第23話 呪術祭司

「“呪術祭司ドルード”?」

 私の声に、カイルが振り向く。

「た、たぶん、だけど」

 記憶にある魔術書の内容を探り出す。

を、そう呼んでいたと思う」


 神話の時代──嵐の大戦テンペスト以前に地上を支配していた眷属トゥハナ

 魔術書の頁には一枚の絵が添えられていた。

 空に浮かぶ眷属を大地から見上げ崇めるもの。

 神木の杖を持って、獣の被りもので頭を隠した“祭司”たち。


「でも大戦が終わって、眷属とともに彼らも姿を消した……」

 神話生物と同じように祭司たちも伝説の存在となった──はずだった。


「生き残り、こんなところにいたってか」

 一瞬カイルの目が赤く光ったように見えた。

 まるで瞳の奥に炎でも宿しているみたいに。

「それで、その祭司様が何の用だ?」




 、と奇妙な音が鳴った。

 ドルードの頭骨から鳴っているのか、腹の中から漏れ出ているのか。

 笑い声のようにも苦痛に身悶えしているようにも聞こえる、とても不快な音。


「ずっと、サガして、いた……“ナカ”にハイって、イタダけるカタを、ナガい、アイダ……」

 ドルードが腕を開いて頭骨を上げる。


「けれど、このカゼのナきセカイがツヅき、アキラめかけて、いた。カミはもう、このチを、ミハナされたのではないか……」

 地に伏せるものたちが体を震わせすすり泣く。

 彼らも恐らくは祭司。

 祭司長たるドルードに仕える者。


「それでも、シンじツヅけた……アラたなが、もたらされ……フタタび、セカイが、ヒカリでミたされるトキが、クる……と」

 巨鬼ゴブリン・グランデたちが雄たけびを上げて、武器と脚とで地を踏み鳴らす。

 体がふらつくくらいに地面が揺れる。


 ドルードは頭骨を私たちに向けた。

 その目の先にあるものは──

「ようこそ、おいでクダさい、ました……チイさき、"カミ”よ」


 ──イア。


「どうか……ワレらの“マユ”に、オヤドりクダさい……」




「──んっ!」

 イアがカイルの体をつかむ。

 カイルは彼女の肩に手をやる。


 ドルードの言葉の意味はよく分からないけれど、イアを求めているのは確かだ。

 でも……ただの“鳥の精霊シーガル”であるはずの彼女がそんなにも重要?

 それとも私の知らないことがあるの?


「やだもん! イアはカイルと一緒にいるんだから!」

 宿主にしがみついて、小さな精霊が声を張る。


 対するドルードの返答は。

「ならば、おフタカタも、イッショに、ナカへ……」

 

 いやいやいや!

 “ならば”じゃないわよ!

 私も入ってるの!?

 みたいに!

 何をしようとしているのか全く分からないけど、絶対ろくでもないことでしょ!?


「悪いけど、それは無理だ」

 カイルが毅然と答える。

 その通り!

 よく言った!


「“マユ”とは何だ?」

 カイルは真っすぐ頭骨の目を見返す。


「アタタかく、ふわふわした、ヤワらかきモノ……」

 ドルードの声はしていて、私は頭の中に、皿に載った鶏の卵を思い浮かべた。

 

 ……卵?


……?」

 甘いものでも口にしたみたいにイアが復唱する。

「入ってみたいか?」

「ち、違うもん! なんなんだろうなって、思っただけだもん!」

 カイルに指摘されると頬を膨らませて否定した。


 カイルの背後から顔を出して、イアはドルードに向かって叫ぶ。

「イアはぜったいに、カイルと離れないから! おねえちゃんも一緒だから! その……“マユ”の中になんか、入らないから!」


 精霊の声が地下空洞に響き渡る。

 魔物の軍勢と太古の祭司を前に、彼女は拒絶の意思を示した。


「そういうことだ。お引き取り願うか、道を開けてくれ」

 ……カイルがいるからだろう。

 絶対の信頼と安心。

 最高の相棒パートナー


 胸に手をやる。

 私の中に宿るを思う。

 いつの間にかそこにいて、今まで一度も“声”を発することのなかったもの。



□□□



「ナガく、マちツヅけた、このを、ノガしはしない……」

 ドルードの体から黒いオーラが立ち上る。

 押し殺すような威圧が迸る怒りへ変わる。

 手にした杖が鈍く光り、先端から波動が広がって周囲の魔物たちを魔術強化エンチャントする。


「──」

 力を得た魔物の軍勢が動きだす。

 魔法の力を付与された武具と肉体が禍々しい濃紫のオーラを放つ。

 鬼が迫り、蟲は蠢き、蝙蝠が鳴く。

 空間が邪悪な興奮に包まれる。


 地獄。

 これが地獄。


 お終いだ。

 私たちは殺されて、イアは奪われる。




「制御してくれ、イア」

 カイルが言った。

 いささかも動じることなく。

 力なく立ち尽くすだけの私とは違って。


「大丈夫だよ、カイル」

 精霊もまた同じ。

 イアの体が半透明になってカイルの“中”に入っていく。

 一瞬、彼女の体に翼としっぽが見えた……気がした。


 錯覚だったろうか?

 鳥というにはあまりにな、青い鱗は。

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