第1話 コイの始まり

――昇竜学園・召喚の間――


「やった!召喚に成功した!!」


俺の目の前で、黒髪の女の子が小さく飛び跳ねる。

年のころは14、5歳と言った所だろう。

おかっぱ頭の、可愛らしい顔立ちの少女だ。


「やった!やったぁ!」


女の子は目に大粒の涙を溜め、その癖その表情は輝かんばかりの笑顔だった。

泣き笑いと言うのは、きっとこういう事を言うのだろう。


「頑張ったわね」


彼女のすぐ背後にいた、肉感的な体つきナイスボディのスーツ姿の女性が、女の子へと優しく声をかける。


「先生!うっ……うぅ……私……私……」


少女はその声に振り返り、女性に抱き着き感極まって涙を流した。

何だか良く分からないが感動的なシーンである。

その美しい光景に、ついついホロリと涙が――まあ別にでない。

そんな感受性豊かじゃないしな。


むしろどうでもいいので『ブスゥ』と尻からオナラが漏れ出てしてしまった。

まあこれはさっきまで芋を喰っていたせいだが。

失敬失敬。


「あんな物を召喚など、前代未聞だ」


「流石は落ちこぼれですな」


俺の地獄耳に、そんな声が聞こえて来る。

少し離れた場所にいる男達の声だ。

そいつらは白いローブを身に纏っており、少女の方を見て失笑している様に見えた。


「何度も失敗して、やっと成功したらアレとは……」


あきれて物も言えませんな」


どうやら男達は、少女が俺を召喚した事を馬鹿にしている様だ。

高貴な俺を只の召喚された生き物と判断するとか、見る目のない奴らである。


ふふふ、何を隠そう――


実は――


俺は――


――そう、神獣だ!


神の獣と書いて神獣。

言ってしまえば神である。

なので本来なら俺と一緒の空間にいる事すらおこがましいと言うのに、その栄光に気付く事すら出来ないとはな。

暗愚極まりない。


だがその事で責めたりはしない。

俺が寛大だからな。

あと、見た目からじゃ絶対分からないだろうし。


視線を少し動かすと、少し離れた壁際に大きな鏡が設置されていた。


そこには巨大な台座が映り込んでおり、その台座の中央部分には――


小さな、手のひらサイズの白いコイが映っていた。


――そう、吾輩は鯉である。


名前はまだ――


いや、ある!


テン・ショーリューだ。


――俺は鏡に映る自分の今の姿を見ながら、かつての自分の最後を思い出す。


俺は元々は人間だった。

しかも平凡な人間ではない。

自分で言うのもなんだが、超ド級が付く程の天才で、常に世界の注目の的となる人物。

それが俺、テン・ショーリューだ。


だがそんな人間にも、いつかは終わりがやって来る。

そしてその最後は、あっけない物だった。


油断。

この一言に尽きるだろう。


全てが終わった。

そう思った瞬間、俺の胸にでかい穴が開き、あえなく昇天。

それが天才と呼ばれた俺のあっけない最後だ。


――だがそんな超天才である俺を、神は放っておかなかった。


流石俺。

さすおれである。


そして俺は、神様によって新たな生を与えられた。


――人間ではなく、鯉としての生を。


ああ言っとくけど、タダの鯉じゃないぞ。

それだと才能も糞もなく、只の罰ゲームだからな。

生まれ変わった先は神の眷属、そう、神獣だ。


え?

鯉は魚だから獣じゃないだろって?


俺が生まれ変わったのは、鯉は鯉でも神鯉と呼ばれる種族だ。

神鯉は通常の鯉とは違って神龍の幼体なので、魚類ではなく爬虫類となっている。


ん?

どちらにせよ獣ではない?

そんな細けぇ事はどうでもいいんだよ!


とにかく、俺は神獣へと生まれ変わった。

これが全てだ。


だが、まだしょせんは幼体にすぎない。

神獣としては、最弱クラスと言っていいだろう。


成長するにはレベルを上げなければならないのだが――


その方法は二つ。

一つは、とにかく時間をかける。

一億年位生活してたら、そのうち勝手にカンストするそうだが……


そんな悠長に待ってられるか!


もう一つは、契約召喚に応じ、俺を呼び出した召喚主を成長させるという物である。

召喚者が糞雑魚であればある程、成長させた際に入る経験値は多い。


せっかちな俺は、迷わずレベル上げに後者を選んでいる。

だからこの場にいるのだ。

召喚獣として。


――俺を召喚した少女は、超絶ウルトラハイパーアルティメット落ちこぼれだ。


この世界では12歳になると、召喚の義を経てパートナーとなる召喚獣を呼び出すしきたりがある。

これは一発成功が普通なのだが、彼女はなんとその儀式に10回も失敗していた。

それも、普通なら使わない高価な補助用の魔石をつかった上で。


正に、ザ・落ちこぼれ。

そしてだからこそ、彼女を成長させれば経験値ザックザックという訳だ。


「魚さん……」


泣き止んだ少女が女性から離れ、ぐしゃぐしゃの顔を俺へと向ける。


「私はコイカ。こんな私の所に来てくれて……あり……ありがとう……うっ、ぅぅ……」


少女は挨拶しながら、再び涙ぐむ。

よっぽど嬉しいのだろう。

そんな姿を見て、胸が熱くなった俺は優しくこう答える。


「ぎょぎょぎょ!!(我は神獣なるぞ。無能な貴様を救ってやる、平伏すがいい!愚物!!)」


と。

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