第10話 ジョン・フォーバー③

「おいおい、やる気か? お前」


「もう、アルと俺に……手を出すな!」


 これまでやられた分を倍にして返さんとばかりに、ジョンは人生で最も力強く呪文を詠唱するのだった。


「――『風塊ブリーズ』!」


 ジョンの周囲にある風が集まり杖にまとったかと思うと、それはジーグへ飛んでいく。


 魔法の成績は学年でも中位だが、ジョンが放った渾身の一撃は、確かな威力を持って標的を吹き飛ばそうとしていた。


 しかし――


「――『炎塊フレイム』!」


 詠唱したジーグの杖から炎の弾が飛び、ジョンの魔法を打ち消した上、それはジョンに直撃した。


「うわあああああ!」


 ジョンはその威力で後方へ吹き飛ばされ、地面に倒れ込んでしまう。魔法を放ったジーグは、取り巻きたちと彼をバカにするように大笑いしている。


 ジーグの放った魔法は恐らく全力ではない――それにも関わらず、自らの渾身の一撃は弾かれ、たった一撃受けただけでジョンは既に動けなくなってしまっていた。


 自分の不甲斐なさが悔しく歯を食いしばっていると、それをアルジーノは横目で見ていた。


「大丈夫か? ジョン」


「……ごめん、アル。 やっぱり、そう簡単には変えられないみたいだ……」


「変わっただろ」


 ジーグの方へ向き直ったアルジーノは、背中越しにジョンへ言った。


「さっきまでのお前だったら、今そこで、また笑っていただろうな」


 そう言われたジョンは、自分が歯を食いしばってジーグを睨みつけていたことに気づく。


 自分の心をごまかしていたジョンは――もういない。


「で、でもアル! 流石に六人相手は無理だ……早く、逃げて……!」


 魔法でジョンを吹き飛ばしたジーグは、取り巻きたちと一緒にアルジーノへ杖を構える。


「アルジーノ……てめぇに借りを返すのは次の機会にしようと思っていたが……まとめて潰してやるよ!」


「だめだ! アル、逃げろ!」


 ジョンの叫びなど聞く様子もなく、アルジーノは毅然としてジーグの前に立ちはだかる。


「言っただろ、ジョン。 お前を助けるって――」


 そう言ってアルジーノが制服のポケットから杖を抜いた瞬間――彼を中心にして、突然巨大な炎の渦が巻き起こった。


 周囲の空気が木々の葉を揺らしながらその渦に吸い込まれ、遥か上空の方へ登っていくのが分かる。


 近づくと火傷してしまいそうな強烈な熱風によって、辺りの気温が一気に上がっていく。


「なんだよ……それは!」


 ジーグが怒りにまかせて呪文を詠唱すると、取り巻きたちもそれに続く。


「――『炎塊フレイム』!」


 六人が放った炎の弾がアルジーノへ向けて飛んでいく。しかし、アルジーノは落ち着いた態度で、同じ呪文を詠唱するのだった。


「――『炎塊フレイム』」


 アルジーノが詠唱すると、周囲を渦巻いていた炎が杖の先端に収束し、巨大な炎となって六人へ向かっていく。


 その大きさは、六人が放った炎の弾と比較して数倍の大きさがあり、他の弾すべてを消し去っていく。


「ありえねぇ……!」


 そう叫んだジーグの目の前で突如炎が爆散し、巨大な音とともに六人は体育館の周りにある茂みへ吹き飛ばされてしまうのだった。


 爆風によって舞った砂埃に、倒れているジョンも咄嗟に目を覆う。


 風が収まってようやく目を開けると、周囲は黒い煙に包まれ、一部の木には炎が燃え移っていた。


「す……すげぇ」


 ようやく立ち上がったジョンが、感嘆の声を上げてしまう。

 

 魔法の授業で各生徒の最大火力を確認する時間が入学早々にあるのだが、これほどの威力を放った生徒は見たことがなかった。


――というか、アルって魔法使えなかったんじゃ……?


 今朝から学校で流れている噂について、まだ本人に詳しく聞いていないが、少なくともアルジーノが魔法でジーグらを撃退したというところには、かなりの脚色が入っているのだと思っていた。


 しかし、たったいま目の前で起こった光景、ジーグのアルジーノに対する発言から鑑みても、噂が本当だと認めざるを得ない。


 ジョンが呆気に取られていると、突然体育館の扉が開く。爆音を聞いたバレーボール部員たちが、何事かと外の様子を伺いに来たのだ。


「ちょっと! 何これ! 煙が……」


 ドアを開けた瞬間、辺りを漂っていた黒い煙が体育館内に入り込んできたので、部員たちはそれを吸ってむせてしまっているようだ。


 アルジーノは昨日と同様、この状況の後始末をする予定だったのだが、黒い煙が邪魔してくれている間に、ジョンとその場から姿を消したのであった。






――三十分後、爆発が起こった体育館裏にて




「ひどいわね。 一体誰がこんなこと……」


 バレーボール部員である女子生徒数名が、教員によって火の消し止められた木々を見ており、そのうちの一人がため息交じりに呟いた。


「わかんない……とりあえずまだ犯人が近くに隠れてて危ないかもだから、今日は部活終わりだって」


「最悪ね。 先に行ってて。 ちょっと『痕跡』を調べておくから」


「分かったー。 ミアも早くしないと顧問うるさいから手短にね?」


 ミアと呼ばれた女子生徒は返事をしたのち、地面に螺旋状の模様がついている箇所で『痕跡』を確認する。


 おそらくは、ここが先ほど起きた爆発の中心――もしくは、魔法の使用者が立っていた位置だろうとミアは睨んだ。


「ほらお前ら! 早く帰るんだ!」


 体育館内で顧問が怒鳴り声を上げているので、ミアも作業を終えて、自分の荷物を取りにその場を後にするのだった。






「いやー、それにしても凄かったな! あいつらが吹っ飛んだ瞬間の爽快感といったら……!」


 体育館から逃げ帰り、アルジーノの『治癒ヒール』によって傷もすっかり治ったジョンは、いつも通りの陽気な彼に戻っていた。


「こりゃ明日も今回の事件で学校中の注目の的だなぁ……。 どうだアル、人気者になった気分は?」


「はしゃぎすぎだ、お前。 ジーグたち以外に見られてないんだから、あいつらが言わない限り俺たちの噂は広まらないだろ」


 自分たちが負けてしまった噂など、ジーグたちが広めるはずがなかった。


 ただ、今回は現場を修復できなかったので、魔法の『痕跡』から使用者を特定される可能性もなくはない。


 授業で習った程度しか詳細は知らないが、魔法が使用されることによって残る『痕跡』とやらで、使用者を特定することが可能らしい。


 魔法が使えなかったアルジーノには全く関係のない話だと思っていたが、今後はそういった魔法に関する知識を身につけ、行動にも気を遣った方がいいかもしれないと反省する。


「まぁでも……」


 先ほどまで陽気だったジョンの声が急に真面目になるので、アルジーノは思わずジョンの顔を見る。


「今回は本当に、ありがとな。 まだジーグたちに勝てるほど強くないけど、魔法師目指して頑張っていくからさ!」


 そう言ったジョンは、これまでのような感情を隠すための笑顔とは違い、本当に幸せそうな笑顔を浮かべていた。


「まぁ、俺には関係ない。 勝手にしてくれ」


 ジョンの笑顔を見て、アルジーノの心の中にほんの少しだけ満足感が生まれた――しかし、これまで自分を虐げてきた家族やジーグたちへの憎しみで淀んでしまった彼の泉には、その一滴はあまりにも小さく、本人がそれに気づく間も与えず、黒い水の中へ沈み見えなくなってしまうのだった。


「ところで――」


 話が一段落したところで、アルジーノはジョンに対して当然の疑問をぶつけた。


「どうしてお前がここにいる?」


「え? 別にいちゃいけないことないでしょ。 ねぇ、博士?」


「おーそうじゃ。 これからいつでも、遊びにおいで」


――そう、学園を後にしたアルジーノがいつものように博士の家に向かっていると、ひたすらジョンがそれに着いてきて、いざ到着すると博士も喜んで招き入れてしまうので、今ジョンは研究室に置いてあるアルジーノ専用ソファに腰かけていたのだ。


「どうしてこうなった……」


「別にいいじゃんかー。 俺たちもう親友だろ?」


「そんなものになった覚えはない! くそっ……! 俺だけの場所だったのに……」


「なにを言うとるんじゃ。 そもそも、わしの研究室なんじゃから、お客さんとも仲良くせい。 のう? ジョンくん。 これからも、アルのこと、よろしく頼むぞい」


「はい、博士! これからも仲良くさせていただきます!」


――はぁ……


 唯一心の安らぐ場所が崩壊していく様子に、これからの日々を思いやられるアルジーノは、大きなため息をつくのだった。

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