第21話 奈落に落ちて

 行ってくるね、と見せた背中が最後の記憶。

 ローブととんがり帽子が誰より似合う人。

 美しい髪と滑らかな肌はみんなの憧れ。

 ロッドを握る姿は魔法使いの理想。

 

 誰もが言っていたし、私も信じていた。

 お姉ちゃんは将来きっと、大陸一の魔女になる。


 ──生きてさえいたら。



 □□□



「……」

 淡い光が目に入る。

 鼻を撫でる冷気とかすかな水の音。

 それから、二人の仲間の顔。

 

「おねえちゃん起きた!」

「大丈夫か、ディーネ」

「……!」

 声をかけられて体を動かすと、左半身に痛みが走る。


「無理するな」

「だい……じょうぶ」

 右手で体を支えて、どうにか上体だけを起こす。

「ここは……?」

 言って、記憶が戻ってくる。

 ああ、地下に落とされたのだ。

 

「かなり深く落ちたな。何階層にあたるかも分からない」

 見渡すと空間は相当広くて、天井が見えない。

 近くに細い川があって、携帯灯の弱い明りをわずかに反射する。

 どうやら未知の地下空洞みたいだった。

 

「《第一階ユニエム》“光球ライト”──」

 詠唱は鈍い痛みに遮られる。

 カイルが私の背に手を当てて、床に寝かせた。

「ごめん……なにもできなくて……」

 

「傷薬を塗ってある。今は動かないで」

 カイルの優しさが、余計に苦しい。

「私がもっと上位の探知魔法サーチを使えてたら、こんなことには……」

 情けなくなって、右手で目を隠す。

「違うよ。俺がこの迷宮ダンジョンを侮っていたからだ。巻きこんでしまってすまない」

 

 きっとカイルは本気で思ってる。

 そういう人だって、短い時間一緒にいただけでも分かる。


 

 今まで私がつきあってきた冒険者たちも、そうだったのかもしれない。

 そんな人たちの中にいて、私は結局何もできないで。


「私ね……“第四階カトリエム”以上の魔法、使えないんだ」

 ああ嫌だ。

「“自分はできる”みたいな顔してるくせに、全然ダメな魔法使いなの」

 甘えてる。

「ダメダメ過ぎて、一団パーティに愛想つかされて、クビにされちゃったくらいダメなの」

 優しさに甘えてる。


 一度堰を切ると止まらなかった。

「あなたが駆け出しの冒険者って聞いて、なんて、考えちゃった。あなたの実力を知っていたなら、一緒になんか行かなかったのに。のこのこついていって、結局迷惑かけることなんてなかったのに」


 自分より優れた魔法使いを紹介すればよかったのに。

 才能に見切りをつけて、大人しく家に帰ればよかったのに。

 自負プライドばっかり大きくて、現実を直視できないで。

 あげく優しくしてくれる人たちに甘えて。

 そういう人たちばかりを選んで、すがって。


「ごめん……本当に、ごめんなさい……」

 抑えきれなくなった嗚咽が、空洞内に響いた。

 自分のが返ってきて、よけい惨めにさせる。




「おねえちゃん」

 小さな声が嗚咽を止める。

「イアは、おねえちゃんが一緒に来てくれてすごくうれしいよ」

 透き通った青い目に私を映して。

「きれいな魔法いっぱい見られて、すごく楽しい!」

 満面の笑顔で。

 

「俺もだよ、ディーネ」

 カイルの声はやっぱり優しい。

「言ったかな。俺にも仲間がいたけど一人になったって。俺も一団から追い出されたんだ。全部、俺の責任で」

 落ち着いているけれど、苦々しさがにじみ出ている。


「ロンゴードに来てから仲間を探してはいたけど、やっぱり不安だった。また俺と組んでくれる人がいるんだろうかって」

 

 でも、とカイルが私を見た。

 

「君が来てくれた。どんな理由であっても、今こうしていてくれる。こんなに綺麗で素晴らしい魔法使いが、俺と一緒にいてくれる。これ以上嬉しいことはないよ」


 ……もう。

「“綺麗”は……余計」

 ほっかほっかに、頬が火照ってくる。


「本当のことだから」

 イアと二人してうなずいている。

 

 もう、顔見せらんない。



 □□□


 

 気合で火照りをおさえて、再度状況を確認する。

 

「“探知サーチ”」

 魔法を唱える。

 体の痛みなんか気にしていられない。

 私にはそれしかできないんだから。

 

「壁が遠い……隆起の感じからして、向こう側に道があるかも」

 地下空洞は私の探査範囲を超えて広い。

 慎重に移動して出口を探っていくしかなさそうだ。


「現状、ここから上に登る手段はないか」

 私が気を失っている間に、イアが翼で飛んで上を目指したらしい。

「途中でね、て押し戻されたんだよ!」

 イアは両手で頭を押さえて衝撃を表現する。

 “結界”が張られているということ。

 それはつまり──

 

「“ケージ”だな」

 カイルが言った。

 わざわざトラップおいて、私たちを殺さずに閉じこめている。

 一つの可能性が思い浮かんだ。


「向こうから来るんじゃないかな、そのうち」

 カイルの言葉に同意する。

 もちろん徐々に衰弱して死んでいくのを楽しむ趣味があるのかもしれない。

 けれどほとんど確信がある。

 罠を仕掛けた奴は、きっと私たちに用があるのだ。



 

 果たしてその予想は当たって、我慢しきれず移動しかけたときに暗闇の向こうで気配がした。

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