人は断定されてはいなかったが、その前日にジーグ一味を魔法で倒していたというアルジーノが再びジーグに制裁を加えたのではないかという噂がすぐに広まっていた。


 教員によって魔法の『痕跡』も調査され、同級生たちが噂をしているので、アルジーノは事件の翌日の放課後に職員室へ呼び出されていた。


「でも、お前魔法使えないよな?」


 クラスの担任教師であるクラインも、アルジーノを呼び出したものの彼が魔法を使えないことはよく知っていた。


――使えない、とこの場で嘘をつくのも何か違うと思った。


 別にアルジーノは魔法が使えることを必要以上に隠すつもりはなかった。現に、ジーグに対して強力な魔法を打ち込んでから数日は、彼に絡まれることがなくなっているため、魔法が使えるようになったことが知られることで学園生活が改善される可能性があるためだ。


 しかし、だからと言って、ここで『あの爆発の犯人は自分です』と言うのもアルジーノにとっては面倒だった。


 そうすれば、目の前の担任教師は間違いなくジーグとその取り巻きを呼び出して、アルジーノたちと仲直り・・・をさせようとしてくるだろう。


 形だけの儀式をわざわざ行うために、できるだけ関わりたくないジーグたちと一緒になることは、できるだけ避けたかった。


 これ以上聞いてもしょうがないということで、教師からいくつか質問された後、アルジーノは解放されたのだった。


 席について鞄を置くと、いつもの席にジョンがいないことに気づいた。


 普段は遅刻ぎりぎりではあっても、学校をサボるということはしてこなかったので、少し珍しいなと思いつつもアルジーノは教科書を開くのだった。






「おはよう……アル……」


「おぉ、おはよう。 何してたんだお前」


 午前中の授業が終わり、食堂の隅で昼食を済ませたアルジーノが教室に戻ると、ジョンが登校してきていた。ひどく顔色が悪い。


「いやぁ、ちょっと今朝……博士のところに行っててさ……」


「お前、相変わらず入り浸っているのか」


 爆発事件の日以降、ジョンはアルジーノよりも頻繁に博士の研究室に顔を出しているようだった。


「それで…最近ちょっと便秘気味なんだって話を博士にしたら……便秘に効く発明品だー、って飲み物をくれて……それを飲んだんだけど……」


 アルジーノは途端に、先日博士が発明していた『便秘解消ドリンク』というどぶ色の液体を思い出し、すべてを察する。


「お前……よくあんなもん飲んだな……」


「おかげでお腹が……今日は放課後に仕事がないからラッキーだったと思えば……」


 そう言ってジョンは死んだように机に突っ伏したので、アルジーノは呆れてため息をつき自分の席に戻るのだった。






 一日の授業も終わり教科書を鞄に入れていると、何だか廊下が騒がしい。他クラスの生徒たちが、みんな同じ方向へ走っていく。


――何事だろう、と思っていると、事態を聞きつけたのか、クラスメイトの男子生徒が教室の前方から入ってきてみんなに叫んだ。


「おい! ワトソンさんが告白されるんだってよ! 相手は魔法科トップの一個上の先輩だって!」


 彼の言葉に教室がざわめき、走り去っていった彼を追いかけるように多くのクラスメイトたちが教室を出ていく。


――ワトソン……


 おそらく、学年でも成績優秀で顔も整っていることから人気の高い女子生徒のことだろうとアルジーノは思っていた。


 そして、鞄を持って立ち上がる時、ふと男子生徒の発言が引っ掛かった。


――の、……?


 嫌な予感がしたアルジーノは、この騒動には決して関わるまいと、その場を後にする。


 ミア・ワトソンに告白をする男子生徒は、アルジーノの実兄である、キングーノ・ローゼンベルグだったのだ。

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