第22話 地に潜むものたち

 “彼ら”が暗闇に浮かび上がった。

 目を凝らすとみな獣の皮を被って、腰を低く顔を伏せている。

 水底に溜まったヘドロ思わせる、地を這うものたち。


「お出迎えか?」

 カイルが問う。

「用があるならとっとと済ませて欲しいんだが」

 地を這うものたちは答えないで、何かを待つように頭を伏せたまま。

 時を置かず、は現われた。




 足もとが揺れる。

 地響きとともにやってきたのは、通常個体をはるかに上回る体格の巨鬼ゴブリン・グランデ

 大きさだけじゃない、装備もにいた連中とは比較にならない。

 鈍い輝きを放つ金属鎧、強い魔力のこもった禍々しい武器。

 一体一体が上級。

 相当な経験を積んだ冒険者でさえ容易に相手はできない“人類の脅威ウォーニング”。


 まだ終わらない。

 ゴブリンに続いて非人型種の魔物が、次々と這い出てくる。

 蜥蜴リザード蜘蛛スパイダー蝙蝠バット……いずれも危険種に指定される強力な個体ばかり。

 その数は“群れ”の域を超えて、もはや“軍勢”だった。


 たった三人のために洞窟中の魔物が駆り出されたみたい。

 何かが来るとは予想していたけれど、ここまでの大所帯だなんて。


 ゴブリンの持つ松明が軍勢の姿を明らかにする。

 その圧の前に震えることもできない。

 私の魔法なんてこの場において何の意味も持たない。

 無力と絶望が私を地に張りつける。



 カイルとイアは物も言わずに軍勢を見ていた。

 何を考えているのだろう?

 私と同じように諦めているのだろうか?

 ……それとも状況打開の方法を探っているのだろうか?

 そんなもの、あるはずがないのに。

 

 地下深くにこんな化物どもが生息していたなんて。

 こいつらが仮に地上に押し寄せたら、ロンゴートは滅びる。

 冒険者組合ギルドを見渡したってこのレベルの魔物に対抗できるのは一握り。

 彼らだってこの数を相手にできはしない。


 これだけの数の魔物どうして地上に出てこないのだろう?

 そうしない理由があるのだろうか?

 それともできない理由が?


 目の前の現実から逃避するように思考が飛ぶ。

 そうじゃなきゃ恐怖でとっくに意識を失っていた。



 

「足りないな」

 カイルはこの状況でも取り乱さない。

「俺たちを奴はどこだ」


 虫型や爬虫類型はともかくゴブリンの知能は高い。

 人語を理解する彼らはカイルの言葉に顔を見合わせる。


 笑い声が、一瞬の静寂を破った。

 地の底から湧いてくるような、黒くて重い邪悪な声が空洞中に響いた。


「──」

 魔物たちが慌てて動いて、軍勢の中央に空間をつくった。

 まるで貴人を迎える役人のよう。

 上級の魔物たちが恐れを見せている。



 空間の上にが巻く。

 最初は樹のように見えた。

 太い幹に、生い茂る枝葉。

 黒い渦によって形作られた樹を、やがて地面から現われた無数の塊が包んでいく。


「……?」

 目をそむけたくなるおぞましさ。

 地中から現れた無数の蛇が樹を覆っていく。

 松明の光に浮かび上がる鱗と不快なを持つ腹部が、不快感を催させる。

 蠢く蛇たちはそれぞれの体を繋いで溶けあって、一つになっていく。

 

 ──“悪鬼デーモン”。

 そんな言葉が浮かぶ。


 巨大ゴブリンをさらに上回る巨躯だった。

 体は羽を折り重ねたような黒いローブに覆われ、枝を削ったような腕には太い杖が握られている。

 土を踏む足は毛で覆われ鋭い爪が伸びている。

 そして──巨体の上には獣の頭骨が乗っていた。

 牛……いや、鹿だろうか?


 周囲の魔物たちが一斉に体を屈める。

 自らの“主”に対する拝礼。

 この悪鬼こそが、迷宮の真の主。


 得体の知れないものを前にカイルが目を眇める。

 イアはカイルの横にぴったりついて悪鬼を見つめている。

 私は──思い出している。

 この悪鬼を。

 不気味そのもののような姿をどこかで見たことがある。

 

 「……ようこそ、マネかれざる、そして、マちワびた、カタがた……」

 頭骨の中からか、あるいは腹のあたりからか、悪鬼が声を発した。

 思わず腕を抱えてしまうほどに、それは鋭くて痛い。


 ──何ものだったろう?


「お前は誰だ」

 カイルが問う。

 

 ──それは失われたはずの存在。


「チカの、クラい、クラいヤミのナカ、イキをヒソめて……」


 ──そうだ。


「ずっと、マちツヅけてキた」


 ──歴史の彼方に忘却された、




「“呪術祭司ドルード”──!」


 かつて手にした魔術書の一頁を、私は思い出した。


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